最河 魅麗 ②
「…何十人にも陰口を言われてた…」
「まぁ、そりゃそうよね」
「さすがにちょっと凹んでる…」
「でも、あんなことを全クラスで言い回ってたら、反感買うのは想像できるけど」
「…私…あんまり先のこと考えられるほど頭良くないから…」
「あー…」
なるほど、とマリーと雛は納得した。
このツインテ、正直あまり成績の方がよろしくないようで、推測や予測といったことが苦手らしい。
『相手に悪口を言うと嫌われるよ?』という単純なことさえ想像できないのは、ある意味マリーたちには驚きだったのだが。
「でもそれだけじゃない…私は…ずっとキレイじゃないといけない…誰にも負けられない…一番じゃないと絶対ダメだから…」
「どうして?」
「亡くなったお姉ちゃんとの約束…私は…」
「…」
深い事情はありそうだったが、マリーはそれ以上聞くのをやめた。
プライベートな事情を、根掘り葉掘り興味本位で聞き出すのは趣味が悪いと感じたせいである。
「オッケー、詳しいことはいいから。それよりあんた、その程度で凹むなんて私には意外だったわ」
「…」
「マリーちゃん」
「嫌な奴だと思われようと、あんたは自分が信じてることならそのまま突っ走りなさいよ!」
「…」
「ただ、他人と比べるのはくだらないと思うけどね。キレイでいたいなら、他人の悪口を言うよりも自分自身が努力して、過去の自分と比べるのがいいと私は思うよ!」
自分を棚に上げながら、ずけずけとマリーは言ってのける。
自分にはそこまで気合を入れて進むなんて真似はできないというのを、誰よりも自身がわかっていた。
しかし最低限、自分をむやみに卑下したり、他人の粗探しばかりするのは間違いだとの理解はできた。
自分に言い聞かせるように、マリーはそんな理想論を堂々と吐き続ける。
「そうね…あんたの言う通りだわ」
朝とは別人のようにおとなしくなった金髪ツインテはぼそりとつぶやいた。
「そうだよ! マリーちゃんっていいこと言うよね!」
「あー…まぁ…ははは…」
--- ただの一般論です!
マリーは心の中で自分に言い訳をしていたが、それでもそんな自分が唱えた理想に憧れてもいる。
--- それだけ強く生きれたならどれだけ素敵なことか
--- けど人間、そんな簡単に変われるわけないよね
諦めにも似た心情、自分自身への言い訳ばかりを考える癖はそうそう抜けそうもない。
しかし入学を期に、マリーは今までの自分を変えたいとも願っていた。
--- 私だってきっかけがあれば…
「…え?」
「…ん?」
「…あれ?」
三人で座り込んでいた五分ほどの時間、マリーたちはいつのまにか知らない男が近くに立っているのに気づく。
(もしかしてここまでの会話を聞かれてた? は! 恥ずかしい!!)
気まずい思いを感じ、慌てて立ち上がろうとする三人 ---
--- ニヤリ
「…」
何も言えない、マリーたち三人はぞっとするような笑みを浮かべる男を無言で見つめる。
「い、いこうか」
「そ、そうね」
「うん!」
ツインテはさすがに嫌な空気を感じとったようで、率先してマリーと雛に声をかけて立ち去ろうとする。
「…おまえの姉…」
「…!?」
「最期の瞬間にはいい顔してたっけなぁ…」
ツインテは途端に激高する。
「姉」という言葉に反応して見境を失っているようにマリーには見える。
男に向き直ったツインテはそのまま怒りの表情で男を睨みつける。
「…どういう意味?」
「ニヤリ」
「なんとか言いなさいよ! 言え!」
作り物のマスクのような笑顔。
その不気味さにも怯むことなく、ツインテは男に怒声を向けた。
「姉妹仲良くな…あの世で」
「!?」
---何が起きたのか、それを理解できないマリーたち三人がその場を動けるはずもなかった。
しかし、一瞬だけ眩しい光が見えたかと思えば、マリーは毎日実家の工場で聞こえる金属音 ---
金属同士が擦れる嫌な音にも似た響き --- その音にマリーたち三人は耳を押さえて再び座り込んでしまう。
「…え」
その場にいたのは、必死に顔を上げて男を見ようとする黒鋼マリー、高美原雛とツインテ女、そして不気味な男---
--- だけのはずだった。
(ひとり多い…もうひとりは…誰?)
