真心こめた告白を
「流石だな、と言いたい所だが、野狐のお前が不甲斐ないせいでかすみはまだ眠っている」
「え?」
「『もっと強くなりたい』らしいぞ。思いが伝わってくる。かすみはお前の足手まといになりたくないとな」
絶句する狐太郎に背を向け、再び移動した沙那王は黒峰の顔を覗き込む。彼はすでに死んだように目蓋を閉じ動かなかった。
代わりにそばにいた母親が深々と頭をさげた。沙那王が頷く。
「もう行くのか」
『はい。この子には先程、命尽きる迄罪を償い生きよと申しました。そして時がくれば再び私が迎えに来ると。天人さま、それまでどうかこの子をお願いいたします』
「うむ、里にて預かるよう伝えよう」
沙那王の返事を聞き、母親は安心したように再び頭をさげ、消えていった。
沙那王が狐太郎を見た。
「野狐よ、時匡に連絡し、今回の件を伝えろ」
「……わかった」
言われなくとも里長には連絡するつもりだった。なにせかすみが夜になっても帰宅せず、連絡もつかなかった為、急いで探しに行く旨を事前に里長に伝えていたのだ。
携帯電話で里長に連絡し、今起こった事を説明した。すぐに近隣の町にいる里の者が来て後処理をし始めた。意識を失っている黒峰も彼らに運ばれていく。これから里関連が経営する病院に連れていくとの事だ。
かすみと狐太郎は特に体の不調がなければ、そのまま帰宅してよいとの事だった。
「沙那王、さっきの話だけど……」
「それはかすみと直接話せばいい。それとお前はもう少し真心を込めて愛を囁くことだ。あれではかすみには伝わらん」
「え?」
狐太郎にとっては寝耳に水だった。沙那王が目を瞑り、小さく呟いた。
「……もうひとつ、お前の耳と尾に触れると安心するらしい。気をつけよ」
「は?沙那王、それってどういう――」
謎めいた言葉を放ち、沙那王の体が崩れた。床に倒れる寸前で狐太郎が慌てて抱きとめる。投げかけた問いの答えは得られなかった。
狐太郎ははぁと疲労感の滲む息を吐いた。
「帰ろう、かすみちゃん」
返事がないことは予測済みだ。彼女を背におぶる。沙那王が去り、かすみの体の香りが元に戻った。もう今は自分の知るかすみ本人である事にホッとする。
もう時間は真夜中を過ぎていた。黒峰家から狐太郎達の住むアパートは歩いて小一時間ほど。あやかしである狐太郎は夜目がきくため、灯りがなくても問題ない。暗い夜道を慣れた足取りでてくてく歩く。
――真心を込めて、か。
あるいているうち、多くの思考が脳内を駆け巡る。ある程度の年齢になって、自分はかすみに対しそれなりに好意を伝えてきたつもり、だった。
けれど沙那王の話によるとそれだけではダメだったようだ。自分なりの行動も彼女にはこれっぽっちも伝わっていなかったのだ。
(……下手したらただのしつこく馴れ馴れしい狐と思われていたのか、俺)
がっくりと落ち込む。悶々と考えているうち、突然の不安が襲った。
「今の俺のやり方じゃダメ、ってことは……練習した方がいいのか?」
ぶつぶつ独り言をいう。どうせ誰も聞いてないから平気だと狐太郎は開き直った。
今後の対策を考えてみた。堪らなくなって、心の奥から溢れる言葉をおさえられなくなった。
「……里で初めて会った時、言葉もわからない野狐の俺にかすみちゃんは優しくしてくれた。それからずっと好き。好き。可愛い。花のような匂いも、蕩けるような甘い血も。かすみちゃんが人間だろうと天人だろうと構わない。愛してる。ずっと永遠に側にいて君を護るから、どうか俺の妻になってください」
滔々と夜空に輝く星々を見上げ、真心込めて呟いた。さながらかすみは天上の星だ。語りかけるように狐太郎は今思う彼女への気持ちをありのまま口にする。
そうしてしばらく経って、気まずそうに頬を赤らめ、瞳を逸らした。
「……あー、どうしよ。かすみちゃんの事、すっごく噛みたくなってきた」
気持ちが高ぶると、愛しい伴侶を噛みたくなる。これは獣のあやかしがもつ愛情表現というか習性である。
「! ぐぇ、かすみちゃん、そこ首、首だから」
背にいるかすみの体勢が崩れ、狐太郎の首付近にあった彼女の腕に圧が加わった。狐太郎は急いで背負い直した。
かすみの部屋に着いた。敷いた布団に寝かせる。やはり先日、秘密裏に長から合鍵を預かっておいて良かった。
