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かすみちゃんと狐太郎くん ~あやかし恋伽話~  作者: みゆり


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6/8

黒峰先輩と黒狼との契約

 室内は明るく、窓際には大きく立派な執務机があり、その上には沢山の書類や本が積まれていた。

 

 そばにあるテーブルにはまだ温かい飲みかけの紅茶が入ったティーカップと焼菓子がある。その向こうにもう一つ別の薄暗い部屋があった。


 扉が開け放たれたままの部屋へ二人は足を踏み入れた。執務机があった部屋よりかなり広い。奥にある祭壇のような台にはローソクに灯された炎が揺らめいていた。


 灯りを受けて、床面に映る長い影が揺れている。背を向けた影の主がゆっくりと振り返った。そしてこちらの存在に気がつくと暗い笑みを向けた。


 黒服の黒峰理狗がそこにいた。


 「驚いたな、僕でもあの地下室から出るのは苦労したのに。ああ、そこの野狐が手引きしたのか」


 だがその言動とは異なり特別何か驚いた顔ではなかった。あやかしは霊力や気配に敏感でその感知能力は人間より遥かに優れている。

 当然、かすみ達が来ることなどお見通しだ。


 「先輩、どうしてあんなこと、したんですか?」


 黒峰が壁に向き、視線をあげた。その先には立派な額縁に納められた大きな黒狼の絵が飾られていた。


 つられるように、かすみ達も漠然と黒狼の絵を見上げる。恐ろしい大きな爪と牙のある狼、そこから禍々しい異様な力が放たれている。気味の悪さに思わず顔をしかめた。


 「この黒狼はね、我が黒峰家が代々奉っている大妖。一族の始祖みたいなものなんだ。この黒狼は百年に一度、一族の中で最も自分に近い霊力をもつ子供を喰う。それが僕でね。霊力がある耳と尾を喰われた」


 淡々と語る黒峰先輩の声からは何の感情も見えない。私はごくりと唾を呑んだ。


 「あの地下室は――」

 「あそこは簡単に逃げられないよう、誰の目にも触れないよう、厳重に管理された秘密の部屋。忌まわしい記憶の眠る場所だ」


 まるで他人事のよう、無感情な目で彼は語り続けた。


 妾の子であったこと。本当の母と騙る女に騙されて、一緒に暮らしていた母から無理矢理引き離され、黒峰家に連れてこられたこと。崇める大妖と自分がそれ程霊力が近いわけではないこと。黒峰家直系の者達が贄になるのを拒み、妾の子である自分を強引に選んだこと――


 「黒峰家は一夫多妻制でね。子を多く産み栄えた。それは贄となる者を量産するためでもあった。黒峰の子が全て黒狼と適合する霊力を宿しているとは限らない。だから少しでも確率を上げるため、数が必要だった」


 「……そんな」


 だがかすみの脳裏にふと疑問がわいた。彼は今、黒峰の血を継ぐ子が複数存在すると語った。それなのに彼らの姿が見当たらない。それともどこか別の場所にいるのか。


 それに贄の役目を負う彼が何故今も生きながらえ、そして次期当主とみなされているのか。


 さっきダイニングルームで見た、哀れな黒峰家の者達の姿を思い出す。黒峰家はこの辺りでも有名な資産家だ。ゆえに縁者はもっと沢山いるはず。


 先輩を真っ直ぐ見据える。


 「先輩以外の黒峰家の人達はどこに行ったんですか?この家は繁栄して裕福な一族なのでしょう?あの部屋にいた者達だけじゃない。もっと沢山いるはずです」


 すると黒峰がくくっと笑い、大仰に両手を広げてみせた。


 「ああ、君は見たんだね!あれは元当主の父、継母、兄達の成れの果ての姿だ。大妖の力を借りて、僕と同じくあいつらの耳と尾を剥いでやった!たまに眺めたくて骸は残しておいてある。どうだい、素晴らしい出来だったろう!」


 まるで舞台俳優のつもりか。あの異質な部屋を他者に見られたというのに、明らかに心の底から愉しんでいる節がある。


 私は何も言わず、あの部屋で見つけた写真を出し、彼の前に見えるよう掲げた。それを見た黒峰の瞳が大きく見開かれる。


 「それは」

 「先輩の机の引き出しにあったものです。これに写っているのは蓮見園にいた子達ですよね?……あの火事、あなたがやったんですか?」


 ああと思い出したように、黒峰は事も無げに言い、眼光を鋭くさせた。


 「懐かしいね。はは、そうだよ。その子らは人間だろう?丁度それはあやかしの子達が修練でいなかった時に撮ったものだ。人間とは恐ろしい。僕がこの家に連れてこられ、耳と尾を引き裂き黒狼に喰わせたのは、金で雇われた人間共だった。黒峰の者は発案したにもかかわらず、同族からの祟りを恐れて卑怯にも直接手をくださなかった。だが人間は違う。あいつらの前ではそんなもの関係なかった。あるのは目の前の欲望。なんて浅ましい。僕はあの時以来、人間を深く嫌悪するようになった」