膝をついてしゃがんでいるマリーたちの前に、全身黒一色の姿の少女までもが
誰も気づかないうちにそこにいた。
「…おまえ…またか…」
「…」
「邪魔するなよ…新月…」
「…黙れ」
聞こえた声、そして背格好もマリーたちと同じ年代の少女にしか見えない。
しかしその少女は百八十センチはあろうかという不気味な男と口喧嘩をしている。
「…もう逃がさない」
「俺の趣味を否定すんなよ!」
「うわっ! な、なに!?」
黒づくめの制服を着た少女に向け、男が腕を振り上げる。
---その手は…鋭利な刃物以外には見えなかったのだ。
再び響く金属音。
明らかな体格差があるも、黒づくめの少女は振り下ろされた男の手を、逃げずに正面から受け止めていた。
その黒い少女の指から伸びる細長い光 --- 少なくともマリーにはそんなあり得ない光景が一瞬見えたようだ。
「なにこれ…どういう状況?」
ツインテ少女は座り込んだまま一歩も動けずにいる。
それはマリーも、そして雛も同様で、頭も体も全く現状に対応できず、そのせいで逃げるという最も重要な選択肢をも完全に失念していた。
「…くそっ! ムカつくがもういい!」
「二度言わせるな…逃がさない」
長身の男と黒い少女の言葉の意味さえ、今のマリーたちには音のオブジェに過ぎない。
会話は聞き取れてもその意味を脳が処理できないほど慌てていたせいだ。
そして、すでに黒い少女と男の動きをマリーたちは目で追えない。
逃亡しようと男は考えたようで、それがほんの少し体の角度を変えた途端---
黒い服の少女の姿はマリーたちの視界から消え失せる。
「なっ…!」
男が空を見上げたかと思えば---
それよりも早く、黒い少女はまるで羽毛のように音も立てず、重力に逆らうかのような動きで地面に舞い降りる。
「…人間は貴様たちの玩具じゃない…」
「!?」
「きゃあああぁぁ!!」
呆然としながらも、目の前で起きた惨事に雛が突然悲鳴を上げる。
男は、二度とその不気味な声を発することもなく、いくつかの塊になり崩れ落ちる。
ただマリーが気になったのは、その塊のそれぞれの部位の内容物が人間のそれとは違う形をしていることだった。
「な、なに…?」
「こ、これ…まさか妖怪? う、宇宙人…?」
「そんな…それは都市伝説だって…」
「け、警察! 警察に!」
おそらくは一番恐怖を感じ、二人のように声を出せず呆然としていたのはマリーだった。
「…」
「…ま…ま、待って!」
ようやく出せたマリーの第一声、黒い少女に呼びかけるのが精一杯の様子だったようだ。
過分に喉が渇いているのか、裏返った声しか出せないように聞こえる。
「も、も、もしかして…私たちを助けてくれたの…?」
「…気にしないでいい」
黒い少女はそう一言だけ告げ、振り向きもせず立ち去ろうとする。
まだはっきりと顔も見ていない、後ろ姿を少女は見せるのみで、マリーたちはその顔さえ確認できずにいる。
「あ、ありがとう…だよね?」
「…」
ほんの一瞬、少女はマリーに向け振り向く。
端正な中性的な顔立ちと意思の強そうな瞳と、そして雛と似てはいるが、肩までの長さがある髪。
その髪も、高校の制服らしきところどころ破れた衣服も、靴下や靴までが露出した顔と手足以外は全て黒づくめ。
そして体格も、見たところ十代に見える少女としては、マリーにはかなり低身長に思えた。
「…最河 魅麗」
「…えっ…」
「仇は討てた…長引いてすまない…」
「!?」
「え? どういうこと?」
黒い少女に向けたそのマリーの問いに反応し、雛とツインテは一瞬マリーを見る。
「…あ」
そして、黒い少女はその隙に消え失せていた ---
「はい、こちらで処理しますので、皆さんは帰宅して結構です」
丁寧な口調ながら、少し偉そうな警官に促され三人、その許可が出るや遠慮なく帰宅することとなった。
「あんたさぁー」
「なによ?」
「名前はさっきあの黒服の子から聞いたけど、自分から改めて名乗ろうとは思わないわけ?」
催促するマリーと、そんなマリーの台詞を聞い雛が笑い出す。
「ははっ、マリーちゃん、さっき聞いたんならもういいじゃない」
「よくないわよ! こういうのは本人の口から改めて伝えることに意味があるのよ!」
「うわっ…黒鋼マリーうっざ…」
面倒臭そうに金髪ツインテ--- 最河 魅麗は口を尖らせながら
ブツブツ文句を垂れている。
「魅麗ちゃん、私は高美原雛だよ! よろしくね!」
「あ、あぁよろしく。最河魅麗よ」
「私にも言いなさいよ! 魅麗!」
「マリーうるさい!」
高校入学式の日。
そんな非日常が現実だと三人は理解してしまった。
学校生活への不安と異常な世界状況。
そしてそれはやがて訪れる、世界の終焉と多くの友人との出会いへの道。
世界は、宇宙は、今この時も星々は歌い続ける。




