表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/41

No.039 / 『常世の君の物語』


「廃人がね、出るんですよ。スリープ中に『世代間教育』を施すと、その負荷に耐え切れず、一定数の脳が使い物にならなくなってしまうんです。これをコールドスリープ企業内では『廃人化』と呼びます」

玄の言葉が、しんと静まり返った東の塔の最上階に響き渡る。


玄は続ける。

「企業はこの事実を隠しました。そりゃそうですよね、せっかく成功した実験で一定数の廃人が出るなんて結果、都合が悪いですものね。しかし、その事実をかぎつけた連中がいました」


ナミカゼ・シノギがたまらず、「何者だ」と問う。

玄は、一呼吸置いて、シノギの質問に答えた。

「金四郎組です。いうなれば裏組織ですね。今のところ日本で一番の大きさを誇る裏組織として有名です」


裏組織――。

一体、玄の話のいきつく先はどこなのだろうと、メバエの心がざわついた。

「名前くらいは知ってるけどさ、なんでその金四郎組がブルーバードと関わるんだよ」

と、5人いる子孫のうちの一人が尋ねた。

「ブルーバード」とは、確かメバエたちのコールドスリープを請け負った研究施設の名前だ。

スリープする前のシノギが、そこのCEOだったと、メバエは当のシノギから聞いて知っていた。

それだけに他人事とは思えないのだろう、シノギに視線をやると、身を乗り出すように玄の話を聞いている。

メバエはその様子を見て、自分だけでも冷静にならなければと、自身の内からこみあげてくるどす黒い感情を抑え、玄の次の言葉を待った。

「脅すネタがある。それだけで十分なんですよ。金四郎組は、ブルーバードが必死になって隠そうとする廃人化のネタでゆすり、ついにはのっとってしまいます」

まるで他人事のように、いや、実際他人事なのだが、淡々と語る玄の口調に、いまやシノギをはじめクラス萌黄の生徒のいらだちが頂点に達していた。

「そして金四郎組は、『世代間教育』の内容を、当時流行していた日本史VRを利用した内容へと変えてしまいます」

「なんだよそれ」

と、シノギがつっかかる。

「実際の日本史を舞台にしたVRで、リアリティが売りなんです。あまりのリアルさでVRを体験した人の中から死人が出るほどで社会問題化したこともありますね」

玄の言葉は冷たい。

「それを『世代間教育』と置き換えた、と」

熱くなったクラス萌黄のメンバーの熱を冷ますように、メバエはあえて冷静に言葉を発したつもりだった。

しかし口調が荒くなったのは、蘇った記憶のせいであったか、はたまた内から込み上げてくる熱い何かのせいであったか。

「その通り。これを企業と金四郎組内部では『歴史教育』と呼んでいるらしいです」

玄の話は続く。

「金四郎組は、さらにこの『歴史教育』の内容を人間レース化し、カジノで利用しはじめました。というか、はじめからそれが目的で『世代間教育』を『歴史教育』に変更したんですよね」

「人間レースって?どうやってそれを賭けの対象にするんですか」

子孫の一人が能天気な様子で尋ねた。

「はい、『歴史教育』の目的は、あくまでスリープ中のご先祖さまが、よみがえった際に現代社会に対して反抗心をいだかない状態までもっていくことです。つまり、ありていに言うと、棘が抜けて性格が丸くなった時点で『歴史教育』から離脱させるんです」

「読めたぞ」

と、シノギがつぶやく。

「私も」

とカチ・まねが続く。

「どの先祖が先に離脱するかで賭けをしたんじゃないのか?」

シノギが玄を見据えて、そう口にした。

「おしいですが、はずれです。逆です。どのご先祖が最後まで残るか。つまり、何度人生を繰り返しても角の丸くならないタイプですね、こういった性格の方が最後まで残るんですが、その人に賭けていた人に大金が転がり込む、という具合です」


なんというレース……。

人間の想像力と行動力の結果には、こういった残酷さが確かにあることを、スリープ中に人生を何度も体験してきたクラス萌黄のメンバーは、いまや誰よりも深く理解していた。

「何度も人生を繰り返すって、具体的にはどうやって?」

子孫の一人がたずねた。

「日本史は長いですから、その間にアバターを何体も用意して、それを器に人生を一通り体験させるんです」

「体験させる、だと?」

見ると、シノギの額には、すでにいくつもの血管がはちきれんばかりに浮き出ている。

「待って、今、日本でスリープしている人数っていったら……」

子孫の一人がふと口にしたように言う。

「スリープに入る人数は一年間に大体1万人、コールドスリープ事業が軌道にのって約50年経ちますから、今現在スリープしている人間の数はざっと50万人ですね」

玄はどこまでも冷静なようである。

「そいつら全員、『歴史教育』とやらを受けているのか」

「はい。日本史を模したVR空間の上では、50万人というアバターの数は微々たるものです。現在進行形で金四郎組は彼らを馬に見立てたレースを全世界規模で開催しています」

「全世界規模って……」

あまりにも話のスケールが大きくなり、クラス萌黄のメンバーも、この場にいる子孫も、みな次の言葉を継げないでいる。

「今夜僕たちに突如戻った記憶はつまり…スリープ前の記憶と、そのレースの中身の記憶ってことか」

学生時代にメバエとシノギに継いだ成績を誇っていたジョメイ・スクイが口を開いた。

スクイは静かで優しい性格をしているが、こういう時、誰より冷静になれる人物であることをメバエは知っていた。

「巷で『常世の君の物語』というドラマが流行しているのをご存じでしょうか」

玄が、いきなり話題を変えた。

全員がぽかんとした顔をしていたろう、子孫のうちの一人が、「当然知ってますけど」と答えた。

「そのドラマが、そのままあなたがたクラス「萌黄」のメンバーの『歴史教育』の様子なんです」

「なんだと!?」

シノギがたまらず大声を発する。

メバエもスクイも、思わず組んでいた腕をほどいて前のめりになる。

「このドラマはシリーズ化されていましてね、あまりにもリアルだというので人気が高いのです。あなた方の先輩や後輩のクラス、はたまた他の島のクラスのシリーズもありますよ。金四郎組は裏組織だけあって、どこまでも金を稼ぐことに貪欲みたいです。僕の話は以上です。お疲れ様でした」

玄はそう言って、ぺこりとお辞儀をして座った。

「なによ、それ……」

まねの放った言葉が、展望台の大空間に吸い込まれ、いつまでも響いて消えずに残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