第15話 双子の想い
◆
どうしよう。
もう何度失敗したか分からない。
「うーむ……」
顎に手を添えて考え込むリアンを前に、僕はびくりと肩を震わせ、ズボンをギュッと握りしめてしまう。
得意属性であるはずの火魔法の基礎である【火球】がどうにもうまく発動できない。
球の形にならないし、なんとか形になったとしても、それを放つとヘロヘロと情けない放物線を描いて地面にぶつかり、ボシュッと萎んでしまう。
隣で同じく水魔法の【水球】を地面で弾けさせたシエルがしょんぼりと項垂れている。
ついこの間、失敗することを恐れる僕たち二人を、リアンは見捨てないと言った。
何度でも挑戦し、習得するまで努力すればいいと、僕たちならそれができると疑っていないまっすぐな瞳でそう言った。
僕もシエルも、リアンの言葉に、心に絡みついていた重い鎖が解けた心地になった。
けれど、こうもうまくできないと、さすがのリアンも僕たちを見捨ててしまうだろう。
もう、何十回も付き合わせてしまっている。
リアンも、僕たちを見限る日が来るかもしれない。
――母さまみたいに。
母さまの記憶は朧げだ。
鬼人族で、強く、美しかったように思う。
母さまはいつも誰かを待っていた。
僕たちは生まれた時からこのダンジョンにいたのか、ダンジョンの外から来たのかは分からない。けれど、物心ついた時にはダンジョンの洞窟で暮らしていた。ヴェルデのおじちゃんが住むこの空間とは別のところだ。こんなに緑豊かではなく、空も広がっていなかった。
母さまは人間の言葉を話し、僕たちにもそれを教えた。
いつか迎えに来た時に、外で暮らしていけるようにと、そう言って。
僕たちは、一体誰が迎えにくるのだろうかと、母さまが遠い目をする度に首を捻っていた。そうか、いつか誰かが僕たち三人を迎えにくるんだと、漠然とそう理解していた。
けれど、そんな日が訪れることはなかった。
ずっと待ち続けていた母さまは、日に日に苛立ちを表に出すようになった。
狩りや魔法について僕たちに教えてくれたけれど、なかなかうまくできない僕たちを見て、いつも物言いたげに口を開いて――首を振り、結局何も言ってくれなかった。
魔法が初めて発動した時は本当に嬉しそうに笑ってくれて、僕たちはもっと頑張ろうと思った。
でも、身体がまだ未熟で、うまく魔力を練ることができない僕たちは、母さまが求めるレベルの結果を残すことができなかった。
母さまの期待に満ちた目は、いつしか光を失い、やがて諦めの色が滲み始めた。
僕たちには、母さまが失望しているように見えた。
もっと、もっと頑張って応えないと。
そう思うほどにうまくできず、ますます母さまの関心を失っていく。
期待されなくなっていくことを肌で感じていたたまれず、心苦しかった。
次第に親子の会話も減っていき、母さまは胡乱な目でただ真っ暗な洞窟の奥深くを見つめていた。
そして、ある日目覚めたら、洞窟にいるはずの母さんがいなくなっていた。
僕たちに留守を任せて狩りに出ることはあったけれど、朝目覚めた時に母さまが居ないのは初めてで、僕たちはひどく狼狽した。
母さまはきっと、待つのに疲れたのだと思う。
だから、自分で探しに行ったのだ。
ダンジョンの外に出るには、僕たちは邪魔だった。だから、捨てた。
まだまだ子供で弱っちいし、ノロマで役に立たない。だから、僕たちは置いていかれた。
ダンジョン内を必死で探そうにも、僕たちは弱いから、低級の魔物にすら勝つことはできない。返り討ちにあって、最悪死に至る。
何もできなくて、寂しくて、不安で、ただただシエルと身を寄せ合って泣いた。
心の穴を埋めるように、二人で手を取り、空腹に耐えた。
きっとこのまま飢えて死ぬ。
そう思った矢先のことだった。
僕たちは気が付けば、青々とした草木が生い茂る森の中にいた。
