第24章(1)
イノスマイリア内戦の終息後、しばらくの間、戦後処理にかかりきりとなった。
主な内容は、要職の配置転換と、その公式発表だ。
まず報告されたのは、フォレスティア国正規軍総監だったロナルドが、エリスとコーデリアの下で聖地を守護する神聖軍の総監に任命されたことだった。
神官部隊は正式にフォレスティア国正規軍を離れ、聖地の所属となる。もちろん、これまで通りフォレスティアを守ることは確約している。
ウィディア聖堂から聖地への巡礼システムの構築も神聖軍の管理となり、その担当責任者にはレオナルドが任命された。
イノスマイリアへの経済的支援と、戦時中に構築した補給線を利用した交易網の管理はロスウェル家が担う。その指揮下で実務を担う神聖軍の担当者には、フォレスティア国民から新たにエリスの結晶を飲んだ神官を充てることになった。これは、内戦中に増えたイノスマイリア側の術士と人数を揃えるための調整でもあった。
年老いた教主の健康状態が芳しくなく、グレンが次期教主としての役割を正式に担うことも発表された。
イノスマイリア側からも人員が派遣され、神聖軍にはイノスマイリア側の術士も所属することとなる。
総監はフォレスティア側のロナルドが担うが、副官にはレオニス・F・ニノンが任命された。彼はアーネストの護衛官だった男だ。以前、夫婦でフォレスティアへ助けを求めてきたことを、俺もまだ覚えている。彼が挨拶に来た際、イノスマイリア内戦で術士を増員したときに、彼もエリスの結晶を飲んだのだと説明を受けた。
みんなが忙しくしていた。俺も新しい仕組みの構築にかなり口を出したから、忙しかった。
しかしとある日、久しぶりに俺の前に顔を見せたキトが、神妙な顔で変なことを言い出した。
「なあ、あんたさ。今回はいつまでこっちにいるつもり?」
「……必要がある限りは、いるつもりだが」
いつもなら、こう言えば喜んでくれた印象だった。
しかしキトは眉間に皺を寄せて、低い声を出す。
「あっちでも仕事があるんだろ? 二年以上もこっちに付き合わせちまった。申し訳ないし、一回帰ったら?」
「……?」
ひどく違和感があった。
キトはニースを警戒していたから、以前は帰らない方がいいんじゃないかと提案してきたのに。
どういう心境の変化だろう。
「君が帰ってほしいなら、帰ってもいいのだが……」
恐る恐る放った言葉に、キトはパッと顔を明るくする。
「うん。今は帰って。用事が終わったらまた来て」
「…………」
俺はもやもやした。
キトの一存で帰るわけにはいかないが、キトの頼みを無下にするわけにもいかない。
俺は残課題に関する方向性をエリスとコーデリアと擦り合わせてから、一時帰還する旨を告げた。
「こちらのことは、お任せください」
「変な話を持って帰ってくるんじゃないわよ」
「ああ。何かあれば、ナビ・ベータに言ってくれ。ナビ・アルファで受けて、すぐに回答できると思う」
戦後からすでに二ヶ月ほど経っていた。新しい配属が決まったばかりの人間も多かったが、やるべきことは周知されている。しばらくは問題ないだろう。
フライトとナビのメンテナンスも必要だ。
以前のように、ナビに発話障害が出るかもしれない。
色々と理由をつけながら帰路に就いたが、やはり納得がいかなかった。
どうして急に帰れなんて言うのか。ずっとこっちにいればいいと言ってくれていたのに……。
コンフィズリーに戻り、横目で新樹庁を眺めながら、進捗を報告すべきかどうかを考えた。
一応、言われたことはやった。すこし違う手段を用いたが、結果的に聖地は取った。邪魔なものは排除した。俺たちが比較的自由にその力を振るえるようになったとは思う。
「だが、まだ調整中だ。落ち着くまで報告はしない方がいいのではないか」
