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No.038:東の塔


大空間に浮かぶ幽世ランドの本島、その東西の港町には、双子のようにそっくりな巨大な塔が屹立している。

今、メバエは、仮初ユラギの先導により、東の塔へと足を踏み入れていた――。


エレベーターに乗り込み、迷いなく最上階の展望フロアのボタンを押すユラギの指の動きを追い、メバエは緊張した面持ちを崩さない。

この塔の最上階に着いて、いきなり襲われるということはないだろうか。

そうなればどうする?

まず能力展開して煙幕を張り、煙に隠れて階下への階段を探す?

相手が刃物や銃を所持していたら?

屈強な連中だったら?

羽交い締めにされたら?

今になって、後悔の念が頭をもたげる。

しかし、今夜起こったことの原因を知っていそうなユラギの言動は本物だと思う。

今はユラギについていくことでしか、この事態の解決は望めないのではないか――。

エレベーターはぐんぐんと上昇していき、やがて、ピンポンと高い機械音が鳴り、最上階への扉が開いた。


メバエは我が目を疑った。

広い最上階の展望フロアの中心には、クラス萌黄のメンバーと、おそらくユラギのようにそれぞれの子孫を名乗っているのであろう面々が、輪を書いて床に座っていたからだった。

メバエはしばしその場に立ったまま、ひとりひとりの顔を確かめる。

暗がりの中よく見ると、クラス萌黄のメンバー全員がいるわけではなく、ショウメイ・アカシとカシャク・セキの姿が無かった。

二人の子孫と思しき人影も数えた限り見受けられなかった。

この場にいたのは、ショユウ・ユウス、ナミカゼ・シノギ、カチ・まね、ジョメイ・スクイ、カタク・写香の5名と、おそらくその子孫を名乗りここまで導いてきたのであろう5名の人影だった。

5名の子孫を名乗る連中は、ここVRにあって、彼らの風貌は一人一人が大きく異なっていた。

幽世ランドでの自分のアバターなのであろう、皆、老若男女、果ては人外に至るまで、実に多様な見た目をしている。


「ようこそ、ジガ・メバエさん」

輪の中央にいた男が、そう声を張った。

全身を黒のスーツでかためた執事のような風貌の男は、親しみのある笑顔をメバエに向けてきた。

どうやらこの男が、この場を仕切っているようである。

「あなたは」

メバエは慎重に言葉を発した。

「私は無心玄むしん げんといいます。どうぞ玄とお呼びください。さあ、どうぞ、ユラギ君も、前の方へ」

玄に促され、メバエは輪の中に加わるように座った。

「さあ、これで全員そろいましたね」

広い展望フロアに、玄の言葉が響き渡る。

「では」と、一呼吸置いて、玄は話し始めた。


「みなさん、よくお集まりいただきました。スリープ中の記憶が戻ったことで混乱されたご先祖様もいらっしゃるかもしれませんが、この話は冷静に聞いてください」

「『スリープ中の記憶』だと?」

玄の言葉に早速シノギがくらいつく。

「まぁ聞いてください」

シノギのどすのきいた声にも、玄の笑顔は揺らがない。

玄は続ける。

「今しがたご先祖様に戻った記憶、それはスリープ中に、コールドスリープ企業がこしらえた時代劇の舞台の上でアバターとして経験されていた記憶です。子孫の方々にはおおまかな説明しかしていませんので、この話は子孫の方々もよくお聞きください」

どうやら、玄の話からするに、ここに集められた子孫を名乗る5名も、詳しい話はこれから聞かされるらしい。

メバエは玄の次の言葉を待った。

「皆さま、突然ですが2343年の岩井の乱はご存じでしょうか」

唐突に、玄が話を変えた。

「学園の授業で習ったわね」

と、まねが言う。

「義務教育で習うレベルじゃない」

と、子孫の中の一人も声をあげた。

「その乱では、ご存じの通り、VR内で蘇ったご先祖様たちがVR訪問者を何人か殺してしまうという悲劇が起きました。そこで改善がなされ、以降まったくおなじようなことは起きなくなったのですが、果たして企業内でどのような改善がなされたのか、知る人はあまりにも少ないのです」

「なんだよ、もったいぶるなよ」

玄の話が気になり、シノギが再びいら立ちを隠さず声を荒げた。

「企業の研究者たちは考えました。スリープ時の状態からそのままよみがえらせるからよくないのだ、と。スリープ中にも、スリープ中に流れている世間の変化を疑似体験させればいいのではないかと考えたわけですね」

「そんなこと、できるのか」

「はい、技術的には可能です。原理的には脳に特定の電波を送るだけのことですから」

玄は淡々とシノギの質問に答えてゆく。

「このプロジェクトは『世代間教育』と呼ばれました。その名の通り、よみがえらせるにあたってスリープ時との時差を埋める世代間の教育を施そうといった趣旨での命名です」

「話が見えねぇな。何が言いたい」

「まぁ聞いてください。この『世代間教育』ですが、一度体験させてよみがえらせただけでは、まだ反乱分子の生じる可能性があったんですね。それで研究者たちは、スリープ中にその教育を何度も体験させることにしたんです。脳をそれだけ麻痺させれば、蘇った時点でだいぶ反抗心は消えている。実際に、この試みは成功しました。ある一点を除いて」

「その一点とは?」

今度はたまらずメバエが発した。

「廃人がね、出るんですよ。スリープ中に『世代間教育』を施すと、その負荷に耐え切れず、一定数の脳が使い物にならなくなってしまうんです。これを企業では『廃人化』と呼びます」

おそらくこの玄の発言を聞いたとき、ここに集められたクラス萌黄のメンバーは皆、同様に青ざめていたに違いない。

話の核心が、どんどん自分たちの過去に近づいてゆく不気味さを、全員が感じていた――。


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