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No.034 / 覚醒


0:00――。

カウントダウンの時計の針が止まった。


この時、クラス萌黄のメンバーは既に解散しており、それぞれが家路についていた。

ある者は商店街を抜ける路上にあり、ある者は住宅街をひた歩き、ある者は最寄りの駅に向かい雪の溶け残る街路を歩いていた。


2月11日、0時00分。

そんなクラス萌黄のメンバーの脳内に、今、膨大なデータが送り込まれていた――。

一瞬のうちに頭を支配したそのデータ群の衝撃に、皆、たちどころにその場に倒れ込み息すらできない。

ある者は嗚咽をはじめ、ある者は路上に倒れ込んだままのたうちまわり、ある者は泣きじゃくり、ある者は叫び、またある者は咆哮し空を仰いだ。

そして、混乱し我を忘れたクラス萌黄のメンバーそれぞれの元に、近寄る影があった。


ナミカゼ・シノギの場合。

商店街を抜ける路上にあったシノギは、突如がつんと頭を殴られたように感じて、ゆらめく視界のままかろうじて裏路地へと通じる細道へと身を転ばせた。

「くっ。なんだこれは――」

突如、それまで目の前にあった景色よりも何倍も鮮やかな映像が、まぶたの裏に浮かんでは消えてゆく。

その光景が高速で繰り返され、一瞬で映像は切り替わるものの、そのすべてが強烈なインパクトをもって脳裏に焼き付くのだ。

頭の内側をしめつけるような痛みが襲う。

シノギは、獣医の卵であった。

この平和な幽世ランドにあって、たとえ人外の生物であろうが、バイタル異常をきたすことはまずない。

あるのは予定調和の出産と死である。

その際は、やはり予定調和となっている生みの苦しみと死に際しての苦しみが用意されているのだが、それはVRポリスを出動させるようなバイタル異常にはカウントされないようになっている。

だから獣医になる者は皆、目の前で獣が苦しんでいても、ある意味、安心してお産や臨終に立ち会えるのだ。

まさか自分が「そちら側」になろうとは――。

しかしこれは獣のお産でも臨終でもない。

俺は人だ。

バイタル異常を検知して、すぐにVRポリスがかけつけるはずである。

しかしこの痛みは何なのだ――。

きしむ音が聞こえてきそうな頭の痛みに耐えながらうずくまり悶絶していたシノギは、何度も薄れそうになる意識の中で脳裏に刻まれてゆく映像を捉えようとしていた。

茶色―。

シノギがつかんだのは、その色であった。

今、生きているVR世界である幽世ランドと比べて、明らかに茶色の多い映像が浮かんでは消えてゆく。

それから、血。

高速で切り替わる映像のところどころに、獣医としては見慣れた血とおぼしき鮮やかな赤色が見受けられる。

それから――。

痛みに慣れてきた頃、遅れて言葉が脳裏に刻まれだした。

膨大な数の言葉である。

その中から、シノギは映像の中で、ある特定の単語がくりかえされるのをシノギはつかむ。

「タツ」、「イッセン」、それに「ヒバナ」――。

この三つの単語が、あたかも自分の名前であるかのように、シノギに向かって繰り返し投げかけられる映像が繰り返される。

今やシノギの目からは大粒の涙がこぼれ、呼吸は荒く乱れ、丁寧になでつけられていたはずのオールバックの髪の毛が、地面を転げまわるうちに逆立ちぐしゃぐしゃになっていた。

「わけがわからん――」

シノギが痛みに耐えかねて意識を失いかけたその時、細道に入ってくる影があった。

「誰、だ」

ぼやける視界の中、その影の主が若い男であることが分かる。

男はゆっくりとシノギに近づいてきた。

「はじめまして、ナミカゼ・シノギさん」

男は横たわるシノギの耳元近くに顔を寄せると、そうつぶやいた。

「いや、ご先祖様、と言った方がいいのかな」

シノギの意識は今や風前の灯火である。

しかし男は続ける。

「大丈夫ですよ。僕がここにいますから。痛みはしだいに引いていきます。意識が戻りましたら一緒に来ていただきたい。あ、申し遅れましたが僕の名前は波風鉄人なみかぜ てつと。あなたの子孫にあたります」

シノギはぴくりとも動かない。

「ああ、意識が飛んでしまったか。待つしかないな。では失礼して」

そう言うと、鉄人と名乗った男はその場で煙草を吸い始めた。

ちなみに、幽世ランド内でのアルコールと煙草は禁止されていない。

どちらも合法的に処方される合成麻薬が脳に直接作用する形で、他の多くのVR同様、広く楽しまれているものである。


今や、クラス萌黄のメンバーの上に、同じことが起こっていた。

その誰もが地面に倒れ、のたうちまわり、涙を流し、中には食べたものを嘔吐する者もいた。

そしてそんなメンバー全員の元に、子孫を名乗る者たちが訪れていたのである。


メバエの場合。

2月11日、0時00分。

シノギが衝撃に襲われた同時刻、メバエの脳内にも、ある種の大量のデータが送り込まれた。

普通の人間であるなら、一気に流し込まれたデータ量に脳が耐えきれずショートを起こす。

それこそ、ナミカゼ・シノギやクラス萌黄の他のメンバーのように。

しかし、ジガ・メバエは違った。

いきなり脳内に展開され、高速回転する大量のデータを、その瞬間に脳が高速処理しはじめたのだ。

「わ、わ、わ。何この映像。なんだろ、古い時代の町並みが見える――」

メバエはぱっと笑顔になり、めくるめく世界に魅了されていく。

そして、映像に慣れた頃、大量の言葉が聞き取れるようになってきた。

そんな言葉の内で、繰り返されるものがいくつかあった。

「辞雅」、「安倍一色」、「通念」、「思蝶」、そして「新進」。

言葉に集中してみると、今やこれほど親しみのある単語はないのではないかというほど、心の内から懐かしさと愛おしさが込み上げてくる。

「メバエ?」

先を歩いていたツクモのルナが、いきなり立ち止まり笑顔でぶつくさ言い始めたメバエを訝しげに見やる。

「ルナ」

メバエがルナと視線を合わせる。

「今日、何日?世界暦は何年?」

「え?今日は世界暦2383年2月11日よ。って言っても、まだ日付が変わって間もないけれど」

「幽世図書館に行くわ」

「え?今から?もうこんな時間よ?どうしたのいきなり」

ルナは訳が分からない。

「いいから一緒に来て」

メバエはそう言うと、暗い夜道を走り出した。

その背後を、若い男がひとり負った。

男は、「ちっ。話が違うじゃねーかよ」と舌打ちして、走りながら手持ちの端末でどこかに電話をかけはじめた。

「あ、すいません、俺、仮初ゆらぎっす。先祖が元気にその辺走ってます。本当にデータ、流してくれてるんですか」


道端に溶け残った雪に冷やされて、つめたい空気が足元に広がっていた。



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