第130話 三章
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「タケトくん、おはようございます」
正門には新山先生が立っている。
「新山先生おはようございます」
そう、今日は年が明けてから初めての登校日で新学期が始まるのだ。
忙しい先生と教室まで歩くこの時間だけが、唯一先生とゆっくり話のできる時間なのだが、どうやら今年も健在らしい。
先生目線で色々とアドバイスをくれるからこの時間は好きなんだよね。
「? タケトくん、それは……」
新山先生が尋ねてきたのはミルさんの左手薬指に嵌っている指輪と3つに増えた俺の左手首に嵌まったブレスレットのことだろう(3つとも細いタイプなのでかさばらない)。
先生の観察力はすごいね。先生の視線がミルさんの左手の薬指と俺の増えたブレスレットをいったりきたりしている。
そうなんだ。あの日すぐにネネさんとミルさんは婚姻した証の指輪とブレスレットを買いに走ったんだよ。女性の行動力はすごいよね。
正式な書面にサインしてからでもいいような気がしたが、申し訳なさそうな顔で、少しでも早くとか、憧れでした、とか言われてしまえば俺も断れない。すぐにブレスレットを嵌めちゃった。
一見似たようなブレスレットに見えるが、ネネさんからもらったブレスレットには松山家の家紋が入っていて、ミルさんからもらったブレスレットには家紋ではなく未留とミルさんの名前が刻んでいた。
その理由は、ミルさんには両親がおらず家紋を知らなかった。
調べれば分かるかもしれないが面党家にこだわりはなく継いでほしい事業もないからだとか。
ちなみに、女性だけだが、家紋は作ろうと思えば自分でも作れるらしいが、必要ないとのことだった。
「これはですね」
俺はお見合いパーティーでのことを簡単に話す。
「ネネさんに会場で偶然出会って、あ、ネネさんはスタジオを貸してくれている方で、音楽関係でかなりお世話になっている人なんです。もう一つはミルさんで俺の保護官です。
あの場に参加したからこそ、身近な女性の大切さに気づいてしまって、あとはご覧のとおり、いい経験でした」
そこで左腕、手首辺りに嵌めているブレスレットに視線を落とす。
「そういうことですか」
「はい」
「私も会場でタケトくんの配信を見ましたけど、すごいメイクだったわよね……」
「あはは、あれは凄かったですね。重くて動きづらいし、でも、いい体験でした」
「そうね。身をもって関わることはいい事ね。学べるものも多く自分の成長に繋がるもの……ところで、今の話だとタケトくんは女性の顔とかスタイルにはこだわらず、身近な女性の方に魅力を感じるのかな? 気の合う女性や付き合いの長い女性なんかに」
いつもの如くおデブ変装しているミルさんに顔を向けた新山先生。変装中のミルさんはワザと見た目を悪くしていてかなり地味だ。
でも、身体は横に大きくなっているのに、気配はたまに見失う時があるくらい薄くなるから不思議。
今は俺が先生と話しているからだろう、保護官としての存在感を出しているのか、そうでもないけど。
というか先生、お見合いパーティーの話やけに食いついてくるな……
「ん〜。そう、かもしれませんね。お見合いパーティーでも素敵な女性はたくさんいたと思います。
けど婚約したいとまではなくて、だから連絡先を伝えるだけに留めました」
本当は比べてはいけない事けど、どうしてもね。
それでもみんな一生懸命俺に話しかけてくれたから……
ただ俺が剛田武人だと分かってからはMAINで挨拶したくらいで、それ以上のことは何もしていない。
昨日の夜に『今日はありがとうございました』のMAINメッセージと今日の朝に『おはようございます』くらいだ。
ゲーム好きで同じゲームもしているらしいからせめてフレンドくらいにはなってほしいと思っているけど……なんとなく遠慮されてる感があるから、どうなるかわからないけど。
「ところで新山先生もお見合いパーティーに参加されてたんですね。それで良い方には……」
「残念ながら」
そう言ってから両手をこちらに向けて広げて見せる先生。
婚約指輪をしていないでしょうって言いたいらしい。
「お見合いパーティーなんて成立しない女性の方が多いのよ。気にしていないわ」
「そうですか、でも残念でしたね」
「そうね。でも、去年に比べて女性に罵声を浴びせてくる男性が少ないように感じたわね」
ちょっとそう感じた程度だけど、これはいい傾向じゃないかな、と頷く先生。
「それはよかったですね」
同じ男として恥ずかしいことだから、先生の話は少し嬉しく思えた。
「そうね。毎回こうだと今回みたいに成約率が上がるかもしれないわね。でも私は……ダメかも…」
一度だけ俺の方を見た先生は廊下の先に、再び前方に視線を向ける。
「何がダメなんですか?」
ちょっと先生の声が小さくて聞こえなかったんだよね。
「ううん。なんでもないの……いいの、私も気づけたから。それよりも騒がしいわね」
先生が何に気づいたのかちょっと聞きたかったが、残念ながら時間切れだったようで教室に着いてしまった。
「……そうですね」
先生の言葉どおり教室から賑やかな声が聞こえ廊下まで響いている。これは騒がしいな。
「はいはい、静かにしなさい! ほら、みんな自分の席に戻って」
パンパンと両手を叩きながら教卓に向かう先生。
みんながささっと自分の席に戻るが、どうやらその中心となっていた人物はさき、ななこ、つくし、さちこ、たちだったらしい。
——ん?
