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第8話 同じ側だと思っていた

お読みいただきありがとうございます。

感想、評価をいただけると嬉しいです。

 その依頼人は、最初から東峰だけを見ていた。

 

 ―― 正しくは

 

 東峰以外を見てはいなかった。

 

 

 


「あなた、人間ですよね」


 鑑定事務所に入ってくるやいなや、

 依頼人は東峰だけを見つめて言う。

 

 確認するような口調だった。

 けれど、

 どこかに強い意思を感じる声だった。

 

 その様子に、東峰はほんの少し、胸に違和感が走る。

 


「はい」


 東峰が答えた瞬間、

 安心したように、男は息をついた。


「よかった。話が早い」


 依頼人の言葉に、

 東峰は、指先が冷たくなるのを感じた。



 机に置かれたのは、古い契約書。

 紙は黄ばみ、署名欄には獣人と思われる名が書かれている。

 


「これ、無効にできませんか」



 男は、声を潜めた。


「相手、獣人でしょ。

 当時の契約なんて、あやふやなもんです」


 眉を潜め、困ったように笑う男に、

 事務所の空気が、静かに冷えていく。



 アキは、窓辺から動かない。

 ワタリガラスも、今日はいない。



 東峰は、すぐに否定できなかった。



 “話が早い”

 その言葉が、喉に残っている。


「……鑑定は、できます」


 慎重に言う。



「ですが、無効かどうかは――」

「だから」


 男は、東峰の言葉を遮った。


「同じ人間として、わかるでしょ」



 トントントン、と

 苛立った男の指先が、机を叩く。

 

 

「あんた、オレと同じ、人間だろ?」




 その言葉で、

 東峰はようやく理解した。


 ―― この人は、自分を味方だと思っている。



 理由は一つ。

 同じ種族だから。

 

 ただ、それだけだ。

 

 

 東峰が、口を開きかけた直後、

 アキの尻尾が動いた音が、東峰の耳に届く。



「東峰」


 短く、名前だけ。

 それが、合図だった。


 東峰は、契約書を手に取る。


 紙の重み。

 文字の癖。

 署名の迷いのなさ。



「……この契約に」


 声が、少しだけ震えた。

 指先も、少し震えている。

 


―― それでも



「不備はありません」


 東峰は、男の目を見て告げる。


 一拍後、

 男の顔色が、みるみる変わっていく。



「は?」


 低く、怒りをのせた声。


「獣人だから、ではなく」


 東峰は、はっきりと告げる。

 


「契約として、正しいものです」



 東峰の言葉に、

 男は、鼻で笑った。


「はあ……結局、そっち側か」



 ―― そっち側。


 その言葉が、胸に刺さる。



「人間のくせに」



 低く、吐き捨てるように言われた。


 東峰は、一瞬、何も言えなかった。


―― 出てこなかった。


 それでも。

 

 アキは、何も言わない。

 それが、救いだった。



「鑑定結果です」



 東峰は、続ける。


「この契約は有効です。

 望む結果ではないでしょうが――」


「もういい」


 男は立ち上がり、契約書を乱暴に掴んだ。


「期待した俺が、馬鹿だった」



 吐き捨てるように言った男が、

 足音を立てて、事務所から出ていく。

 

 勢いに任せて開けられた扉が、

 男の怒りとともに、

 バンッ! と音を立てて閉まる。

 

 

 

 静寂が訪れた。

 

 男が出ていった扉を見つめたまま、

 東峰は、しばらく動けなかった。



「……副所長」



 絞り出すように、ようやく声を出す。


「俺、今……

 あの人の“偏見”を、利用しそうになりました」


 アキは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「はい」


 アキは、否定しない。


「だから、止めました」



 いつもと変わらないアキの声に、

 東峰の胸が、苦しくなる。



「でも……

 人間であることを、捨てられない」


 東峰の言葉に、アキは、少しだけ首を傾けた。



「捨てる必要はありません。

 それは、捨てなくていいものです」



 静かな声。

 アキの声に、東峰がようやくアキを見やる。

 オッドアイの目が、ほんの少しだけ、細められた。

 

 

「ただ、”使わない”でください」



 アキの言葉に、東峰が少しだけ目を開く。


「橋はね」


 奥から、所長の声がした。


「どちら側にも立ちすぎると、崩れてしまう」


 声の主を見れば、所長は穏やかな笑顔を浮かべて、東峰を見ていた。


 東峰は、深く息を吸った。

 


「……はい」



 東峰の目が、光を返す。

 ほんの少しだけ、眩しそうにしたアキの耳が、揺れる。

 

 

 

 そして、

 

 アキは、いつもの言葉を口にする。



「――さあ、鑑定の時間です」




 その声は、

 誰の側にも寄らない。

 けれど、誰かを拒んではいない。

 


 東峰は、その背中を見て思う。



 同じ側に立たない勇気を、

 自分は、これから学ぶのだと。

 

 

 

 鑑定士の夜は続く。

 

 

 

 

 


次回投稿は、2/27(金)21:00の予定です。

良かったら、次話もぜひに。

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