なあ、と一応ナビに話を振った。しかし彼女は、呆れたように溜め息をつく。
「どうせナビの進言は容れないのでしょう。なら、ハーベスト様の思うようにすればいいのでは」
「…………」
少々、雑に扱いすぎてしまっただろうか。拗ねてしまっている。
どこかでフォローしなければならないなと考えながら、美術館へ進路を取る。
真っ先にレムたちに挨拶をしたかったからだ。
しかし、前回は大騒ぎになってしまった。
今回も大騒ぎになるかもしれない。なら、やっぱり旧樹院にフライトたちを預けてから、こっそり徒歩で戻った方がいいかな……。
それなら、先にキトの状況を探っておこうと思った。
明らかにキトはおかしかった。俺に隠し事をしていた。
いったい何を企んでいるのか。
探ろうと考えたのは、単純な興味からだった。
俺はすっかり油断していた。自分はかなりのことを彼に開示した。重大な秘密は持たないように決めた。
だからキトも、俺にそうしてくれると信じ込んでいたのだ。
俺はウォッチにリンクを指示し、キトの固定ウォッチに繋げてもらった。
ぼんやりと浮かび上がる、きらきらした光。
天井近くの窓から差し込む、ステンドグラス越しの光だ。
見慣れた聖堂の礼拝室だった。
そこでは、白いプルメリアの花が満開になっていた。
キトの正面には、白い正装を纏ったグレンがいる。
何かを問われ、キトが答えている。
そのとなりには、白いヴェールを纏った女性がいた。
エレンかと思ったが、違う。
ヴェールの下からうっすらと覗いているのは、小麦色の髪だった。
キトがその女性に向き直り、ヴェールを上げる。
俺は息を飲んだ。
それは見知った顔――サリー・ロスウェルだった。
エレンよりも一回り背の低い彼女は、キトとはかなり体格差がある。
キトはすこし屈んで、彼女の顔に自分の顔を近付けて――。
「切れ、リンクを切れ!」
俺は思わずそう叫んだ。
「どうしましたか」
ナビが淡々と尋ねてくる。
俺の頭の中は、真っ白だった。
息が乱れている。手が小刻みに震えていた。
「今すぐトライフルに戻ろう」
「整備はいいんですか?」
「それどころじゃないだろう」
俺はフライトの手綱を握り直す。
キト、お前……俺に黙って何をしている。
なぜだか俺は、激しい怒りに包まれていた。
一度俺が去れば、戻るのに一週間程度かかることを見越して、あいつはこの予定を組んだんだ。
俺に口を挟まれたくなくて、あえてそうしたんだ。
なぜこの移動には、三日もかかるのだろう。
コンフィズリーとトライフルというのは、どのような位置関係をしているのか。
技術を発展させたら、この世界間移動にラグが発生しないようにできるのだろうか。
移動の間、そのような考えで頭を埋め尽くす。
そのおかげで俺はすこし冷静さを取り戻し、ウィディアの聖堂前にフライトで降り立った。
迎えに来るはずのサリーが出てこない。
代わりに、見習いらしき正装の若い男が緊張の面持ちで応対する。
「キトライドを呼べ」
俺は一言そう告げて、聖議室へ向かう。
椅子に腰かけて待っていると、しばらくしてキトが現れた。
「ずいぶん早かったじゃん」
へらへら笑いながら席に着くキト。
俺が黙って睨み付けていると、彼はばつが悪そうに目を逸らす。
「なんでそんなに怒ってるんだよ……」
「その理由が分かっているから、俺を帰らせたんだろう」
「…………」
キトは観念したように溜め息をつく。
そしてふてぶてしく椅子の背にもたれかかり、なんとも面倒臭そうに口を開いた。
「まずさ、教えてよ。あんたは何をそんなに怒ってるの」
ちゃんと認識を合わせたいと言うキト。俺は苛立ちながらも、仕方なく答える。
「あれはなんだ。サリーと何かしていただろう。礼拝室で」
「結婚式だよ。見たことねぇの?」
