第119話
ブックマーク、評価ありがとうございます。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
俺はスタッフさんに案内され控室に入った。
トークタイムが終わり30分の休憩に入ったのだ。
女性は運営側との話し合いがあるみたいで会場に残っていたが、男性はそれぞれに与えられた控室で休憩となる。
「ふう……」
控室はビジネスホテルの一室より少し狭いくらい。化粧台に、テレビやソファー、あと小さなテーブルに冷蔵庫まで設置されていた。
俺は少し疲れていた(精神的に)こともあり、入ってすぐに目についたソファーの背もたれに寄りかかるように腰掛けた。
休みなく質問に答え続けることが、これほど大変だとは思いもしなかった。
質問は趣味、好みのタイプ、好きな食べ物、好きな番組、好きなゲーム、好きな本、結婚はしているか……などのありきたりなものから、年上が好きと聞きましたが年上のどこに魅力を感じますか、とか、お胸は大きな方と小さい方どちらか好きですか、とか返答に困るものまで。
しかも、後ろに並んでいる女性は当然のように前の人の質問に耳を傾けているけど、列が長いから後ろに並んでいる女性が同じ質問をしてくることもあった。
まあそれはいいけどやはり1番の疲れた要因は、ネネさんにハグをされてから挨拶の握手がハグに変わってしまった事かな……
特殊メイクがバレないかヒヤヒヤしてたんだよ。
一応、運営側からストップがかかるかと思ったけどなかった。
たぶん男性と仲良くなれるいい機会だとでも思われたのだろうね。
その変わり他の男性からすごい形相で睨まれていたけど。
たぶん面白くなかったんだろうね、女性が全然並んでいないようだったし。
自分は女性に興味なさそうにしていたのに、無碍にされると途端に不機嫌になるんだよ(女性に冷たい態度や傲慢な態度をとっていたため避けられているとは考えもしない)。
とはいえ、この控室では念力も使えるようなのでリラクセーションとヒーリングをサクッと使っちゃおうかな。ミルさんもどうぞ。
「ミルさん、俺ちょっと思ったんだけど、ネネさんは俺の両手の違和感に気づいてハグしてきたのかな? お腹や顔を触った時、両手にも触れていたし」
顔や身体、両腕、両足には特殊メイクが施されているけど両手だけはほぼもとのままだ。その為、よく見ていればふっくらさせた体型の割に厚みが足りない。
もしかしたら両手に違和感を感じていた人もいるかもしれない。
「はい。そのように見受けられましたよ」
ミルさんは、トークタイムに入る前からネネさんの視線が俺の両手に向けられていることに気づいていたらしい。
念話が使えればすぐにでも教えてくれたそうだが、会場内は念力が使えなくなっている。
でもさすがミルさんだね、人の視線にまで警戒していたなんて……
「さすがに名前を呼ばれた時にはドキッとしたね。みんなハグの方に驚いていたから助かったけど、ネネさん以外で誰か気づいた人いたかな?」
「疑われている方は数人ほど、ですかね……でも大丈夫だと思います」
「え? そうなの」
「はい」
そう返信したミルさんは自分のスマホの取り出したかと思えばすごい早さで操作して何かを確認していた。
詳しくは教えてもらえないが、保護官にも情報ツールというものがあるらしくミルさんもそこをよく利用しているのだとか。
たぶん極秘情報なんかはそこで仕入れていたりしているんじゃないかな。
とある掲示板サイト。
【探せ】お見合いパーティーに参加している剛田武人くんについて語るスレPart 5【私の王子様】
514:名無しちゃん
朗報! ビー会場フロア10にてタケトくんらしき人物発見!
