プロローグ
---これは夜空の星たちが歌う物語。
高校入学をきっかけに始まる新しい生活。
主人公「黒鋼 マリー」が経験した、賑やかな楽しくも信じられない日々を綴る。
音楽と友人たちと共に紡ぐ、悲しくも希望に溢れた毎日を聞いて欲しい。
---日常に潜む悪意と危うい日常。
---悠久に続く歴史、そして運命に抗う存在。
---人同士の関わりが新しい関係を積み上げてゆく。
桜の舞う季節よりその歯車は動き出した ---
---春。
そしてまだ少し肌寒い午前六時半。
目覚ましをセットしたスマホが、迷惑なほどわめき始める。
「おはよう」
スヌーズを必要としないほどの快適な目覚め、ベッドから勢いよく飛び起きた後に、
自室のベッドから抜け出少女。
少女趣味丸出しの、ピンク色で埋め尽くされた部屋。
年相応と言えなくもないが、他人からは少し偏重気味と思える程度には、
部屋中はピンクで埋め尽くされている。
机の上には本日の準備 --- 入学式の準備は万端らしい。
少し薄暗い窓の外、しかしそんなことはお構いなしに、彼女は閉めきったカーテンを開く。
彼女の名は黒鋼マリー。
この春から高校一年生になったばかりとは本人の弁。
そして今日がその高校の入学式当日。
少し浮かれながらマリーは笑顔を見せると、壁に掛けた鏡を覗く。
「よし!」
腰までの長さでふわふわのウェーブがかった髪。
少し明るめのピンク色の髪は、彼女自身に陽気なイメージを与えている。
「自分ではそこそこ可愛いとは思うんだけどなぁ…」
本人によると、意外にモテるタイプじゃないかな? とのことである。
今日より遡ること約二週間前、中学校の卒業式の日、
その日に起きた人生初の「告られ記念日」という経験に起因していた。
ただ問題だったのは、その告白してきた相手が、同級生女子だったのが
いまひとつ「モテるタイプ」という証言の信憑性に欠けるところだ。
「ビジュアルが派手なわりに顔自体は普通なのよねー…」
ぺたぺたと自分の顔を撫でるも、色々と思春期の悩みは尽きないらしい。
未知と呼ぶのは大仰だが、彼女自身は高校生活においての一抹の不安が
拭いきれていなかった。
「モテるタイプ」と言いながら、恋愛一辺倒はさすがにないだろうとは感じているらしい。
友達作りを主体にするという目標を大々的に掲げたようだ。
「あっ! お嬢! おはようございます!」
制服に着替えてから、一階のリビングに下りてきたマリー。
その様子を見かけたのはソファーに座っている現場の親方だ。
年の頃は五十前後。
短髪で白髪交じりの親方に声をかけられたマリーは、驚くこともなく愛想を見せる。
別段珍しくもない日常茶飯事の出来事。
早朝からのミーティングは父親の仕事から、マリーにとっては慣れた出来事だった。
有限会社 黒鋼鉄工所。
マリーの実家はどこにでもある中小企業だ。
百メートル四方の敷地内には自宅兼仕事場。
あまり広くはない土地に、工場と一般家屋がそれぞれ建っている。
そこそこ程度の繁盛具合ではあれど、贅沢をしなければ
食べるには困らないと、マリーは父親から聞いて知っていた。
早朝から自宅に家族ではない人が出入りする状況には慣れているため、
マリーはそれが普通のことだと考えている。
家業が荒い男連中の巣窟であっても、自分は感化されることなく
ちゃんと女の子らしく育ったという自負はある。
ただそれも他の家庭の少女と比べれば、少し粗雑寄りな事実に
今のマリーには知る由もなかった。
「おはよー、まささん、また親父殿と打ち合わせ?」
「へい、社長のご厚意で朝食付きなもんで、喜んで来ました!」
「相変わらず好きだね~、中年男子ふたりが朝からラブラブとか熱いねホント」
「言い様ってモンがあるでしょうよ…」
「まさ」はマリーの言葉からちょっと嫌な絵面を想像したらしい。
その表情は本気で気持ち悪がっているように見える。
「気持ち悪ィこと言ってんじゃねぇよ。おいマリー、ゆっくりしてて大丈夫なのか?」
「あっ、おはよう親父殿」
台所からようやく顔を見せた父親がリビングに入るなり、荒い口調で文句をマリーに投げかける。
「え…? ヤバッ! もうこんな時間? 行ってくるよ!」
指摘されてようやくマリーは今の時間に気づく。
よほど急いでいたのか玄関のドアを乱暴に閉める際、誤ってドアに
片足を挟んで痛めたが、気合のダッシュで駅に向かって駆け出した。
遅刻だけは免れた模様。
