第23章(2)
これが最善の策かどうかはわからない。しかしこのひと月の間、俺は懸命に考えた。
みんなで話し合い、全員で勝ち取れる方策を練った。知恵は尽くしたつもりだ。
俺は両手に一つずつ連晶を握り締めていた。
クラフティティフォンの樹状連晶。
ハルティハルトの葡萄状連晶。
まずは右手から。左手の結晶はポケットにしまい、右手の結晶を口に入れた。
複雑な形の結晶が、口の中でぼろぼろと崩れる。
先程と同様に、喉元を勢いよく流れた熱が、一旦腹に落ちてから全身を駆け巡る。
右手に着火すると、先程の二本の指に追加して、激しい光が親指にも点いた。
金色の光と、緑色の光を混ぜる。空に描かれた激しく輝く巨大な十字を、右側の浮島に向けて押し出す。
光は飛沫を撒き散らしながら直線的に飛んでいき、浮島に吸い込まれていく。
どうだろうか。簡単な実験はしたんだが、この規模でやるのは初めてだ。
うまくいくだろうか。
もうひとつ太陽ができたみたいに、金緑に輝く浮島にはスイがいる。
浮島にはいくつかの精霊石が埋まっているらしいが、その中に、ひときわ巨大なものがひとつある。浮島そのものを浮かせているのは、その巨大精霊石が常時発動している精霊術だと、コーデリアから聞いていた。
思うに、精霊石というのは、俺たち再構成体に近いものなんじゃないか。
外部から元素のエネルギーを取り込み、何かの信号を受け、術として解放する。
再構成体は『自己錬成』という解放手段を持っているが、精霊石は精霊人やエリスの眷属の『祈りの言葉』により解放できる。
精霊石ひとつにつき、発動できる術はひとつ。その術は、精霊石に込められたエネルギーを使い果たすか、別の術を命じられるまで持続する。
俺自身は一度にひとつの術しか維持できないし、その術を持続させるにはその場にいないといけない。それを不便だと感じていたのだが、精霊石を使えばその縛りは解除される。
緑目の神官たちと違い、虹色の瞳の精霊人は、風の守護神以外を呼び起こす言葉も使える。
生命の守護神を呼び起こす序唱からはじまる詠唱で、俺が使う『結界』と同じ効果を示す精霊術が使えると聞いた。
連晶の膨大なエネルギーを吸わせた巨大精霊石を使い、浮遊の術の代わりに、ファロウに面した国境の森に魔法を防ぐ『結界』を張る。それをいま、スイに頼んでいる。
スイがいる浮島が、明滅する。それに合わせて、波紋のように風が吹き抜ける。
ファロウ側に向かって、半球状の光の膜が現れる。光の具合で、見えるか見えないか程度の薄い膜だ。
うまくいった。
ほっとするのもつかの間、光を放つ浮島がゆっくりと地上に降りていく。
それまで浮島を浮かせていた精霊術が切れたからだ。
これからこの浮島の巨大精霊石は、しばらくの間『結界』を作動させる専用の精霊石となる。
俺は続いて左方の浮島を見た。あちらにはコーデリアが待機している。
ポケットにしまっていた連晶を取り出し、口に入れた。
硬い。ハルティハルトは最も硬い錬石と言われている。食べるのは初めてだが、歯が欠けそうなほど歯応えがある。
同様に口内に熱を感じ、エネルギーが全身を駆け巡る。着火すると、今度は薬指に激しい光が点る。
薬指の光で空に十字を描き、コーデリアがいる浮島に送る。
橙色に輝く浮島。
今度はコーデリアが、精霊術を作動してくれる。
地の守護神を呼び起こす序唱からはじまる祈りの言葉。
彼女が放つのは、物理攻撃を防ぐ錬成術『防壁』に似た精霊術だ。
今度は、薄くハニカム状の模様が浮かぶ半球が、ファロウ側の空を覆う。
同様に浮島が沈んでいく。
しばらくの間、このふたつの巨大精霊石により、ファロウ側からの魔法攻撃、物理攻撃――すべての遠隔攻撃を完封する予定だ。
