第191話 (温泉旅館 若女将視点)
ブックマーク、評価ありがとうございます。
やる気に溢れたウチのスタッフ総出でお出迎えをすると野原様方からは少し驚かれてしまいましたが、それはこちらも同じです。
男性です。お客様の中にまたしても男性がおります。
しかし、その男性は見たことがあるお方。武装女子のタケト様ではありませんか!?
男装姿ではありませんが、メンバーの方もいらっしゃいます。ウワサ通り(婚約者)仲がよろしいのですね。
——え!?
こちらが自己紹介を兼ねて簡単に挨拶をするとタケト様のマネージャーらしき中山様が皆様のことをご紹介くださりました。
——なんと!
タケト様のお隣にいるお腹の大きな女性が野原様で、タケト様の奥様!? メガネをかけている体格の良い女性が保護官の面堂様で、なんと面堂様も奥様!?
では中山様とあちらの女性は新山様でお2人もタケト様の奥様……ではないのですね。
今はそうですけど、そうなると思います? でしたら、ほとんど家族旅行のようなものですね。
「……それでしたら各部屋にある家族温泉とは別に、屋内にも皆さまご一緒に入浴できる露天風呂がございますので、そちらもどうぞ。
もちろん、貸し切りにしておきますので、お好きな時間にご利用ください」
中山様をはじめとした皆様が頷いてくれましたが、肝心のタケト様は旅館が珍しいのかきょろきょろと見渡したあとに野原様とご一緒に温泉の効能を載せた掲示板を興味深そうに見ていました。ちゃんと伝わっていますでしょうか?
「大丈夫です、後で私から伝えておきますので」
「ありがとうございます」
そんな中山様の言葉にホッとしつつ、お腹の大きな女性を見ると男性は嫌悪感を隠そうともせずに、時には暴力を振るうため、妊娠したら早々に男性から離れる(お腹の子どもを守るために帰省する)ようにと学校では習い、私もその認識でいたのですが……
タケト様にはそのような素振りはみられません。
それどころか、常に野原様を気遣い、こちらが並べていたスリッパに履き替える際も野原様の補助をしていますし……なんて素敵な方なのでしょう。
いえ、ダメです。先日宿泊されたあの方は教科書(保健体育)通りの人物でした。
タケト様もまだ猫を被っているだけなのかもしれません。
そんなことを考えていたら、不意にタケト様と視線が合い笑顔を向けられドキリとしました。
男性に笑顔を向けられたことのない私は、彼の笑顔がステキすぎて、一瞬で身体が硬直してしまいました。
自分の身体なのに、どうした事でしょう、うまく動かせません。
それでも皆様をお部屋まで案内しないといけないという使命感からどうにか部屋までご案内いたしましたが、そればかり考えていたため、ちゃんとできていたのか不安です。
「お食事は皆様ご一緒に家族温泉を楽しまれた後の……19時くらいからですね、かしこまりました」
まだ少し時間はありますが、今から準備に取り掛かっても問題ないでしょう。
「トメさんは宴会場のカラオケに問題ないかもう一度チェックしてもらえますか?」
「はい」
宴会場の席はどうしましょう。皆様家族のようなものらしいので、タケト様を中心に席を設けて……
どうおもてなしすればご満足していただけるか、考えながら皆(従業員)に指示を出していると、庭師のトクコさんが慌てた様子で駆け込んできました。
「若女将!」
何か問題でもあったのかと、反射的に身構えてしまいましたが、どうやら、タケト様の奥様であり保護官でもある面堂様が旅館の周りでうろついていたチンピラ女たちを10人ほど捕まえて簀巻きの状態で寝かせているのだとか。
「そこまで案内してもらえますか」
「はい!」
トクコさんと一緒に旅館の外まで確認に向かえば、たしかにいつも見かけるチンピラ女の10人。簀巻きにされた状態で寝転がっています。
意識はないようですので暴れることはないでしょうけど、今にも目を覚ましそうで怖いです。
トクコさんが一枚の紙を差し出してきます。
「これは被害証明届ですね」
男性(タケト様)に悪さをしようと企んでいたから捕まえた。警察を呼ぶようにと面堂様から言伝と被害証明届を預かったそうです。
警察にはすぐに連絡しましたが、もう一度、被害証明届に目を通しておきましょう。
ちなみに被害証明届は保護対象者に被害(未遂を含む)があったときに保護官が警察に提出する書類です。
