第5話 嘘をつくと重くなるペンダント
そのペンダントは、首にかけると少しだけ重い、とその人は言った。
「嘘をつくと、重くなるんです」
依頼人は、人間の青年だった。
笑顔を作るのが上手で、言葉も滑らかで、
―― だからこそ、東峰は一瞬で緊張した。
「最初は、気のせいだと思ったんです」
青年はペンダントを外し、机に置く。
金属は鈍く光り、装飾は控えめだ。
―― 鈍さの中に、綺麗な光が見える。
離れた場所にいる東峰は、その光に手が止まった。
「でも、確かに重くなる。
胸が……沈むみたいに」
アキは、いつもの場所から、一切、動かない。
耳も、目も、
向けない。
「……今日は」
尻尾も、床につけたまま、短く言う。
「今日は、彼の領分です」
アキの言葉に、東峰は、息を呑む。
その瞬間、
羽音が一つ、鑑定所に響く。
「でしょうね」
ワタリガラスは、アキが呼ぶよりも早く、
副所長の隣にいた。
ワタリガラスの、シャツの腕を捲くる音がする。
「これは“音”じゃない」
カツ、カツ、とワタリガラスが、規則正しい音を鳴らし歩く。
「言葉の裏側の品だ」
ペンダントの前に立つワタリガラスに、
青年は、わずかに眉をひそめた。
「じゃあ、本当に……?」
「ええ」
ワタリガラスは、ペンダントを見下ろす。
「このペンダント、嘘を嫌うのではありません。
嘘をつくことを選んだ人を、逃がさない。
それだけです」
東峰の口から、疑問が溢れる。
「逃がさない……?」
「ええ。重く、なるのでしょう?」
ワタリガラスは静かに続ける。
ちらり、と依頼人の瞳を見たワタリガラスの目が光る。
「罰ではありません。
まだ、言い直せるという合図です」
青年の喉が、わずかに動いた。
「……じゃあ」
青年の声が揺れる。
「もしと、ずっと、ボクが嘘をつき続けたら?」
ワタリガラスは、即答しない。
代わりに、アキの方を見る。
アキは窓の外を見ていた。
夜の色だけを、感じ取るように。
その様子に、
ワタリガラスは、シャツの袖を戻しながら、依頼人を見据える。
「……外せなくなります。
慣れる前に」
ワタリガラスが、低く言う。
「その重さに
首から、心まで沈む」
室内が静まり返る。
誰も、息をしていないみたいに。
静寂が室内に滲む。
青年は、ペンダントを見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……本当は」
やがて、静かに、言葉が落ちる。
「守りたい人がいるんです。
でも、正直に言ったら――」
続きを、言えなかった。
青年の唇が、固く結ばれる。
その様子を、ワタリガラスは、じっ、と見つめた。
「鑑定結果です」
淡々と。
「このペンダントの価値は、
嘘をやめる勇気がある人にしか、
応えません」
青年は、深く息を吐く。
アキの尻尾が、揺れた。
外していたペンダントを、腫れ物のように、そっと持ち上げ、青年は来たときと同じように、首にかける。
「……重いで、すね」
違うのは、置かれた真実の、重さ。
「今は、そうでしょう。
―― ですが」
ワタリガラスは言う。
「軽くなる瞬間を知っているのならば――
あなたは、まだ戻れます」
依頼人が帰ったあと、
東峰は小さく息をついた。
ワタリガラスは、自分の席へと戻っている。
ちらり、とその背を見たあと、
東峰は、窓際の定位置にいる、アキへと声をかけた。
「副所長……
どうして今日は、鑑定しなかったんですか?」
アキは、少し考えてから答える。
「嘘は、
聞くものじゃない」
アキの言葉に、ワタリガラスの羽音が一つ。
所長は、今日も奥の席に座ったまま、静かに頷いた。
「いい判断だったね」
穏やかな所長の声に、
アキは返事をしない。
ただ、いつもの言葉を置いた。
「――さあ、鑑定の時間です」
言葉は、ときどき重さになる。
その夜、鑑定所の空気はほんの少し重たい。
けれど、誰の首にも、
沈みきる重さだけは残らない。
扉の向こうでは、
まだ誰かが
迷っている。
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