他にも久しぶりに見る顔ぶれある。停学していた子たちだ。
だから余計に騒がしかったのかも(20人くらいだったクラスの人数が30人くらいになってる)。
そんな停学明けの彼女たちの髪色は揃って黒髪だ。うんうん、黒髪も似合ってていいと思うよ。
「正月気分が抜けてないようね。でも今日から……、……新学期なのよ。気分を切り替えましょうね」
ホームルームが始まり先生が話の途中で言葉を一瞬だけ詰まらせ、俺の方をチラリと一瞥したが、特に何かを言われることなく今日の予定を伝えていた。
——はて?
————
——
朝のホームルームが終わり小休憩に入る。
みんなが俺の周囲に集まるのはいつものこと。グッズのこと新曲のこと、みんなとは色々と話したいことがあるが、始業式が体育館であるため後からにしよう。今は移動だな。
「「剛田さん!」」
剛田さん? ほぼ名前で呼ばれている俺。一体誰だろうとそちらに顔を向ければ、尾椎さんと横島名さんだった。
尾椎さんと横島名さんも、もちろん黒髪になっていた。
すぐに俺に向かって頭を下げるのだが、待って待って90度のお辞儀はやり過ぎだと思うよ。これが普通? 元気そうで何よりだけど、言葉遣いもすごく丁寧でホントびっくり、香織さんの会社ってすごいね。
え、香織さんの会社に入りたいから頑張る? そっか。目標って大事だからいいと思うよ。俺も応援する。
そう言うと2人はとてもうれしそうに笑顔を作った。
「?」
2人からは報告だけだったらしく、彼女たちが俺から離れると、停学していた他の子たちも次々と頭を下げてきた。
みんな綺麗な90度のお辞儀。やっぱり香織さんの会社はすごいようだ。
俺に挨拶をした後は普通に周りのみんなと話を始めていたので、ちょっとホッとしている。
戻ってきたのに、クラスに馴染めなかったら俺まで申し訳ない気がするから……
「ああ、それはね」
そして、教室が騒がしかった原因分かった。秋内さんが移動中に教えてくれたのだ。
『ありがとう。俺もみんなと婚約できてうれしいよ、今年も仲良く楽しくやろうね』
そう、それは念願状に俺が返信したメッセージだった。
さきと、ななこと、つくしと、さちこたちの4人が、そのメッセージと右手薬指に嵌めている婚約指輪をみんなに見せていたのだと。
恋バナが三度の飯より大好きな女の子たち。それでいつも以上に騒がしくなっていたらしい。
ホームルームの時間、先生が話をしていても、俺と目が合えば小さく手を振ったりもしていたしね。
それなのに……
ホームルームが終わり尾椎さんや横島名さんたちと話せばいい時間だった。
そろそろ体育館に移動しようと彼女たち(さき、ななこ、つくし、さちこ)を誘えば、彼女たちはなぜか俺の後ろの方に回る。
え、どういうこと……?
そんな彼女たちは揃って俺の上着の後ろをなぜか掴むのだ。
様子が違うのでどうしたのかと尋ねたら、恥ずかしくて顔を見れないと。さっきまで俺に手を振っていたのに、横に並ぶと、近すぎてまともに顔が見れないとか、恥ずかしすぎて耐えれないとか言われてしまった。
まあ、ななこだけは面白がって3人に付き合っている感じだな。親指立ててるし。
3人は顔を真っ赤にしているから本当に恥ずかしいのだろうが、これはちょっと俺にもどうすればいいのか分からないぞ。
「今日のタケトくんが前より大人びて見えるというか、色気が……だからじゃない。ねぇ、みんな」
そう言ってから口元を押さえて笑う秋内さん。みんな頷いているけど、もしかしてミルさんと香織さんが新学期だからと言っていつもより時間をかけてセットしてくれたからとか? それで登校時間が来て、初日から遅刻は嫌だから鏡で確認することなく(いつもキチンとセットしてくれているから)すぐに家を出たんだけど。
——あ。
今思えば、先生も今日はやけに俺の方をチラチラと見ていた、気がする。気合い入れ過ぎとか思われていたのかな……
ミルさんはスーッと顔を背け、ななこはこくこくと頷いている。そういう事らしい。
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