「それくらいわかる。馬鹿にするな」
言葉を荒げるつもりはなかった。しかしキトが薄笑いを浮かべながら応じるので、腸が煮えた。
「なぜ結婚式をする必要がある。君はエレンと婚姻しているだろう」
苛立つ俺を見て、キトは鼻を鳴らした。
挑発しているような態度だ。しかし、どうしてそんな態度をとられるのかわからない。
「婚姻という契約は、一対一のものではないのか」
「一対一のものではないよ。この国では、貴族は複数の嫁をもらえるの」
「…………」
俺が黙っていると、キトは飄々とした態度で話を続ける。
「前の教主には三人の妻がいた。一人目の妻の子供がグレン。三人目の妻の子供がエレン。ロナルドにも妻はふたりいるよ。レオナルドとグレンにはまだ一人しかいないけど」
「…………」
「この国はさ、王統に連なる血統しか貴族になれないから、政治的な手段として婚姻を使うの」
「………………」
「俺は王統じゃねぇけど、王統のエレンと結婚したし、聖人だからな。王統貴族なんかより立場が上なの。だから俺との婚姻は、強いカードなの」
「……それは理解できる。しかし、なぜサリーと婚姻することになったんだ」
俺に黙って、そんなことをした理由は何だ。
必死に問いかける俺に、キトはゆっくりと息を吐く。
「じゃああんた、どうしてロスウェル家が俺たちに全面的に協力してくれたんだと思う?」
彼は質問を被せてきた。
どうして協力してくれた? キトがうまく説得してくれたからじゃないのか。
俺は動揺した。
確かに、具体的手段については考えたこともない。
キトはどうやってオズワルドを説得したのか……。
「君とサリーが婚姻すれば、ロスウェル家は貴族と同等の地位を得られるのか?」
確かロスウェル家は平民の中では最も高い地位にあると言っていた。いくら力を持とうと、血統がなければ貴族にはなれない。
「そういうことだよ。メリットがあんの。俺の家に入って、サリーが後継者を産めば、名実ともにロスウェル家は絶大な権力が持てるんだよ」
「…………」
「協力するだろ? したくなるだろ? そういうことだよ。人間を動かすには、そういうのがいるの」
わかった? とキトは、以前よく俺に言っていた調子で問いかける。
わかる。理屈では、理解できる。
そういう文化があるというのは、合理的だし納得できる。
しかし、どうしてキトがそんなことをしなくてはならない。
エレンがいて、ファラルドがいて、これからも幸せな家庭を築いていくはずだったキトが、なぜそんなことをしなくてはならなかったんだ。
「どうして相談してくれなかった。君が背負わなくてもよかったんじゃないか……」
俺が強く言えば、オズワルドを萎縮させて言うことを聞かせられなかったか。女神の褒美をちらつかせて、説得することはできなかったか。
そもそも、ロスウェル家の協力は必須だったのか? 他にもっとよい実務者はあてられなかったのか。
「俺が最適だと思ったことをしたんだ。実際、うまくいっただろ」
「………………」
「何? 文句あんの? あんた、なんか良い代案出せたわけ?」
「…………いや」
俺がそう呟くと、彼は勝ち誇ったような笑い声を上げた。
「だろ? これが最適解だったんだ。あんたが文句を言うことじゃない。そもそも、あんたが首を懸けるって言うから俺は協力したんだぜ?」
「…………」
けらけら笑う彼に、すこし違和感があった。
何かが引っ掛かる。
俺の脳裏に、過去のシーンがよぎった。
『いや、しかしです。ハーベスト様とお近づきになれなかったのは誠に残念で……』
オズワルドとはじめて面会した日。彼は俺に思わせぶりな顔でそのように語った。
そのときも、なにかがおかしいと思った。
以前もそんなことがあったじゃないか……。