きっと後日、彼女に追及され怒られるだろうが仕方ない。
かすみはまだ眠っている。可愛らしい寝顔につい邪な感情がわきそうになったが、どうにかとどまり、自分の部屋に戻ろうとした。
だが立ち上がるより早く、グッと服の裾を引っ張られた。みると彼女の目がうっすら開いている。
「……こた?」
「起きたのか、かすみちゃん」
「うん。うちに運んでくれたんだね。ありがとう」
周囲を見渡した彼女はここが自分の部屋だと理解した。そしてまだ寝て起きたばかりの声で礼をいった。狐太郎が労るようにかすみの頭を撫でた。
「俺、もう行く。黒峰の事とか、詳しい事は明日話すから、かすみちゃんは休んで」
「! ま、待って」
慌てて再度服を掴んだかすみに狐太郎は小首をかしげた。
「どうしたんだ?沙那王と入れ替わると凄く力を使うから疲れるって、前に話してたろ。今夜はもう……」
「そうなんだけど、でも」
暗闇に慣れた瞳がじっとかすみを見る。先程沙那王が話した、彼女が思い悩んでいる事に関連しているのかも知れない。
そう思い至った狐太郎はごろんと隣に横になった。
「いいよ。かすみちゃんが眠るまでここにいる。それまで話しよ」
「……うん」
かすみは予備の布団を敷くかと提案したが、いらないと断られた。狐太郎の体温は人間より遥かに高い。獣のあやかしはそういう性質らしい。
話は概ね黒峰のことだった。
かすみは蓮見園の火事のことで視えたものを長に話した。それもあって特別に里をおりて黒峰と同じ学園に通うことになったのだ。
「でもかすみちゃん一人は危ないだろ。長はなに考えてるんだか。……でもそれなら解決したってコトだよな。里に帰ろう?」
かすみはゆるゆると首を横に振った。
「里を出たのは黒峰先輩のことだけじゃないの。私はこの年齢になっても自分の意思で天人の力が操れない。それは何かきっかけが必要だと長様に言われたの。里にいれば皆が護ってくれるし安全なのは分かってる。でもそれだと私はきっと変われない」
「ここに来た理由はそれか?」
「うん。長様に無理を言ってしまったわ。色々条件付きで里をおりるのを許可してもらったの」
里長が提示した条件は沢山あった。住居は里が管理する所にする事。隔週で里に戻り顔を見せる事など、それはもう数えあげればキリがない程だ。
でも、と私は小さく笑った。
「狐太郎が来るなんて予想外だったわ」
元々かすみと一緒にいる事が多かった彼は、近頃修練や依頼を片付けるので忙しく、里にほとんどいなかった。寂しくもあったが、いつかはお互い離れていくのだろうと感じていたので、これは良い機会とも思ったのだ。
それなのにすぐ気づかれてしまった。
「私、もっと強くなりたかった。皆を守れるくらいに。でも結局、狐太郎の助けを借りる事になっちゃった。ごめんね」
天人沙那王の力だって、かすみのものではない。結局は誰かの助けを借りなければ、かすみは危ない目にあっていた。最初から行き先、誰と会うのかを告げていればこんな事にはならなかった筈だ。
一見品行方正な黒峰だが、あやかしを侮りすぎていた。狐太郎が帰宅しないかすみを心配して探してくれたから、今がある。自分の行動全てが空回り過ぎてつくづく嫌になった。
ひたすら落ち込んでいると、額が指先でピンと弾かれた。隣の狐太郎がしかめ面をしている。これ以上考えるなと言いたげだ。
「痛い」
「当たり前だ。痛くしたからな」
「……面倒だよね。私、狐太郎に想われる資格なんてないよ?」
本当は彼の気持ちを知っている。
夜道を背負われ帰っていた時、偶然にも聞こえてしまった。
あの恥ずかしくなる彼の告白を。
ちゃんとしっかり伝わった。忘れたくても消えてくれない。頭にずっと残っている。
ただ最後の『噛みたい』というのはちょっと意味が分からなかったけれど。
「資格ならある。俺がかすみちゃんを好き、それだけで十分。それに他の事なんてどうでもよくなるくらい、いつか俺のこと夢中にさせてみせるからな」
それから、ちゃんと練習して伝えるから待っててと再び意味不明なことを色々話していた。
睡魔に襲われつつもどうにか聞いていたけれど、私はとうとう負けて目を閉じた。




