第6話 理由を選ばない護符
その護符は、ひどく簡素だった。
紐に通された小さな札。
文字も紋様も薄れていて、
ぱっと見では、ただの古いお守りにしか見えない。
「……守ってくれるんです」
依頼人は、獣人の女性だった。
彼女が発した言葉は強い。
それなのに、
声は落ち着きすぎている。
——安心している声では、なかった。
東峰は、思わず依頼人を見つめた。
「……何から、ですか?」
遠慮がちに、東峰が聞く。
そんな東峰に、
女性は、少しだけ考えてから答えた。
「全部から」
その声は、やけに軽い。
―― 全部。
全部とは、なんだろう。
漠然とした答えに、東峰が、瞬きをする。
アキは、その瞬間に耳を伏せた。
音ではない。
選択の匂いが、強すぎる。
少し、耳が痛くなる。
アキのオッドアイの目が、つい、と細くなる。
「この護符」
アキは言う。
「すでに、何度も働いていますね」
女性は驚かなかった。
けれど、アキの問いかけに、
女性は微笑む。
それは、何よりも明確な答えだった。
「……綺麗でしょう?」
依頼人の言葉に、アキが目を伏せた。
護符は、
怖いくらいに、静かだった。
呪いのような気配も、異臭もない。
ただ――揺るがない。
その存在を、知らしめるような、
重たい空気が、護符から滲んでいる。
―― 息がしづらい。
東峰が、そう思った直後、
トン、と小さな音がした。
音の根源は、所長だ。
奥の席に座ったまま、
持っていた書類の端を、
ニ、三度、机上で揃えていく。
所長が、ゆっくり口を開く。
「珍しいね。
“守る”だけを突き詰めた品だ」
「ええ」
アキは頷く。
「この護符は、持ち主が“危険だと思ったもの”を、
理由を問わず排除します」
所長の言葉を引き継ぐように告げたアキに、
東峰の背筋が、冷たくなる。
「排除……?」
「事故にする。
遠ざける。
時には、壊す」
淡々と、
ただ、
そこにある事実を述べるだけの
アキの声だ。
「善悪も、正当性も、関係ない。
ただ――何においても、守る。
それだけのための護符です」
耳を伏せたままのアキの言葉に、
女性は、護符を握りしめた。
「それで、助かったんです」
静かな告白だった。
「私は、正しくなかった。
でも、生き延びた」
東峰は、言葉を失う。
アキは、女性を責めない。
同時に、肯定もしない。
「鑑定結果です」
ただ、短く。
「この護符は、非常に有効。
そして――」
一拍。
東峰が、息を止める。
「非常に危険です」
女性は、わずかに笑った。
「……やっぱり」
「理由を選ばないものは」
アキの声が、少しだけ低くなる。
「いつか、
持ち主自身の選択を奪います。
―― 守ることと、
奪わないことは、
同じではありません」
その言葉が、
沈黙を敷き詰めていく。
―― びゅう
鑑定所の外で、風が鳴った。
「それでも、手放さない」
女性は言った。
真っ直ぐにアキを見る目に、
東峰の喉の奥が、重くなっていく。
ほんの少し、苦しそうな東峰にも、
依頼人の眼差しにも、
アキは、それ以上踏み込まない。
「価値は、あります」
事実だけを告げる。
「ただし、
これを持つ間、
あなたは“守られている”とは
言えません」
ブレることの無い、アキの鑑定に、
女性は護符をしまい、
深く、深く、頭を下げた。
それが、
感謝なのか、別れなのか、
わからない仕草だった。
依頼人が去ったあと、
東峰の指先は冷たい。
「……副所長」
カラカラになった口で、
東峰はようやく問いかける。
「……助けるって、なんなんでしょう」
アキは、すぐには答えない。
けれど、
窓の外の夜に視線を向けたまま、
アキは言う。
「守ることと、導くことは、違います」
アキの耳は、まだ伏せられたまま。
所長が、静かに続けた。
「だから、うちは“鑑定”しかしないんだよ」
所長の言葉に、
アキの尻尾が、ほんの少しだけ、
ゆらりと揺れる。
視線も、耳も、変わらぬまま。
「――さあ、鑑定の時間です」
その夜、
事務所はいつもより静かだった。
東峰は、初めて
“守られる”という言葉を疑った。
守られることと、
選ぶことのあいだの沈黙が、
まだ、そこに残っている。
その沈黙は、
誰のものでもなかった。
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