「S級保護官、面堂未留!?」
被害証明届には誰が証明したのか明記する必要があるらしいのですが、そこにS級保護官面堂未留とあったのです。
——S級保護官ですか……
S級保護官が本当にいたことに驚きです。
しかし、暴行、傷害、脅迫、恐喝、強姦、拉致、監禁……など彼女たちの罪が記載されていますが、全て未遂となっています。これで大丈夫なのでしょうか。
そんな事を考えていれば、警察官が来てくれましたで、チンピラ女が目を覚ます前にさっさと渡してしまいましょう。
警察官は寝転んでいるチンピラ女ガラたちに訝しげな視線を向けながらも私から受け取った被害証明届に目を通してから驚愕の表情をする。
「お手数おかけしまして申し訳ございません。私が保護官の面堂です」
「なんと! あなた様がS級保護官の面堂様でしたか、お務めご苦労様です!」
——ぇ!?
いつの間に私の背後にいたのでしょう。
でもちょうどよかったです。保護官の面堂様から直接証言をしていただけるようです。
一応、私はその会話を聞かない方がいいと判断して、少し離れた位置から現場を見守ることにしました。
それからすぐに、拘束されたチンピラ女たちは後から来たパトカーに乗せられて連れていかれました。
ウチの旅館も迷惑をかけられていましたので同情はしませんが、悩みの種がこんなにもあっさりと片付きホッとしました。
「面堂様ありがとうございます」
「これで少しは環境がよくなります」
面堂様は笑みを浮かべてそれだけ言うと次の瞬間にはもう姿がありません。さすがS級保護官様です。
しかし、先ほどの面堂様の言葉は……あれはタケト様に対してでしょうか、それともウチの旅館のことを……
これは面堂様に足を向けて寝れませんね。
「みなさん、時間ですよ」
今回は従業員みんなでおもてなしをするしと決めていましたので、19時前にはお食事の準備を整え宴会場の後方で待機しましょう。
この宴会場もゆっくりと眺める機会がなかったので、こうやって改めて見ると感慨深いものですね。
時間どおりに皆様が宴会場に入ってきました。
みなさん浴衣姿ですね。当旅館の家族温泉はゆっくりと楽しんでもらえたでしょうかね……
「わぁ広い!」
「料理も豪勢ですごいよ」
「ホントだ、美味しそう!」
「うん」
早速、腕に縒りをかけて作った料理に見た皆さまが歓喜の声を上げています。
ああ……いつ振りでしょう。お客様の明るい声に、こちらまでうれしくなります。
「みてみてカラオケがあるよ」
「タケトくん後で歌ってよ」
武装女子の皆様がお客様です。その辺りは抜かりありませんよ。
私はすぐに近くにいたトメさん(仲居)に合図を送ります。
すぐに察してくれたトメさんがカラオケの近くに移動して、すぐにでも歌える状態にする手はずでしたが……
「いいけどみんなも歌ってよ」
トメさんが突然、しまったというような顔をしています。何かトラブルでしょうか。
いえ、あの様子では曲を選択して、すぐに歌える状態にしたのでしょうけど、誤ってすべての操作を終えてしまった、そんなところでしょう。
♪〜
案の定、すぐに武装女子の『君の側で』が流れ始めましたので一度、演奏を中止にするよう合図を送ろうとしたのですが、
パチパチ。
パチパチ。
懐石料理の前に座った野原様や他のみなさまが拍手をしています。皆様は意外とノリがいい方たちのようです。
タケト様は驚いているようですが、申し訳ないと思いつつも私も同じように拍手をさせていただきましょう。
するとみんな(仲居)も一緒になって拍手をして宴会場を盛り上げています。
男性の、しかも本人(タケト様)の持ち歌を間近で聞きたいという私情も少しはありましたが、今回に限っては純粋にお客様には楽しく過ごしていただきたいという想いの方が強いです。
失敗したトメ(仲居)さんは顔色が悪いまま成り行きを見ているようですが……
「じゃあ……」
そう言ったタケト様がしょうがないな、というような優しい笑顔を浮かべてから前に歩いていきます。
タケト様が穏やかな方でホッとしました。
それはトメさんも同じだったらしく、頭を下げてからマイクを手渡したトメさんの口がすみせん、と動くのが見えました。
タケト様はそれに腹を立てることなく、笑顔でマイクを受け取りました。
♪〜
!?
