第16話 招かれざる客
双子大号泣事件(命名俺)から十日ほど経ち、俺は薬草採取のため一人で森に入っていた。
たくさん泣いて吹っ切れたのか、あの日以来アルクとシエルは少しずつだが失敗することを恐れなくなってきた。
魔力を練り、発動するコツさえ掴めたら、きっと二人は強力な魔法使いになると思う。
魔力を魔法に転換して、維持するのが難しいようだが、俺はそれだけ二人の潜在的な魔力量が多いのではないかと推察している。
強力な力は御しづらい。だが、だからこそその力を我がものとして使いこなさなければならない。
まだ狩りには消極的なようだが、基礎的な魔法を使えるようになったら剣術や体術にも力を入れていきたい。
「お、これだな」
優秀な弟子を育てる師匠はこんな気分なのかな、なんて考えながら辺りを見回していた俺は、お目当ての薬草を見つけた。
薬草の見分け方もそろそろ教えていきたいところだ。
ちなみに今日、双子は拠点で留守番をしている。最近張り切って詰め込みすぎているからな。たまには休息も必要だ。
俺が出かける時には小川で川遊びを楽しんでいたので、戻ったら温かいスープを作ってやろう。
ちなみにヴェルデは、恒例の空の散歩に出ている。ずっとジッとしていると翼が凝り固まると言って、数日に一度は文字通り羽を伸ばしにいくのだ。
回復薬を作るために必要な薬草を採取し、いくつかは根っこごと掘り起こして麻袋に入れた。
王都から持ち帰った種や苗木を育てている畑の近くに、薬草畑を作ろうと思っていたのだ。
薬草の生育はなかなかに難しいので、試行錯誤を繰り返すしかあるまい。
目的の薬草を数種採取できたし、そろそろ二人の元へ戻ろうか。
曲げていた膝を伸ばし、ずっと前傾姿勢で固まった身体をぐっと伸ばす。
のんびり周囲を観察しながら道なき道を歩いていると、ふと、いつもと空気が違うことに気が付き足を止めた。
ピリピリと肌を刺すような不快感。
嫌な予感がして、急いで川辺に戻った。
「なっ、あいつは……⁉︎」
森から飛び出し開けた場所に出た途端、嫌な光景が目に飛び込んできた。
傷だらけになり、地面に転がるシエル。
そのシエルを胸に抱えながら泣き叫ぶアルク。
その様子を楽しそうに眺めながら、優雅に宙を舞い、笑みを浮かべる魔物。
人型の獣と称すべきか、猿のような身体に、コウモリのような特徴的な翼が生えている。
鏃のように尖った尻尾をムチのようにしならせていて、悪魔族の特徴と合致する。
人語を話す狡猾な魔物で、駆け出しの冒険者が遭遇したらすぐさま逃げろと言われるほどの難敵だ。ランクは少なくともBランク。強力なものはAランクにも判別される。
かつてイカロスたちとパーティに組んでいた時にも苦戦を強いられた。
そんな悪魔族が、どうしてこんなところにいるんだ?
ケタケタと嘲笑する声が鼓膜を揺らして、実に不愉快だ。
「ケケケ……何だ貴様ら。弱いと思ったら混じり物か。高潔な魔物から堕ちた歪な存在。が故に弱い。弱すぎる」
「だまれっ! ああっ!」
アルクが叫ぶが、魔物の尻尾に頬を叩かれてシエルの上に覆い被さるように倒れた。
ビキッと俺のこめかみに青筋が浮かぶのが分かった。
幼い子供をいたぶり、愉悦に酔う外道。子供達の前で不要な殺生はしたくはないが、こいつは許すわけにはいかない。
「アルク、シエル」
「リ、リアン……」
俺は二人を背に庇うように駆け寄り、肩越しに二人に声をかけた。
シエルはすでに意識がない。
アルクは腫れて重たくなった目を薄く開いて俺を見た。その目に安堵の色が滲む。
そして、安心したのかフッと意識を手放してしまった。
「ううん? 人間如きがなぜここにいる? ああ、弱きもの同士、涙ぐましい家族ごっこをしているのだな。ホホッ、愉快愉快。弱きものの考えることは甚だ理解はできぬがな」
さっきからずっと、双子の尊厳を踏み躙ることばかり言うこいつはなんだ?
ゴミか? ゴミならば掃除していいよな?
──なあ、ヴェルデ。こいつ、やってもいいだろう?
心の中で問うた声に応えるように、わずかに空気が震えた。
「それにしても……ここはいい。偶然迷い込んだものの、僥倖だったな。ふむ、貴様らを蹂躙し、この地を我が物としよう」
両手を広げ、大仰に辺りを見回す悪魔族。
俺はひとまず応急処置の治癒魔法を施してから、ゆっくりと立ち上がった。
「そうはさせないさ」
自分でも驚くほど静かで冷たい声が出た。
楽しそうに宙を漂い、孤の字に細められていた悪魔族の目が、俺を見た。
白目がなく、真っ黒な眼球。
俺もまた、その異形の目をまっすぐに見据える。
「うん? 人間如きが私に逆らうと?」
「ああ、そうだな。弱い者いじめは趣味ではないが、お前は決して許されないことをした」
「ホホッ、聞き間違いか? 弱い者いじめと? おかしなことを言う人間だ」
ギャハハ、と下品な笑いが鼓膜を揺らす。実に不愉快極まりない。
身を捩っていた悪魔族は、ひとしきり笑っていた満足したのか、腰に手を当て、深く息を吐いてから顔を上げた。
そして、ピンと細長い指を一本立てて口を開いた。
「ふむ、いいだろう。私は寛大なのだ。一撃攻撃する許可をやろう。先ほどもそこの混じり物に初手を譲ったのだ。ホホッ、そよ風かと思うほどの風魔法。所詮は紛い物。実に弱く滑稽なものよ」
そう言って、醜く真っ黒な目を再び弧の字に歪ませた。
ほう、初手を譲ってくれると言うのならば、お言葉に甘えようじゃないか。
何度もアルクとシエルを侮辱され、いい加減我慢の限界だ。
俺はブラブラと手を振ってから、感触を確かめるようにギュッと握りしめた。




