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No.037 / 仮初ユラギ


めもり先輩は射殺されたらしい。

頭のどこかでそれを全力で否定したい思いがするが、先ほどの光景は否が応でも現実をメバエにつきつけていた。


幽世ランドの北の街の、とある時計台の文字盤に背をもたれかけさせて、メバエは小一時間ほどかけて起こった出来事を反芻し頭を整理していた。

今夜、突如戻ったスリープ前の記憶と、メバエが生まれてもいない大昔の、けれども確かに自分が経験したという感覚の残る記憶、そしてめもり先輩の射殺、突然片言になったツクモのルナ――。

これらの背景にあるのは、一体どんな事実なのだろうか。

それぞれの背景にある事実は、互いに関与しているのだろうか。

なぜ今――。

なぜ私――。


「考えていてもらちが明かないわね」

メバエはすっくと立ちあがった。

文字盤の針は、午前5時をさしていた。

「帰りましょうか。自宅に戻ったところで、何かが待ち受けているなら、それはそれで進展があるということだし」

ルナの返事は、ない。


30分後、メバエの姿は西の町ガクエンシティの自宅にあった。

「とりあえずシャワーを浴びましょうか。冬なのに汗かいちゃったから」

やはりルナの返事は、ない。

思えば昨夜は幽世学園の同窓会だったのだ。

クラス萌黄のメンバーと久しぶりに会い、酒を酌み交わし、語らい、笑いあっていた。

まさかその数時間後にあんなことが起こるなんて――。

シャワーを浴びながらも、メバエは一心に自分の身に起こった出来事を反芻していた。

風呂からあがり、いつものように柔軟体操をはじめる。

こんなときくらいすぐに歯を磨いて眠ってしまいたかったが、優等生たるメバエの癖で、毎日のルーティンは欠かせないのだった。

いやむしろ、こんな時だからこそ、毎日のルーティンが精神安定に役立ってくれていた。

じっくりと全身の筋肉をのばしてゆく。

メバエが開脚をして足の筋を伸ばしていた時だった。

玄関のチャイムが、鳴った。

メバエはのそっと立ち上がると、玄関の前を映す室内カメラの前に立った。

見ると、見慣れない若い男が立っていた。

年の頃は20代だろうか、黒髪で中肉中背、茶色いコートを着て、寒そうに身を震わせている。

このタイミングでの訪問者――。

メバエは当然訝しく思ったが、それでも何も行動を起こさなければ事態は進展しないのだと自分に言い聞かせて、マイクのスイッチをオンにした。

「はい、どなたですか」

この選択が間違っていないことを願って、メバエは声を発した。

すると画面ごしに、若い男は次のように告げた。

「おはようございます。すみませんね、こんな早朝に。ジガ・メバエさんであってますよね。お話があります。今夜起こったことについて」

メバエは息を飲んだ。

一番知りたかったことを、この男は知っている――。

しかし、ルナも満足に使えない今、一人暮らしのこの部屋に見知らぬ男を入れてもいいものか、メバエはしばし迷った。

「あのー、外、寒いんですけど」

男がそんなことを言った。

その言い方からして、害はなさそうだった。

「はい、今ドア開けます」

気づけばメバエはそう答えて、ドアを開けて男を招き入れていた。


「はじめまして、俺、仮初ユラギって言います。よろしくお願いします」

男は、床に敷かれた絨毯の上にあぐらをかいたかと思うと、自己紹介をした。

部屋には、風呂からただよってくる石鹸の匂いが、わずかな湿気とともに充満していた。

「あ、はい、ジガ・メバエです。よろしくお願いします」

丁寧に挨拶をされたので、とりあえずこちらからも丁寧に挨拶を返す。

それはメバエなりの礼儀だった。

しかし、メバエは引っかかった。

「仮初……」

記憶を辿る前に、そう言葉にしていた。

「私のスリープ前の名前と、苗字が一緒ね」

そう言って、メバエはユラギと名乗った男の表情を読もうと、その両目を見つめた。

ゆらぎはふっと力が抜けたように笑った。

「そりゃあ俺、あんたの子孫だもん」

そう言ってユラギは、顔の前に立てた人差し指をくるりと返してメバエを指した。

「それよかあんた、やっぱ神童っていうのは本当なんだな。記憶が戻ってもなんともないんだ。報告通りだな。すげーや」

ユラギはそう言って、あははと笑った。

「お前の狙いは何だ」

メバエはそう言ってユラギを睨む。

「これから俺と一緒に東の塔に来てよ。そこに『みんな』いるからさ」

ユラギはそう言ってメバエに満面の笑みを返した。


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