タケト様が歌い出すと、私は一瞬でその歌声に引き込まれてしまった。
——ああ……
色々な思いが込み上がってきます。自然と涙が頬を伝い、指で払っても払っても涙が溢れてきます。
お婆様が温泉旅館を始めたこと。そのお婆様の想いを引き継いだ母(大女将)が切り盛りしてきた思い出の旅館。
そんな母の代からずっと側で支えてくれたみんな(従業員)。
みんなにはこれからもずっと側で支えてもらいたいと思っていました。
そんな思い出の詰まった大切な旅館が私の代で途絶えようとしている……
こんなことを考えていたら涙が止まらなくなってしまいました。
——いけませんね。感傷に浸るにはまだ早いのよ。
だからこそ今夜はサイコー……いいえ、いつもどおり精一杯のおもてなしをいたしましょう。
パチパチ!
パチパチ!
気づけば私は立ち上がり拍手をしていました。
みんなも同じように立ち上がり拍手しています。
それからは一度ゆっくりと食事を楽しんでいただこうと、小鍋用の固形燃料に火を入れようとしましたが、待ったがかかる。
どうやら、その前に武装女子の皆様が豪華に盛り付けされた料理をSNSにあげたいらしいのだ。
もちろん断る理由がありませんので、許可をしましたが、料理と一緒に自分の顔を少しだけ覗かせて写している姿がなんとも可愛らしい。
——ふふ、その角度ですと顔の半分は切れてそうですね。
今回はアルコールは無しと窺っておりましたので、ソフトドリンクとデザートの種類を増やしておきましたがよろこんでいただけて何よりです。
しかし、皆様タケト様がお好きなのですね。
「タケトくん一緒に歌おう」
「ちょ、ちょっと」
タケト様は誰かがカラオケで歌う度に一緒に前まで連れていかれています。
タケト様も困った顔をしつつも一緒に歌い楽しそうです。
武装女子のメンバーさんとは肩を組んで歌ったり、手を繋いだまま歌ったり見ていて微笑ましい。
野原様と面堂様には、タケト様が腰の辺りに手を回してちょっと大人な雰囲気で歌っていますね。
——ふふ……
タケト様はカッコいいのですが、ちょっと背伸びしているように見えるところがちょっとかわいいですね。
——ふわぁ。
お2人もそう思っているのでしょうか、歌い終わりに2人からキスをされていました。
——中山様と新山様とは……?
少し照れがあるのでしょうか? タケト様と3人で前に出ていきますがマイクは3本受け取り、それぞれが手に持ち少し離れて歌っていました。
そんな彼女たちの表情も少し寂しげ、タケト様は女性の心に少し疎いのでしょうか?
トメさんに合図を送ると、トメさんが頷き中山様と新山様のマイクを素早く回収し、2人の腰辺りを押してあげれば、さすがですトメさん。
うまい具合に中山様と新山様が、タケト様の左右から抱きつく形になりました。離れたらダメですよ、そのまま歌いましょう。
2人がタケト様に抱きついた際、浴衣が少しはだけてしまっていますが、他のお客様はいませんし、皆様は家族同然。大丈夫ですよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




