No.004 / クジラ図書館
空に浮かぶ幽世ランド本島のまわりをゆっくりとめぐる巨大なクジラがある。
メバエ、セキ、アカシの三人は、空飛ぶゴンドラを降りて、今まさにこのクジラの背に足をつけようとしていた。
「わぁ。ここが幽世図書館かぁ」
メバエはそう言いながら足元の芝生を手でなでて、ほぅとため息をつく。
「地図のコラムには、ここは俗に『クジラ図書館』と呼ばれて親しまれている、と書いてありますね」
とアカシが説明する。
「お昼までもう少しだけ時間があるから、図書館の中、入ってみる?」
セキの提案に二人は喜んで賛同した。
頭上にある潮吹きの潮を模したモニュメントの脇にある階段を下ると、人が二十人は入れるほどの大きな踊り場にたどり着いた。
そこから更に奥に続く螺旋状の階段と、直通であろうエレベーターの入り口が設けられていた。
三人は運動がてら螺旋階段を使うことにし、ゆっくりと円を描きながら降りて行った。
下まで降りると大きな門の前にゲートがあり、案内に従ってスマホをかざすと入館が許可されるという仕組みであった。
メバエたち新入生は既に登録が済んでいるようで、なんらの問題なくゲートを通過することができた。
中に入ってみると、中央を貫く大きな通路の両脇に、四人掛けの机と椅子が、奥まで何十台も並べられていた。
突き当りは談話室になっているようで、すりガラスの向こうにうっすらと動く人影が見える。
壁際には高さが天井まである本棚がずらりと並び、その合間に小窓が設けられている。
クジラを外から見たときに、腹部に小さな点が並んでいたが、どうやらそれがこの小窓らしかった。
メバエたちは小声で示し合わせ、とりあえず近くの机に陣取り、適当な本を手に取ってみることにした。
本は和書と洋書と二種類の形があるようで、和書は巻物型で、封を解いてしゅるしゅるとある程度開くと紙面に文字が浮き上がる仕様になっており、これにはメバエも「図書館は元々好きだけど、こんな遊び心満載の図書館なら、わたし何時間でもいられるわ」と口にするほどであった。
十二時を過ぎたので、三人は再びクジラの背に戻り、そこにある小さなホットドッグ屋でお昼を買って食べることにした。
店員のお姉さんは三人の姿を見ると「あら、学園の生徒さんね」とにこやかに対応してくれた。
ここでも支払いは支給されていた電子マネーである。
三人は芝生の端付近に並んで腰を落ち着けた。
「わー、気持ちいい」
見上げると、大空には幽世ランド本島が浮かび、そのまわりには衛星のように幽世学園を含む中小の小島が、雲間に群をなして浮かんでいた。
ホットドッグをほおばるメバエの頭の中は、いまやこの世界に対する好奇心でいっぱいになっていた。
これからはじまる二年間の学園生活が非常に楽しみだわ。
そんなメバエの闘志ともとれる野心などには露ほども気づかず、セキとアカシはおいしそうにホットドッグを食べている。
おなかを満たし、芝生に寝転がる三人の上を、四月のあたたかな風が吹き抜けていく。
物語はまだ始まったばかり、三人はそれを、身をもって知ることになる。