【オシャレな服装にタケト風の髪型をした太めの男性画像】
515:名無しちゃん
残念、その人偽物。本物シー会場フロア6にいる。
【オシャレな服装にタケト風の髪型をした太った男性画像】
516:名無しちゃん
甘いよ君たち。見て疑われるような格好をしているわけないよ。この人が本物のタケトくんよ。いま猛アピール中。
【スーツ姿でそれなりに整えられた髪型の太った男性画像】
517:名無しちゃん
すごく丁寧に話してくれる男性発見。たぶんこの人。
【スーツ姿でキチンと七三分けにしている太めの男性】
518:名無しちゃん
>>517
そいつはタケトくんじゃない。丁寧な態度ははじめだけ、少し仲良くなるとそいつは殴ったり蹴ったり平気でしてくる最低ヤロー。
【暴行を受けてアザができている女性の画像】
519:名無しちゃん
うわっ、酷っ!
520:名無しちゃん
サイテー
521:名無しちゃん
>>518
ほんとに? 人違いってことはない?
522:名無しちゃん
>>521
疑ってもいいけど忠告はした。あとは自己責任で。
523:名無しちゃん
うーん。とりあえず周りのみんなにも伝えておく。
524:名無しちゃん
タケトくんいた! ディー会場フロア8。たぶん間違いない。
【上下スウェット姿でタケト風の髪型をした太めの男性画像】
525:名無しちゃん
こっちがタケトくんだと思う。イー会場フロア2(タケトのいる会場)愛想が良くないのは気になるけど、偽造しているからだと思えば可愛い。
【オシャレな服装姿でタケト風の髪型をした太めの男性画像】
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何かを確認して大丈夫と頷いたミルさんはすぐにスマホを懐にしまうとテーブルの上に置いてあった何かのメニュー表を手に取り、一度開いて中を確認してから俺の方に差し出してきた。
「タケト様。お時間もありますし、お飲み物でもいかがですか?」
メニュー表には軽食やデザート、ドリンクなど喫茶店で出されるようなメニューが載っていたが、さすがに軽食やデザートをとる時間はないので素直にドリンク欄に目を通す。
「うん。じゃあ……お茶とコーヒーはお手洗いに行きたくなると困るから……アップルジュースをもらおうかな。
あ、ミルさんも何か飲みません? どうせなら一緒に飲みましょうよ」
一応、この姿でもトイレはできるようになっているが、太くなった腕やお腹のせいで手が届かないため一人ではできない。となれば常に傍にいてくれるミルさんにお願いするしかないけど流石にそれは恥ずかしすぎるから避けたい。
「ありがとうございます。では私はお茶をいただきますが、タケト様もお好きなお茶やコーヒーにされてはいかがですか?」
世話焼きたがりのミルさんは俺がお茶やコーヒーをよく飲んでいるのでそれを薦めてくるが恥ずかしいものは恥ずかしいしな……
「うーん。やっぱり今日のところはアップルジュースでお願いします」
「はい。かしこまりました……」
今ミルさんがふふっとちょっと笑ったように見えたけど……気のせいだろう。
そんなミルさんは、部屋の電話を使い飲み物を頼み、
コン、コン、コン。
5分くらいかな? 俺の控室のドアがノックされた。
「はい」
「岡田健人様、お飲み物をお待ちしました」
返事をしたミルさんがドアを慎重に開けると、飲み物を持ってきてくれたらしいスタッフさんが岡田と名乗り身分証を提示してから中まで運んでくれた。のだが……
「か……」
——母さん……
そう叫びそうになる言葉をどうにか飲み込んだ俺。絶縁状態で本来なら近づくことも連絡を取ることもできないはずの母さんが、今、俺の目の前を通りテーブル席に飲み物を並べている。
なぜここに? と思うよりも先に元気そうに働いている母さんの姿に目頭が熱くなった。
「あ、ありがとうございます」
何か言わないとと思い、やっと出した言葉は飲み物を運んで来てくれたことに対するお礼の言葉。
「いいえ、お仕事ですのでお気になさらないでください。今日は良い出会いがあるといいですね。頑張ってください」
俺の方に振り向き笑顔で答えてくれた母さん。そんな母さんに俺は「はい」という言葉を口にすることなく頷く。
今、口を開くと泣いてしまいそうだったからだ。
そんな母さんは俺に気づくことなく、傍に立つミルさんに「後で片付けに参りますので、空になったコップはそのままにしておいてください」と軽く頭を下げてから部屋を出て行った。
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