暗い洞窟しか知らない僕たちは、頭上に広がる青と白が空と雲であるということすら知らなかった。
急に見知らぬ場所に来て、ますます不安は募った。
どうしてかくっついていると気持ちが落ち着く大樹の下で、僕とシエルは丸くなって夜を過ごした。
『ほう、随分と変わった訪問者だ』
そして、僕たちはヴェルデのおじちゃんに出会った。
食事を与えられ、飢えを凌ぐことができた。
『この場所は、その必要がある者のみ訪れることができる場所。お前たちがここに来たのもまた必然。好きに過ごすがいい』
ヴェルデのおじちゃんはそう言って、僕たちを見守ってくれていた。
けれど、好きに過ごせと言われても、僕たちは何も知らない。
どうやって遊ぶのかも、獲物を狩るのかも、分からない。
ただシエルと身を寄せ合い、じっと過ごす日々が流れていった。
そして、僕たちはあの日、リアンに出会った――。
「どうしたもんか」
リアンの望む通りに魔法を発動できない僕に対し、リアンは腕組みをしてうんうん唸っている。
リアンはああ言ってくれたけど、きっと、呆れている。
だって、全然期待に応えることができないんだもの。
この間の罠の時だって、リアンの制止も聞かずに飛び出して身を危険に晒してしまった。
もう失敗はできない。また、呆れられる。
期待に満ちた目が、失望の色に染まっていく様子を、また見なければならない。
きっとまた、捨てられ――
「うん、ちょっと工夫してみよう。魔力を練る時間が足りないのかもな」
思考が後ろ向きになり、足元を絡め取られるような不安な気持ちが、フッと和らいだ。
僕はリアンの言葉に驚いて、目をぱちくり瞬いてしまう。
「え……おこらないの? 下手くそだって、あきれないの?」
「ん? どうしてだ? お前はよく頑張っているじゃないか。褒めこそすれ、怒ったり呆れたりする理由がない」
本当に「何を言っているんだ?」とばかりに、リアンは腕を組んだまま大きく首を傾ける。
「俺が実用できるようになるまで千回は試したぞ。まだ百回といったところだろう。それでこれだけの火力が出せるんだ。すげえよ」
「っ!」
ニカッと笑うリアンの顔が、ぐにゃぐにゃと歪んでいく。
「んん⁉︎ な、なんで泣くんだ⁉︎ お、おいヴェルデ、俺何かまた変なこと言ったか⁉︎」
「ふ……おかしなことは言っておらぬ。相変わらず少し脳筋だとは思うが……まあ、頭を撫でてやると良いだろう」
堰を切ったようにボロボロと溢れて止まらない涙を拭うことなく流し続ける僕。
隣に佇むシエルも静かに涙を流している。
きっと、僕と同じ気持ちなんだろう。
そんな僕たちを前に、リアンは両手をバタバタ振って狼狽えつつも、恐る恐るといった調子で僕たちの頭に手を載せた。
二本のツノの間を撫でる手は、どこまでも優しい。
「……二人とも、よく頑張っているよ。今度街に行ったら、何か甘いお菓子を買ってくる。たまには息抜きも必要だしな」
「う、ふっ……ふえーん!」
「ヴェルデ⁉︎ 酷くなったぞ⁉︎ なんでだ⁉︎」
いよいよ大号泣する僕たちに、リアンはオロオロと狼狽えている。
そうだ。出会って間もないけれど、リアンは一度も僕たちに呆れた視線を寄越さないし、失望した様子も見せない。
失敗することは当たり前だ、どんどん失敗しろって言う。おかしな人だと思う。
失敗するのは怖いよ。失望されるのはもっと怖い。
でも、リアンだったら――。
リアンだけは、僕たちを見捨てることなく、変わらずに笑いかけてくれるのだと、ようやく心からそう思うことができた。
「よおし! なんで泣いているのかは分からないが、泣きたい時はとことん泣くに限る! いっぱい泣いたら、うまい飯を食おう」
そう言って笑うリアンの言葉がとても嬉しくて、安心して、僕たちはしばらく涙を止めることができなかった。
◆




