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第1話 夜だけ色の変わる絵画

はじめまして。

判決を下さない鑑定士たちの話です。

静かな物語ですが、楽しんでもらえたら嬉しいです。

 その絵は、昼のあいだは何の変哲もない風景画にしか、見えなかった。


 緩やかな丘、いくつかの低い雲、少し歪んだ家並み。

 技巧はある。

 けれど、特別ではない。

 

 ―― 少なくとも、昼の光の下では。


「……夜になると、変わるんです」



 依頼人はそう言って、一枚の油絵を差し出した。

 依頼人は、人間の女性だ。

 声は、少しだけ震えている。



 鑑定事務所の照明は落とされている。

 カーテンは開いている。

 

 暗いのは、

 夜が帳を下ろしているからだ。

 

 アキは、いつもと変わらず、すたすたと歩き、絵の前に座った。


「灯り、そのままで」


 短く言う。


 東峰ひがしみねは頷き、照明をいじらずに立ち止まる。

 

 ―― パタン。

 

 この音の主は、奥にいる、所長だ。

 書類を閉じ、アキを見る。

 

 ―― 何も言わない。

 

 この時間帯は、アキの時間だ。



 アキは、絵を“見ない”。

 


 代わりに、聴いている。


 油絵は、音を立てない。

 けれど、夜の闇色は、音の抜け方が違う。


「……ここ」


 アキは、丘の端を指でなぞった。


 ―― 爪が出てしまわぬよう、気をつけながら


 そこだけ、夜の沈み方が深い。

 黒ではない。

 見えない色だ。


「この絵、夜になると――」


 アキの声は低く、いつもよりも静かだった。


「空が広がりますね。昼よりも」


 依頼人が息を呑む。


「わかるんですか……?」


「わかります」


 アキは断言した。


「この絵は、“夜に逃げる”ための絵です」



 東峰は、思わず絵を見つめ直した。

 確かに、夜の絵は違って見える。

 家の輪郭が曖昧になり、丘はどこまでも続いているようだった。


「描いた人は、昼が苦手だった」


 依頼人が、小さく息をのむ。

 アキは続ける。


「誰かに見られる時間。評価される時間」


 する、とアキの指が、絵の夜を撫でる。


 「でも夜は、色が自由になる」


 指先が、キャンバスの裏に触れた。


「……この絵を、貴女は、売るつもりではない」


 アキが、ひたり、と止まる。

 依頼人の肩が、小さく落ちた。


「ただ、確かめたかった」


 アキは、そこで初めて絵から目を離し、依頼人を見る。

 オッドアイが、夜の光を映した。



「この絵は、価値が上がることはありません。でも――」


 ほんの、一拍。


「あなたが夜を嫌いにならない限り、色は消えない」


 アキの言葉に、静寂が落ちる。


 所長は、その言葉に、また書類を開く。

 ワタリガラスは、ぱさり、と静かに羽を閉じる。

 

 

 ――  嘘の入り込む余地がない鑑定だった。


 東峰は、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


 アキは立ち上がり、いつもの場所へ戻る。

 低い位置で、尻尾が揺れる。




「――さあ、鑑定の時間です」




 その言葉は、終わりであり、始まりだ。




 夜は深い。

 けれど、

 この場所の灯りは消えない。

 

 

 

 

 

 

 


お読みいただきありがとうございます。

感想、評価をいただけると嬉しいです。

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