最河 魅麗 ①
「このクラスに『黒鋼マリー』ってのがいると思うんだけどさぁ…どいつよ?」
教室中がその声に驚いて静かになった。
けど静かになると同時にみんなは気づいたようだ。
入学式が始まるまでにあと五分ぐらいしかないことに。
焦ったクラスメイトたちが動き出すや、入学式の式場に誘導する
校内放送が再び響きわたる。
「やっべ! おい行こうぜ!」
ひとりの男子生徒が声を上げると、クラスメイトたちは教室から慌てて飛び出す。
「マリーちゃん! 私たちも急ごうよ!」
「う、うん、そうだね」
教室を出ていったクラスメイトに続き、マリーと雛も席を立って駆け出す---
「ちょっと待ちなさい!」
--- 瞬間にマリーは強引に片手をつかまれる。
「えっ!? ちょっ!」
怒れる金髪ツインテ少女にマリーは引き止められ、振りほどくこともできず向き直ったる。
「あんたが黒鋼マリーね?」
「離してよ! 入学式が始まっちゃう!」
一見してツインテール少女もマリーたちと同じ一年生だとわかった。
胸元のタイがマリーの制服と同じ色だからだ。
--- この子も焦らないといけないはずなのに、どうしてこんなに落ち着いているのだろう?
マリーはふとそんな考えを抱き、もしかしたら自分も焦る必要などないのかと考え直す。
「一分、いえ! 三十秒で済むから! 私だって急いでるんだからね!」
そのツインテール少女の焦った様子に、どうやら安心できない状況だと
マリーの淡い期待は秒で打ち砕かれる。
ここにいる三人はやはり焦らないといけない場合らしい。
ツインテが何をしたいのか、マリーにはわけがわからなかったが、無理に振りほどくより
話を聞く方が早いと思い直し、仕方なく話を聞くことにした。
「…ふーん?」
「な、なによ?」
ツインテ少女はマリーの顔を遠慮なしにじろじろと見つめる。
前から、横から、中腰の姿勢で鼻の穴までも。
「…ふっ」
「な、なに?」
時間にして十秒も経たないうちに、金髪ツインテールは馬鹿にしたような笑みをマリーに向ける。
「たいしたことないわね」
「…は?」
「このブス!」
唐突に罵声を浴びせられるマリー。
--- え? 待って? 意味がわからない。
「はっきり言って私の足元にも及ばないわね」
「…し、失礼ね! あんた!」
このご時世にルッキズムとはいい度胸だ! とマリーはつい文句を言いそうになる。
「クラスでちょっと噂になってる女を確認しに回ってるんだけど…どのクラスにも私以上の
可愛い子はいないわね!」
「ど、どのクラスにもって…まさか 一年の教室全部回ったの?」
「当然!」
「…何をヒマなことしてるのよ、あんた」
「二年三年の教室も確認済みよ!」
声を張り上げて信じられないことをさらっと少女はのたまう。
全校の女子生徒に喧嘩を売りに行ったことに気づいていないのだろう。
ピンクの髪からは確かに派手な印象を持たれるが、顔自体は普通寄りなのことについては
マリー自身はよく理解していた。
--- なんでここまではっきり言われないといけないのよ!
少々気分を害したマリーは文句を言い始める!
「ちょっとあんた! 言うに事欠いて失礼じゃない!」
「ま、マリーちゃん、落ち着いて…」
ツインテ少女を指差すマリーの表情を見た雛が必死でなだめ始める。
「…たださぁ、D組の六界アリスだけは確認できなかったのよね…」
「なによ、さっきと言ってること違うじゃない」
「D組には行ったの! けどいなかったのは私の責任じゃないわ!」
論点がズレたまま、ツインテ少女は逆切れし始める。
単純に顔だけ見れば、このツインテ少女はアイドル並に可愛いとマリーも感じていた。
ただそれは、恥ずかしげもなく自分で「可愛い」と言い切れるだけの胆力から来るものだと
マリーは考え、その図々しさに少しげんなりする気持ちを感じていた。
「話は終わり、さっさと体育館に行くわよ!」
文句を言うマリーを尻目に、ツインテ少女はさっさと教室から走り去る。
取り残され、あっけにとられるマリーたちを尻目に、無情なチャイムの音が鳴り響く。
マリーと雛は自分たちの置かれた状況を思い出し、慌ててツインテ少女のあとに続き走り出した。
---そして滞りなく入学式は終了した。
「意外に校長先生の話が短かくて良かったねー」
教室に戻るや、雛はそんな言葉をマリーに投げかける。
「確かに、話が短い校長というのは色々とありがたいかな」
話の長い校長先生だと、学校生活そのものにも大きく影響しそうだと二人は考え、
お互いにうなずいた。
「けどあの子、なんだったんだろうね?」
「…あの子…あぁ、あの子ね」