学校に到着するや、広い下駄箱前に掲示板を見つけるマリー。
そこには名前とクラス名が書かれた紙が貼ってあった。
一年A組。
出席番号順に書かれた自分の名前を見つけるや、マリーは急いで教室に駆け込んだ。
「危なかったー…もうーホント勘弁だよー」
荒い息を整え、何事もなかったように平静を装う。
初日からの遅刻はさすがにないだろうと、誰にも聞かれていないのを確認しながらつぶやく。
「おはよう!」
「おはようございまーす」
初対面のクラスメイトたちが男女関係なく挨拶を交わしている様子が見える。
みんな希望に溢れているんだなとマリーは想像し、ひとりニヤニヤと笑顔をこぼす。
理由は明快、そのうちのひとりが自分だからという根拠からだった。
「おはよう! ピンクの人!」
にこやかに教室を見渡す私だけに向けた言葉。
「えっ! なんだかえちィ感じで人聞きが悪いんですケド!」
「あっ、なんとなく響きがエロスっぽいかな? ごめんね!」
隣の席からそんな声が聞こえた。
そちらに向き直るマリーの目に、黒髪ボブカットのアクティブな印象の女子生徒の飛び込んで来る。
人懐っこそうな満面の笑顔をマリーに向ける少女。
「はじめましてだよね。隣の席になりました高美原雛」だよ!」
「は、はじめまして~…あはは、私は黒鋼マリー」
雛と名乗る少女の勢いに押されながらも無難な挨拶を返すマリー。
彼女の全身から湧き出る雰囲気を、のちの黒鋼マリーは
「まるでハムスターのようだった」と語っている。
「いいなー、マリーちゃんってすごく可愛いから羨ましいなー。髪もふわふわだし」
「えっ…いやいやいや、私はまるっと一般人で恐れ多い次第で…」
物怖じしない雛は恥ずかし気もなくそんな言葉を言ってのける。
思ったことはすぐ口にする子だなと、マリーは会話しながらそんなことを考えていた。
しかし意外に雛の声が響いていたのか、今の会話を聞いていた他のクラスメイトたちは
一斉にマリーに向き直る。
「ひィっ!?」
声にならない小声がマリーの口から洩れてしまう。
一気にクラスメイトに囲まれるマリー。
そんな目立つ状況に慣れていないらしく、緊張気味で誰とも目を合わせられない様子だ。
「黒鋼さんってすごい大人っぽくて綺麗だよね」
「本当だ、お嬢様っぽいね」
そんなお世辞ともつかない声がちらほらと周りから聞こえ出す。
実家が中小企業とはいえ、確かにマリー自身は「お嬢様」と言えなくもないのは確かである。
マリーが対応に困っている様子は誰の目にも明らかだった。
困った作り笑顔がその顔に貼りついている。
「あっ、あー…みんな! そろそろ入学式の時間じゃない?」
マリーの様子を見かねた雛は周りに向け声をかけた。
今まで好き勝手話していたクラスメイトたちはようやく今の時間に気づき、
ようやく教室から移動する準備を始めだす。
そんな中、クラスメイトのひとりが教室のドアに手をかけようとした瞬間 ---
その教室のドアは、クラスメイト以外の何者かによって乱暴に開かれた。
「…」
ドアを開いた主 --- それはマリー以上に派手な見た目の少女だった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
ぶっきらぼうに怒ったような表情を見せながら教室中を見回す少女。
キラキラと陽の光を浴びて光る鮮やかな金髪。
そして、腰に両手をあてた居丈高なポーズが、長いツインテールから感じられる
幼なそうな印象とは全く不釣り合いに見えていた。
「このクラスに『黒鋼マリー』ってのがいると思うんだけどさぁ…どいつよ?」
(わ、私!?)
心の中でマリーは気づかれないように驚き叫んでいた。
なぜ自分を名指しで、見も知らぬ少女が、しかも怒り顔で訪ねて来たのかマリーは不思議に思っている。
入学式の日、そんな謎な出来事に巻き込まれるのは想定外! とばかり、
マリーは大勢のクラスメイトたちの後ろに隠れながら、こそこそともう一方のドアから出ようと考えた。
しかしクラスメイトたちの視線は一気にマリーに向いた。
「…え? えっ!?」
クラスメイトたちを押しのけながら、ツインテール少女がマリーに近づく。
「…マリーちゃん、誰? あの子」
「し、知らないよ!」
心配そうな表情を雛が自分に向けているのにマリーは気づく。
そして、入学式がまもなく始まるという連絡の、全校放送が鳴り響いた。




