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No.008 / ノート先生の授業「人格」

翌週、さっそく幽世学園で前期の授業がスタートした。


この朝、メバエたちクラス萌黄の生徒は、説明された通りに、全員が指定の教室に集っていた。

みなが雑談に興じていると、一人の若い男性が壇上へあがった。

「はじめまして皆さん、私は今後『人格』の授業を担当する、ノートといいます。どうぞよろしく」

腰まで伸びる黒髪を片手でぐいとかきあげると、ノート先生はひとりひとりに能面のような笑顔を向けた。


「人格」の授業など聞いたことがない。

メバエは単純に好奇心を刺激された。


ノート先生は続ける。

「さて、みなさんは人の人格というものがどういうふうに出来上がっているかご存じですか。人格は、先天的な性質に加え、育つ過程で影響を受ける後天的な性質を持ちます。そこでです。皆さんは、今の自分の人格がどのように出来上がっているか把握しているでしょうか。ちょっと考えてみてください」


すると、生徒の中から「あれ?」「あ」という声があがった。


「はい、もうお気づきですよね。皆さんには現在、過去の記憶というものがほとんどありません。あったとしても、直近の数日のものくらいでしょうか。それ以外のおぼろげな記憶というのは、すべてスリープ中に見た夢の断片であることが多いようです」


メバエは入学式の日に学生寮で目覚めた際にセキと交わした会話を思い返していた。

あの時、セキは「昨日会った」と言った。

しかし所沢先生の野外レクチャーでは、目覚めたのはその日の朝だと教わった。

であるならば、セキが持つ、私と会った記憶というのは何なのだろう。

ずっと抱いていた疑問が、ノート先生の説明でなんとなく理解できた。

セキが持つ入学式前日の記憶は、おそらくセキがスリープ中に見た夢の断片なのだろう。


ノート先生の説明は続く。

「幽世学園を卒業して、幽世ランドでの就職が決まれば、現世からの訪問者との交流も始まります。そこでスリープ前の情報が必要になる機会もあるかと思われます。そこで、今日はこれから、皆さんにスリープ前の情報を共有したいと思います。ではヘッドセットを装着してください」


生徒のためらいなどおかまいなく、ノート先生の案内を続ける。

それに従いスマホをいじりヘッドセットを装着すると、メバエの目の前に一枚のレポート用紙が出現した。


「データはテキストデータになります。各人、よく読み込んでおいてください」

とノート先生が説明する。


【名前:仮初 辞雅】

【よみ:かりそめ じが】

【性別:女】

【年齢:16】

【コールドスリープを選んだ理由:なんとなく。】


以上が、メバエの目にしたすべてだった。


「なんとなく」ってなんなんだ。

これだけの情報では、スリープ前の自分のことが何一つ知れない。

いや、いいかげんな性格をしていたことだけは確かか。

他のクラスメイトの様子をうかがってみると、ヘッドセットを装着しているため両目は見えないが、皆それぞれの過去と対峙し、多かれ少なかれ動揺しているようだった。


様々な反応を示すクラス萌黄のメンバーを前に、ノート先生は次のように告げた。

「多くの方は、現実世界から逃げるようにしてスリープしたとされています。そのため気持ちの良い過去ばかりではないでしょう。しかし皆さんは今後、幽世ランドで就職したあかつきには、現実世界からの訪問者を相手に仕事をしてゆきます。彼らは皆さんが去った後の世界の延長に今も生きているということをお忘れなく。どうぞこの学園での生活を通して、先祖として、恥ずかしくない人間になってください」



「先祖として、かぁ」

昼休憩、クジラ図書館の芝生の上で、ホットドッグをほおばりながら、セキがつぶやく。

「なんかそう言われると、いきなりおばあちゃんになっちゃった気分」

とアカシが言う。

「実際、現実世界からの訪問者にとって、私たちって百年前の先祖なのよね。フクザツだわ」

「でも今日の『人格』の授業でスリープ前のデータを知ることで、なんだか自分の一部が戻ってきたって感じがします」

「あ、私も―。なんか読んでてホッとしたっていうか」

そんなセキとアカシの会話を聞きながら、メバエはここでもやはり一つの違和感を感じていた。

私の場合は置いておいて、皆の場合はスリープ前のデータはもっと詳細なものだったはず。

それを読んで、二人ともあまりショックを受けていないように見える。


あまりにも物分かりが良すぎる気がする――。


ホットドッグをほおばりながら、メバエは一人、心にひっかかるものを抱えていた。


三人の上を、春のあたたかな風が吹き抜けてゆく。


幽世ランド付属幽世学園、クラス萌黄のメンバーの過去のお話は、また別の機会に。


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