校長の話も終わらないうちに、雛が別の話題を振りだした。
今頭に浮かんだことは前置きもなくすぐに話したい性分らしい。
「ねぇねぇ、式の前に来たあの子、なんか噂になってるらしいよ」
「上級生の先輩たちが怒ってるって」
「何か言ってたの? あの子」
色々なところで彼女は結構な時の人になっている様子だった。
マリーたちのクラスメイトは何があったのか詳しくは知らなかったが、
他のクラスから色々と情報は聞いているようだった。
「HRを始めるぞー」
そんな噂話は担任の先生の乱入により中断される。
そして型通りの全員の自己紹介や、一学期中の簡単なスケジュールが担任の口から説明されると、
入学式の日程は午前中で終了した。
「マリーちゃんも電車通学なんだね。良かったー、駅まで一緒だね」
「うん、帰ろうか」
雛に誘われたマリー。
せっかくだからと二人で駅に向かうことになったようだ。
--- 少し曇りだした空を見上げる二人。
マリーは雨が降りそうだと感じながらも、とりとめのない会話に興じている、
だがそれはそれとして、入学初日だというのにもう友達ができたことの方が嬉しいようである。
「…もしかして、あれって…」
「えっ?」
会話の最中、雛が少し前方を歩く少女を指差す。
後ろ姿でさえも、顔を見なくても判別できる長いツインテールがマリーの視界に飛び込む。
---あの子だ。
「違う人かな? なんだか雰囲気が違うよね」
入学式前に見せた、あの傍若無人な態度とは明らかに違う雰囲気をマリーと雛は感じていた。
とはいえ、あんな髪型の別人がそうそう他にいるわけもないとマリーは思った。
朝とは別人のような雰囲気に見えたが、マリーはやはり今朝の子だと確信していた。
少し元気がないように見えるせいだろうか。
「…なんだか別人みたいだね?」
「初日からあんな態度じゃさすがに怒られたのかもね」
「…もしかして…泣いてる?」
「あの偉そうな子がそんなわけ…」
言いかけて片手で顔を拭うツインテの動きにマリーは気づく。
後ろ姿でもマリーにははっきりとわかった。
「自業自得としか言えないけどね」
「うん、反省してるのかも…」
特に話すことはないと思うマリー。
二人はそのままの距離を保ちながら、ツインテ少女の後ろを歩き続けている。
右手にある赤信号をツインテ少女が渡る様子を見せる。
顔を合わせるとまた色々と言われそうだとマリーは考え、そのままツインテを
やり過ごすつもりと考えていた。
「えっ!」
「あっ!」
しかしマリーの予想に反し、ツインテは赤信号に気づかずに横断歩道に侵入する。
交通量も少なく、あまりひと気のない交差点、それでも車が通る時もあるものだ。
運の悪いことに一台のトラックが、ツインテのいる交差点に近づく姿がマリーに見えた。
「あのバカ!」
「マリーちゃん!」
とっさに手さげ鞄を投げ捨て、マリーはそのままツインテに向かって全力で走る。
「たあーーーーっ!」
「マリーちゃん!」
叫ぶ雛の声が遠ざかるのを聞きながら、マリーはツインテの背中に体当たりを食らわせた。
「ヴげぁっ!」
変な声を上げながら、そのままツインテは吹っ飛び、マリー自身もそのまま前のめりで
前転した姿勢から歩道に仰向けの態勢で倒れ込む。
「す、スカート! スカート!」
前転しながらもマリーはスカートがめくれるのだけは死守できたようだ。
「気をつけろ!」
トラックから怒声が響く。
しかしそのままそのトラックは何事もなく走り去って行った。
「…いたぁ~い」
エビぞりの姿で吹っ飛んだ後、地面に顔を擦りつけたようで、
ツインテは鼻血を垂らしながら起き上がる。
しかし走り去るトラックを見て、今の状況を理解したようだった。
「…た…助けてくれたの…? あり…」
「おバカ!」
「ぷぎゅ!」
マリーの一撃がツインテの頬を張り倒す。
予想外の追加ダメージで、ツインテは倒れる寸前だったのはここだけの話。
「なんなのよ…なんなのよあんた…もう少しで轢かれるところ…」
「…ご…ごめん」
それ以上の言葉が今の二人には出せなかった。
気づかないうちに小雨が降り、アスファルトんの路面を少しずつ濡らしていく。
しかし雨に濡れるのさえ気にも留めず、二人の目には涙があふれだしている。
「ふたりとも! 大丈夫!?」
怖くて動けなかった様子の雛がようやく駆け寄る。
下手すると大惨事が起きたかもしれない現場に遭遇し、普通の女子高生三人が
平静でいられる理由はなかった。
三人揃って歩道に座り込んで本気で泣き出している。
小雨の中だろうがもはやお構いなしだった。




