No.051 / 富貴の微笑み
「それにしても、私は腹が立って仕方がないわよ。寝ている間に好き勝手されてさ。気持ち悪い以上に悪趣味よ。それに蘇った記憶の気色悪さったらないわ。そう思わない?あや」
皆が口々に賛同の意を表明する中で、カチ・まねは、ため息交じりに隣に座っていたフミ・あやに語りかけた。
しかし、あやは、まねを見つめるだけで、何もしゃべろうとしない。
「あや?どうしたの?」
まねが怪訝そうにあやの顔をのぞきこむ。
すると、あやの反対側に座っていたシノギが、二人のやりとりに気がついた。
「ああ、実はな、あやの野郎、口がきけねえんだ。記憶が戻ったショックでよ。一緒にいた俺が証人だ」
シノギの言に、まねは目を見開いて、あやの顔を見つめた。
「本当なの?あや」
まねの言葉を受けて、あやは笑顔をつくり、目を合わせてゆっくりと大きくうなずいた。
「ああ、耳は聞こえるのね?」
すると、あやの頭の上に乗っていたツクモのポンタが、口を開いた。
「心配かけてごめんね、まね。私は大丈夫。ツクモ、いえ、正しくは認知投影力を使ってこうして間接的に発話できるから心配しないで」
まねはポンタをみつめて、
「ああ、こうしてコミュニケーションとれるなら安心だわ。でも大変よね、あや。何かあったら私に言ってね」
と、あやの肩を抱いた。
「俺にも言えよな」
シノギからもそう言われ、あやは涙目になりながら何度もうなずく。
「でもさっきの話だけど、私も同感。スリープしている先祖を何だと思っているのかしら。万死に値するわ」
不具合で無表情のままのポンタから、そんな言葉が吐き出されたので、まねとシノギは顔を見合わせてくすりと笑い合った。
「そもそも今の世代のやつらなんか、俺たちスリーパーのことなんか、何とも思ってないんだろうよ」
シノギがそう吐くと、
「富貴さんのいう計画が実行されれば、現実世界では人権団体が騒ぎ出して大騒動になるんだろうけどね」
とジョメイ・スクイが言った。
「それは間違いなくトップニュース案件ですよ」
スクイの隣に座っていた、スクイの子孫の新進十が鼻息を荒くしながら賛同した。
「それで、俺たちは具体的にどう動くんだ?決めてあるんだろう?」
シノギは、中央で端末をいじっていた市井富貴に呼びかけた。
「そう、それが聞きたい。一体これからどうするんだ?」
少し離れた場所に座っていたメバエも口を開いた。
「はい、我々は、クラス萌黄と群青のご先祖に限り声をかけさせていただいてます。この二つのクラスに限ったのは、あまりに人数が多いと計画が露見するおそれがあったためです。お話した通り、皆さんには、このVR世界で反乱を起こしていただきます。具体的日時は、2月20日の0時ジャスト」
「あと10日もないじゃない」
まねが皆を代表して声高に叫んだ。
「その時間を狙って、我々クラス萌黄は、本島の東の塔、つまり今いる場所から、中央の市街地へ向かい決起します。クラス群青は西の塔から向かいます」
「『決起します』ったって、歩いてつっかかっていくわけじゃあるめえ?」
シノギが苦笑いをしながら富貴にたずねる。
「はい、そこは皆さんの認知投影力にかかっています」
「認知投影力?」
あやがポンタに目をやりながら首をかしげる。
「はい。反乱の際には、認知投影力を思う存分使って建物などを破壊していただきます。できるだけ派手に」
「できるだけ派手に破壊するのはいいんだけどさ、僕たち幽世ランドの職員の認知投影力は、パワーが制限されて一定レベル以上は出力されないようになってるよ」
スクイの言を受け、富貴は目を細くしてにやりと笑った。
「ご心配なく。我々の仲間が、そのリミッターを既に外しています」
それを聞いて、メバエは昨夜のメモリ先輩の一件を思い出した。
メモリ先輩の認知投影力の規模は、明らかに幽世ランド内の基準を超えていた。
そういうことだったのか――。
メバエはひとり、心の中で合点がいった。
「ってことは、俺たちの攻撃が訪問者に当たるってわけか。せいぜい楽しませてもらおうぜ」
シノギはそう言うと、胸の前で拳を作り、何度も音を鳴らした。
「いいわね、悪いけど、暴れさせてもらうわよ」
まねもやる気である。
「暴力的なことは好きじゃないけど、こっちは既に仲間が大勢やられてるからね。少しくらい暴れても罰は当たらないわよね」
あやがポンタの口を借りて言う。
「我々、子孫はどうすればいいのですか?何かできることはありませんか」
そう言ったのは、さきほどの新進十である。
「我々、子孫は、反乱がはじまる頃には現実世界にいなければなりません。ご先祖様たちが反乱を起こしたその映像を、現実世界で流すのです。その際、子孫のみなさんには、大衆の前で胸の内を訴えていただきます。我々の訴えがどこまで世間に通じるかは皆さんにかかっています。頑張りましょう」
富貴のかけ声に、子孫の面々は顔を見合わせうなずき合った。
「しかし、我々が学園の授業で習った認知投影力など、リミッターを外したところで知れているはずだが?」
メバエの言葉に、場がしんと静まった。
「それはご心配なく。秘策がございますので」
富貴は再びにっこりと笑うと、どこから取りだしたのか、チョークを手に持つと、塔の壁に縦に長い半円を描いた。
そしして何やら端末でごにょごにょ誰かとしゃべったかと思うと、「開門」と叫んだ。
すると、白いチョークの線の内側に、観音開きの扉が、じわじわとにじむように現れた。
「これは『時と精神の部屋』。1時間が60日に換算される、時間間隔を操作した空間です。皆さまには、この空間内で、タイムリミットまでみっちり修行をしていただきます」
「現実世界から別のVR空間を持ってきてつなげたのか」
シノギがそう言って口笛を鳴らす。
「はいその通り。さすがシノギさん」
富貴は何度目かの笑顔を作ると、それを崩さぬまま、扉をゆっくりと開いた。




