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No.032 / 本島の北の町で


流、いやメバエにとっては「ロック」なので、ここではロックとしよう。

「やあメバエちゃん、お久しぶり!元気にしてた?」

ロックは片手をひらりとあげてメバエに挨拶をした。

「もう仕事では先輩たちにいびられて大変ですよ」

開口一番、メバエはそんな愚痴を吐いた。

「あはは、社会人て感じだな。なに、すぐに慣れるよ」

ロックはそう言ってメバエを慰める。

「今日は家族と一緒なんだ。だからほんとに世間話だけになっちゃうけどいいかな」

「もちろんいいですよ。そういうことでしたら、すぐそこの喫茶店に入りますか」

こうして二人は港町の大通りにたたずむ、一軒の喫茶店に入って行った。


「で、ご家族は今どちらに?」

飲み物を待っている間の話題提供に、メバエはとりあえずそんなことを尋ねた。

「今頃、中央図書館とか見てまわってるんじゃないかな」

「へぇ。もう大滝と天球競技場は行かれたんですよね」

メバエは、注文前にロックが言っていたことを指して言った。

「ああ、午前中に。どうかな、どこかおすすめの場所とかあるかな」

「じゃあ、意外と本島の北の方の住宅街なんかおすすめですよ。穏やかな空間が広がっていて、素敵なんです」

「へぇ、ありがとう。行ってみるよ」

それから、ロックとメバエは軽くお茶をして、予定の時間が来たので別れることにした。

「またお会いしましょうね」

「そうだね、もう社会人だし、いつでも会えるね。またお茶しよう」

ロックはそう言って、見送るメバエに背を向け、港町を後にした。


ロック、いや、家族の前では流と呼ぼう。

流は、家族と合流すると、メバエとの会話を思い出しながら、「てなわけで、北の住宅街に行ってみよう」と提案した。

「えーつまんなそう」

「そんなの、現世にもあるじゃん」

という子供たちを、妻の真美が「まぁまぁ、行ってみましょう」となだめて、一家は北の住宅街へと足を運ぶこととなった。


「なんか、歩けど歩けど普通の住宅街って感じね」

既に北の住宅街を15分は歩いている一家を代表して、真美が感想を述べる。

「ねー、ジェットコースターはー?観覧車はー?」

リコは先ほどからご機嫌斜めである。

「なんか眠くなってきちゃった」

と、ヤスは大きなあくびをしている。

北の住宅街は、その多くが二階建ての一軒家で、家の前には大体広い芝生やガレージが設けられており、軒先にはリクライニングチェアやブランコが設置されていると言う、古き良きアメリカの郊外のような様相を呈していた。

そんな景色を見るともなく眺めながら一家は街路樹の立ち並ぶ歩道を歩いていたのだが、そんな彼らとすれ違う人々が、先ほどから「こんにちは」とか「いいお天気ですね」などと挨拶をしてくるのだった。

「なんか、ここの住人はやけに親しげね」

と、真美が不審がり、こぼしたその時だった。

「あ!ママ、あの人、足が無い!」

リコが指さす方を見ると、道路の反対側を歩いている女性には、確かに片足が無かった。

いや、あるにはあるのだが、透明なフィルターがかかっているように見えるのだ。

そして、その透明な足で普通に地面を蹴って歩いているのだった。

まるで片足だけ透明人間になったかのように。

「えっマジかよ。あ!あの人もだ!」

そう言うと、今度はヤスは前を歩いている若い男性を指さした。

その男は片腕が無く、やはり透明なフィルターがかかっているかのように見られた。

するとその男性はヤスを振り返り、ものすごい形相でにらみつけたかと思うと、

「見てんじゃねぇぞ、ガキが!」

と大声で叫び、同時に透明な腕の先をヤスに向けたかと「はっ!」と大きく息を吐いた。

男の透明な腕が一瞬でヤスの頭のすぐ横にまで伸びたかと思うと、そのままヤスは気圧されて仰向けに地面に尻もちをついてしまった。

「ちょっと!何するのよ!」

真美がすぐさま倒れたヤスにかけよる。

「何をするんだ!」

流もヤスをかばい、半身は男に向けたまま目をつりあげにらみつけた。

「ばーか。拳が当たったわけじゃねえよ。幻に驚いてそのガキが勝手にすっころんだだけだろうがよ!」

男は吐き捨てるように言う。

「なんだと?」

流の全身がぴりりと音を立てるように緊張する。

「やんのかオラ」

男も流をぎろりと睨む。

その時だった。

ピピピピピ―!

警笛がなったかと思うと、どこからともなく「はーいそこまでー!5人とも、バイタル異常値出てますよー」という声がして、警察官の服を着たロボットが現れた。

「やだ、VRポリスじゃない。切符きられちゃうの?」

真美の顔が青ざめる。

「うわー本物だー」

ヤスは興奮気味である。

「すぐにかけつけるって、本当だったのね」

とリコは笑顔をみせる。

「はーいVRポリスでーす。お二人ともとりあえず離れて離れて。お話うかがえますかー」

そのまま、流は男と共に事情聴取を受け、幽世ランド内の法により切符を切られ、この日はお開きとなった。


「もう!一時はどうなることかと思ったわよ!」

現実世界へ戻り、リビングでお茶をしながら真美がぼやいた。

「リハビリ区域に入ってたなんて知らなかったんだよな」

と流も言い訳がましくぼやく。

「リハビリ区域って?」

「今調べたら、心身の障がい者が幽世ランドの専用居住区域でリハビリしてるんだって」

ヤスの質問には、リコがスマホを使って答えを出した。

「幽世ランドはもともと社会福祉への貢献を目的に開かれたようなものだからな」

と、流は補足説明を入れる。

「へーえ」

子ども二人は大きくうなずいている。

「あ!」

と、突然真美が声を出した。

「今日の『常世の君の物語』が始まるわ」

そう言いながらスマホを開く。

「もうそんな時間?」

流もスマホを取り出し開く。

「でもその『常世の君の物語』の世界を本当にパパが作ったとは、いまだに信じられないけどね」

と、リコはいじわるな視線を流に向ける。

「それはどういう意味だ」

娘にからかわれ、流は苦笑いを浮かべる。

「俺もいつかパパみたいな有名デザイナーになるんだー」

ヤスが言うと、リコは「私も―」と声を重ねた。

「あら、じゃあいっぱい勉強しないとね!」

スマホを見ていた真美が顔を上げ、二人に向かい満面の笑みで言う。

「えー!」

そんな子どもたち二人の反応を、流は心から愛おしく思い、静かに眺めるのだった。

これこそ、生身でなければ味わえないものだ。

と、そんなことを思いながら。



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