No.036 / めもり先輩とVRポリス
2月11日未明、メバエは中央図書館を出て、学園敷地内にある庭園のひとつである「静かの森」を訪れていた。
それは先ほどかかってきた、めもり先輩からの電話が気になったからだった。
めもり先輩の取り乱した様子からするに、何かあったに違いない。
折り返しの通話もつながらず、めもり先輩の自宅を訪れても誰もいない様子であった。
メバエは、めもり先輩と過ごした過去の記憶をひとつひとつたどり、学生時代に二人で訪れた、ここ、「静かの森」にやってきた。
そう、学生時代、めもり先輩は「静かの森」の中央に位置するこの激しくデフォルメされた大型のひよこを前に、「何かあれば、きっと私は再びここを訪れる」と言ったのだ。
その時のめもり先輩の横顔を、今、メバエは鮮明に思い出していた。
大きな大きなひよこの像の顔面には、下方からライトアップされて、くちばしの影が大きく伸びて張り付いている。
「ここではなかったの――」
メバエがそうつぶやいた、その時だった。
「静かの森」の入り口近くに、ひとりの人影が現れたのが視界の端に入った。
その人物は、じりじりとメバエに近づいてくる。
メバエはその人物の上に落ちた影を凝視した。
顔が見えない――。
すると、その人物から、
「メバエ?」
というか細い言葉が漏れた。
聞き覚えがある。
「その声は、めもり先輩ですか!?」
メバエは影に走り寄る。
「来ちゃだめ!!」
黒影の人物が叫んだ。
メバエはその場で立ち止まる。
「めもり先輩!なぜですか!どうして……」
見ると、近づいてくる黒い影はもごもごと小さく波打っており、その中から小さく「ちゅうちゅう」という鳴き声のような声がきこえた。
メバエの全身に鳥肌が立った。
「めもり先輩、いったい――」
めもり先輩を覆う影の一部が剥がれ落ちて、ネズミの姿をして木立の影へと消えていった。
それを目撃したメバエは目を真ん丸に見開き、口をわずかに開け呼吸を意識して整え始めた。
落ち着け――。
「めもりせんぱ――」
その時だった。
めもり先輩を覆っていた大量のねずみが、いっせいにメバエに向かって地面を波打ちながら近づいてきた。
メバエの表情がひきつり、ゾッと音を立てて全身の毛が逆立った。
次の瞬間、
パシュッ!
と、何やら空を切る乾いた音が聞こえた。
と同時に、目の前の黒い人影が、見る間にぐずぐずとくずれてゆく。
めもり先輩を覆っていた黒いねずみの大群が、胡散無償していくのが見える。
そしてその合間から、見覚えのあるめもり先輩の顔が見え隠れしていた。
めもり先輩と、メバエの視線がかち合った。
「メバエ――」
そう、確かにめもり先輩がメバエの名を呼ぶのが聞こえた。
しかし、その背後から近づいてくる者たちがあった。
「めもり先輩!」
メバエは思わず叫んでいた。
しかし、再度、空中を乾いた音が切り裂いた。
見ると、めもり先輩の背後に、VRポリスと思しき男性が二人、両手を前に伸ばし片膝をついていた。
その手には銃が握られており、銃口はめもり先輩に向けられている。
そして、その先端からは白い煙が空に伸びていた。
「動くな!キオク・めもり!!殺人事件の犯人として、お前を射殺する!」
メバエの耳には、はっきりとそう、聞こえた。
めもり先輩が、ひざから崩れ落ちるのが先だったか、はたまたツクモのルナがメバエを呼ぶ声がさきだったか――。
とにかくメバエはVRポリスが動き出すその前に、「静かの森」の中央にあるモニュメントに走り寄りにじり登ったかと思うと、そのまま「認知投影力」により宙に足場を作り、全速力で空を駆け、その場から姿を消した。
メバエは走った。
暗い冬の夜空を、頬を伝う涙もかまわず、そのまま全速力で走った。
行く先はどこでもよかった。
とにかく、VRポリスに見つからない場所へ――。
メバエは無我夢中で走った。
一時間後、メバエの姿は幽世ランドの北の街の一角にある、時計台の上にあった。
大きな文字盤に背を預けて、メバエは今や息を整え、片足を宙へ投げだし、もう片方の足を体の前で折り曲げてそれを抱くようにして沈黙していた。
頭を整理したかった。
ひとつひとつ、今夜起こったことを並べてゆく。
同窓会では異変は見当たらなかった。
問題は、その帰り道だ。
急にある種の記憶がどっと蘇ってきた。
それは不思議なことに、この幽世ランドのものではなく、学園で習った日本史の授業を想起させるような背景の記憶で、それも、思い出される名前と連動する時代が少しずつ違っているのが特徴的だった。
と同時に、スリープ前の記憶も戻った。
あまりに大量の記憶が戻ったので頭がびっくりしているが、それについては好奇心が勝り混乱には陥らなかったのでよしとする。
ただ、それがめもり先輩の身にも起きていたとしたら――。
明らかに異常をきたしていためもり先輩の様子から察するに、その勘は高い確率で当たっているのではないだろうか。
しかし、めもり先輩を覆っていた、あの黒いねずみの大群は何だったのだろう。
「ルナ」
メバエはルナを呼び出した。
「シノギに連絡はつく?」
ルナはしばし思案した後、「通信不可」と答えた。
「誰でもいい、クラス萌黄もしくは群青のメンバーと連絡はつく?」
と、メバエは再度ルナに命令した。
「通信不可」
と、ルナは再びメバエに告げた。
寒空の下、時計台の時計の針は、午前4時をさしていた。




