第12話 俺の帰る場所
「よし、こんなもんか」
空間魔法の【アイテムボックス】に収納した購入品を指差し確認していた俺は、買い漏らしがないことを確認して頷いた。
すでに昼食の時間は過ぎてしまっている。露店でサンドイッチを購入して軽く腹を満たし、少し休憩するかと広場のベンチに腰を下ろした。
「おい、イカロスたちの話、聞いたか?」
ボーッと街行く人々を眺めていると、不意によく知った人物の名前が耳に飛び込んできた。
思わずフードを引っ張り顔を完全に隠してから、聞き耳を立てる。
「ああ、本当に一から冒険者やってるそうだな。Eランクのクエストを地道にこなして、そろそろDランクに上がるそうだな」
「らしいな。ま、Eランクのクエストはダンジョンに潜らなくてもいい駆け出し冒険者が経験を積むためのランクだからな。そこから真面目にやるなんざ、俺には考えられねえよ」
「そうだよなあ。けどよ、この間ギルドでばったり会ったんだが、泥臭く冒険者をやれて楽しいって笑ってたぜ」
「ええ〜? 変わったやつだ」
冒険者らしき二人組の声が遠ざかっていく。
……そっか、イカロスたち、頑張ってるんだな。
彼らが健勝であると確認できてホッと胸を撫で下ろす思いがすると同時に、俺がいなくても彼らはうまくやっていけているのかと切ない思いがした。
初級ランクから地道に、泥臭く。
それが彼らが望む冒険者としての日々なのだ。
「……まだ引きずってるなんて情けないな。さて、日暮までに帰らないとアルクとシエルが心配する。帰ってから料理をするのは大変だし、二人が腹を空かせていたらすぐに食べられるものがあった方がいいだろう。バゲットと串焼きでも買って帰るか――」
寂しさを紛らわせるように言葉に出して、ふと気が付いた。
――俺にとって、『帰る場所』はみんながいるダンジョンなのか。
確かに、アルクとシエルを安心させるために出立前に「ここが俺の帰る場所だ」と口にした。
だが今、自然と『帰る』と口に出たことに自分で驚いた。と同時に、無性にあの自然豊かで長閑で平和な場所に帰りたいという気持ちが込み上げてきた。
「よし」
俺はすっくと立ち上がり、露店を巡って串焼きとバゲットを購入し、【アイテムボックス】に収納した。
広場を後にする前に、振り返って辺りを見回した。
不思議だ。王都を拠点に三年以上は冒険者としてやってきて、俺にとって第二の故郷とも言える場所だと思っていたのに、郷愁の念が湧かない。
イカロスたちの現況を知った時に沈んだ気持ちはすっかり浮上していて、今は少しでも早くみんなの元に帰りたいという思いが勝っている。
俺は踵を返し、来た時よりも足早に王都の街を後にした。
もう、振り返ることはしなかった。
王都を出て道なりに進んで森に入り、初級ダンジョンに潜る。あとはいつもの難解なルートを辿って隠しダンジョンへの道を急ぐ。
自然と足が早まってしまうのは、俺を待ってくれる人たちがいるからなのだろうか。
毒霧の洞窟を抜け、隠しダンジョンへと続く扉を押し開けると、パァッと視界が開けた。
サク、と青々と茂った草原を踏み締める。
そよそよと髪を遊ぶように吹き抜ける風は、一体どこから吹いてくるのだろう。
深く深呼吸をし、肺いっぱいに爽やかな空気を吸い込んだ。
見上げれば、空には僅かに茜色が混じっていて、日暮れが近付いているのだと教えてくれる。
ああ、帰ってきたなあ。
自然と心がそう溢した。
小川に沿って森を進み、やがて見慣れたツリーハウスが見えてきた。
その近くには、偉大なる緑竜の姿が見える。
「ほれ、戻ってきたぞ」
「え?」
「あっ」
森の中、ポカリと開けた場所。
足を踏み入れれば真っ先に俺に気付いたヴェルデが、彼の足元で身を寄せ合っていた人影に声をかける。
頭に二本の角を生やした双子が、パッと顔を上げてこちらを見た。
まんまるに見開かれた四つの目が、俺を映している。
「おう、戻ったぞ」
少しの照れ臭さとむず痒さを感じつつ、俺はヘラりと笑って右手を上げた。
すると、双子が飛び出してきて俺の胸に突撃してきた。咄嗟に防御魔法で身体を守ったのでダメージは極小だ。
だが、子供の勢いというのは凄まじい。それも二人分だ。
俺は二人の勢いを受け止め切れずに押し倒される形で、あっけなく地面に仰向けに転がった。
何も言わずに、ただギュッと俺の服を握りしめながら顔を埋める二人。
その肩が震えているのは気のせいではないはずだ。
俺は自然と頬を緩ませながら、二人の背中を優しく撫でた。
「……ただいま」
「おかえり」
「おかえり、リアン」
俺の服を握りしめる力が強くなった。
俺は二人が離れるまで、背中を撫で続けた。
俺はここにいるのだと、お前たちを置いていなくなりはしないのだと、そう伝わるように。
そして日が暮れ夕食の時間となった。
持ち帰ったバゲットと串焼きは大好評だった。
悩み抜いて購入した服も恐る恐る披露したが、二人ともとても喜んでくれたので安心した。一緒に選んでくれた店員のお姉さんに感謝だ。
そしてこの日、俺は初めてツリーハウスの中で眠った。
双子のベッドには収まらないので隣に寝袋を敷いての共寝だったが、規則正しい双子の寝息はどんな雄大な音楽よりも心地よく、俺は朗らかな気持ちで眠りについたのだった。