「それじゃあ、仕上げを頼む」
「了解いたしました!」
ファロウ軍が残した魔石兵器を回収していたロナルドたちのもとに赴き、俺は次の命令を下した。
最終的に、俺たちが主張する国境線まで霧を広げようと思っている。
そしてそこに、外部からの侵入を防ぐトラップを張る。
それは以前から白嶺地区にも設置されていたものだ。
円陣結界と小さな精霊石を使用した簡易の罠だ。
この上に立つと任意の方角に飛ばされる。
コーデリアに頼み、国境の外まで飛ばす指定ができるように改造してもらった。
ひとつの罠が効果を及ぼせる範囲は、人一人分程度であり、平らな大地にしか描けない。
そのような欠点を補うため、これを国境付近に幾重にも、隙間なく設置する。
「今回作動させた『結界』と『防壁』が、いつまで効果が続くかはわからない。国境線の防衛システムは、今後長い時間をかけて最適化していく」
「我々が、責任を持って進めます!」
ロナルドが威勢のよい返事をしてくれた。
ひとまず数ヵ月かけ、ロナルドの監督のもと、精鋭神官五人にこの罠の設置を進めてもらう。設置が終わった地点から、幼生たちに霧を広げてもらう予定だ。
そろそろファロウ側からの反撃があるはずだ。
俺が発雷を放ってから丸一日が経過した。
可動ウォッチをそちらの方面に飛ばしていたのだが、どうやら援軍が到着したようだ。彼らは街道沿いに倒れていた国境警備隊と鉱夫たちを介抱し、状況確認を終えていた。
森に残されたものより大型の大砲を用意してきている。例の風嚢船も連れてきている。
風嚢船は魔石の術で浮いているから、結界を越えようとすれば浮力を失うだろう。
防壁は高速で飛来する物体や大型の物体を弾く。ただし、人間一人程度の大きさで、ごく低速で進むものなら通過できる可能性がある。
国境線のトラップ設置が間に合っていない現状、一番の問題は徒歩で侵入を試みるであろう歩兵だ。
まずは風嚢船がこちらに近付いてくる。浮島に立つ俺たちにも視認できるほどの距離に接近したそれは、空に張られた透明な壁に気が付いたのか、急に進路を変えて引き返していく。
代わりに大砲を引いた馬たちが前進して、砲口をこちらに向けてきた。
撃ってくるのかと思えば、なにやら代表者が前に出て声を張り上げている。
おそらく、精霊術の『風のささやき』に似た効果を持つ魔石の道具を使って広範囲に声を届けようとしているようだが、俺たちのところまでは届かない。
ウォッチを通じて音声を拾ってみたが、どうやら抗議をしているらしかった。
『我々の領地を、不当に占拠した罪は重い。すぐに代表者は名乗り出て、話し合いに応じよ。さもなくば強行突破に出る』
そのようなことを延々と述べていた。
「相手をしてあげないの?」
エリスの浮島に戻ってきていたコーデリアに問われる。
「無視でいい。どうせ飛び道具はこちらには当たらない」
一日ほど彼は粘った。
何の応答もないことを受けて、ファロウ軍は威嚇のための大砲を撃つことにしたようだ。
魔石大砲からまっすぐ放たれた火柱は、張られた『結界』により大きく軌道がねじ曲がり、空中で離散する。
兵士の間にざわめきが起こる。信じられないものを見たような反応だ。
彼らは今度は火薬で弾を飛ばす大砲を撃ってきた。
黒光りした鉄球は、斜めに弾かれ、彼らの手前の地面に突き刺さる。
わずかなパニックが起こった。
『落ち着け! 落ち着け――』
『向こうからは何もしてこない! 臆病者だ!』
そのような声が聞こえてきた。
彼らはもう一度ずつ魔石の大砲と火薬の大砲を撃ち、やはり弾かれることを確認した。
無駄撃ちをしたくないらしい彼らは、集まってしばらく議論をしていた。