 「だからって、あの子達は先輩と全然関係なかった。それにあの子達の死因は火事による火傷や一酸化中毒じゃなくて――」


 あの時偶然、長様の御屋敷にいた私は、火に包まれた蓮見園に長様と共に向かった。

 そこで目の当たりにしたのは、鎮火した建物から運び出された欠損部分のある幾つもの子供達の遺体だった。侵入した獣による咬傷の可能性があると判断された。


 「関係ならある。僕はあいつらを見るたび憎しみしか湧かなかった。人間だから殺した。それが理由だよ。……でもよく気づいたね。その頃僕はもうとっくに里を出て黒峰家に戻っていたのに」


 「あの時、焼け跡から何故かいない筈のあなたの恨みの念が痕跡として残っていました。長様に確認したら、他のあやかしの子達は皆修練で里を離れていて、人の子以外は誰もいなかったそうです」


 「そうか!君にはそれも分かるのか!それに長も知っていたとは!はっ、あの男は知っていて僕を泳がせたか」


 高揚した声をあげ、黒峰は胸に右手をあて再び黒狼の絵をうっとりと見つめた。


 「……血縁と呼べる家族も同族も皆喰わせた。これだけの霊力を差し出したことで、その見返りに始祖は僕に力を与えてくれた。さぁ見るがいい。これが僕の真の姿だ!」


 黒峰の体から一気に霊力が迸る。次第に彼の体が巨大な黒い怪物へと変化する。狼のような大きな口と牙、だがそれは耳と尾がなく二足で立つ歪なモノだった。


 「どうだ、霊力さえあいつらに奪われてなければ、誰の力も借りず変化できた姿だ!」


 これまで隣で静観していた狐太郎が私を守るように前に進み出てきた。


 「狐太郎?」

 「もういいだろ、かすみちゃん、こんなやつ。そうまでして強くなりたいとか意味わかんねー」


 呆れて呟いた狐太郎の周囲に蒼い炎が幾つも生まれた。これは狐太郎の霊力でつくったもの。蒼い炎は流れる速さで黒狼となった黒峰を包囲し攻撃した。


 「ぐわぁあっ!」

 

 蒼い炎はかなりの熱をもち、黒狼の表皮に触れた途端、衝撃で叫び声をあげた。だが焼け爛れた表皮は瞬く間に再生し修復されていく。


 それを見て狐太郎が舌打ちした。


 「厄介だな、これは。かすみちゃんは危ないから向こうに隠れてて」

 「う、うん」


 このまま私がここにいては足手まといだ。黒狼には体のいい的になってしまう。促された私は同意し、後退した。


 「まったく、邪魔な野狐め!」


 黒狼は太い腕をぶんと振り、一気に炎を払い消し、そのまま、狐太郎の頭上に落とした。それを躱した狐太郎は今度は先程よりも霊力を込めた火球を生み出し黒狼に放った。


 その勢いで黒狼は壁に激突し、壁には無数の亀裂が走った。すぐに立つことがままならず、黒狼が悔しそうに唸る。


 狐太郎は強かった。あやかしの里でも彼は一、二を争う手練れで霊力のある者だと言われていた。そのことを今更ながら思い出した。


 「もう終わりか?呆気ないな」


 霊力で生んだ長槍を手にした狐太郎が、床に沈んだ黒狼の心臓めがけ長槍を放とうとした。彼はとどめを刺すつもりだ。慌てて私は声をだした。


 「待って、狐太郎。もう決着はついてる。それ以上はやめてあげて」

 「なんでだ。どっちにしろ生かしておいても長が許さない。こいつは俺の大事なかすみちゃんを傷つけて、里の掟も破った。狼一族がどうなろうと知ったこっちゃないが、それだけはダメだ」


 私の制止にかまわず、彼は長槍を振り下ろす。だがそれは心臓のある胸に刺さる直前で止まった。


 狐太郎が眉を寄せ、奇妙な顔になる。


 「……なんだ?この違和感。手応えがない感覚。抜け柄か?霊力が抜けている――まさか、これ、本体じゃないのか?」


 どこか気の抜けた様子の狐太郎がぶつぶつと何か呟いている。霊力を辿り、そしてハッと私の方を振り返り、大きな声を出した。


 「だめだ。かすみちゃん!離れろ、そこから!」


 「え?」


 これまでほとんど聞いた事がない、取り乱した声に私は小さく瞬きした。その瞬間、背後に濃密な闇の気配が現れた。何かがいる、それは私の喉元と左手を拘束した。


 耳元でそれが低く囁く。


 「つかまえた」

 「……!」


 


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