しびれを切らした上官が、一小隊に向けて怒鳴り散らしている。彼らは武器を所持していた。ついに歩兵を前進させる判断をしたようだ。
仕方ない。俺がもう一度受けて立とう。
フライトに乗り込み、空高く飛び上がる。
防壁を張ってしまったので、ファロウ側へ出るには、その上端を越えるほど高くフライトを飛ばさなければならない。
ファロウの風嚢船では到達できなかったらしい高度でも、フライトなら辿り着ける。
フライトに雲化の機能を使わせ、目眩ましの霧雲を纏いながらファロウ側の空に出た。
眼下には大量のファロウ兵が見える。
先ほど排除した国境警備隊と鉱夫を合わせた人数の、五倍くらいだろうか。
しかし歩兵として進軍しようとしているのはその中のごく一部だった。
彼らの背後の上空に位置取り、俺はウォッチで詳しく状況を観察した。
槍と弓、一部は銃を装備した三十人ほどの一小隊。
横に広がり進軍している。
俺はひとつ策を講じることにした。
森に到達する前に、草原が始まる境界線が見える。
そこをひとつの目印にしようと決めた。
両手の指を擦り合わせ、右手に着火する。
先ほどの仕込みで親指と薬指の光はだいぶ弱まったが、人差し指と中指の光はまだかなり強い。
発雷ならばまだ余裕で使える。先ほどのような広範囲を狙うのでなければ、力には十分余裕がある。
白い光と、金色の光を混ぜる。膨らんだ光を、草原の境界線を跨いだ兵士たちに向けて放つ。
パチと激しい音が聞こえ、一小隊があっけなく倒れ伏した。
慌てた後続の兵士たちが、倒れたものに駆け寄る。
助け起こそうとしている間は見逃してやる。
その倒れたものを超えて進もうとするものが現れたら、追加で発雷を叩き込む。
これを続けるうちに、彼らは学習していった。
この境界線にトラップが仕掛けてあるのではないかと。
俺が手動で対処しているとは思わせない方がいい。
彼らは倒れたものを連れて、大砲が並ぶ前線まで退避した。
諦めが悪いな。まだなにか攻め方を考えているのだろうか。
ウォッチを通じて監視を続けていたが、一晩経ったのち、ようやく諦めたような動きを見せた。
一部の監視兵を残し、大半が退却していく。
残ったのは一小隊と、大砲が二基。
あの規模なら、最悪徒歩で攻めてきてもロナルドたちで対応できるだろう。
俺はそう判断して、拠点の浮島に戻った。
「とりあえず、第一幕は完了した」
「お疲れ様です」
国境線で作業を続けるロナルドたち以外のメンバーで、短い戦勝会を執り行う。
大したことはしない。労いの言葉を言い合うのと、戦利品や戦後処理の打ち合わせを行うだけだ。
この場にいるのはエリスとコーデリア、スイだけだった。
「あとは私たちでやるわ。あなたは第二幕に集中して」
「ありがとう。任せる」
俺は白嶺地区の指揮権をコーデリアに移譲した。
ナビ・ベータを呼び、ナビ・アルファへの伝達を依頼した。
「キトに伝えてくれ。白嶺の作戦は無事に完了したと。キトは無事にイノスマイリアの前線まで辿り着けただろうか。あちらの状況も教えてくれ」
「了解いたしました!」
ナビ・ベータはしばらく瞳の光を明滅させたのち、こう告げた。
「キトライド様は無事にナビ・アルファと合流しています。フォレスティアとイノスマイリアの前線をつなぐ補給線は、無事に開通したようです」
第二幕、イノスマイリア共和国の統一を目指す戦いだが、そちらの指揮はキトに任せていた。
彼は妙に馴染むイノスマイリア共和国軍の服を着て、イノスマイリア共和国兵として前線に向かっていた。
イノスマイリア共和国と王党派が睨み合うのは、イヴェット地方と呼ばれる場所だった。
彼はその最前線の拠点でルーファウスとオズワルドと落ち合い、オズワルドと入れ代わるようにしてナビ・アルファを引き受けた。




