No.031 / 現世の重み
案内人の少女は続ける。
「幽世ランドは今年で27周年!長年のご愛顧を受けまして、ただいま大滝の前にて無料の写真撮影を実施しております。ご利用の際には、ぜひ当園スタッフにまでお声がけください」
「へー後で寄ってみようか」
流は家族に向かいそう呼びかける。
「また、幽世ランド内にてバイタル異常を検知するような事件・事故などございましたら、すぐにVRポリスが駆けつけますのでどうぞご安心ください。それでは、よい旅を!」
少女は最後にそう告げると、しゅるりと衣を身に巻いて消えてしまった。
「で?まず何すんの?どこ行くの?」
ヤスが興奮気味に流に尋ねる。
「そうだな、まずは幽世ランドを一周するモノレールにでも乗ってみるか」
「いいわね、まずは色々見てみたいものね」
妻の真美も賛同する。
「その後、名物の大滝、天球競技場、一旦現世に戻って昼食を挟んだら、午後イチで中央図書館、全天プラネタリウム、ジェットコースター、で最後は大観覧車かな」
と、流がプランを展開すると、子供たちからは悲鳴に似た歓声が上がった。
「脳疲労がすごそうね。一気に痩せそう」
と、真美はひとり苦笑いをするのだった。
それから一家は、予定通り、まずはモノレールに乗り、幽世ランド本島を一周すると、次は幽世大滝に移り写真撮影、それから別の島にある天球競技場へと移動し、一旦現実世界に戻ってきた。
ちなみに、幽世ランドでは、現実世界のことを「現世」と呼ぶ。
また、幽世ランドを訪れる現実世界の人間はごく限られているため、彼らは俗に「天上人」と呼ばれていた。
石清水一家は、そんな数少ない「天上人」のうちの4人であった。
都内某所、とあるマンションの一室で、4つ並べられた羽衣カプセルの蓋が、ゆっくりと開いてゆく。
カプセル内に充満していた入出場用のガスが、音を立てて噴き出す。
「ヤス、リコ、大丈夫か」
一足早くカプセルの外に出た流が、子供たちに声をかける。
その姿は勿論、トレンチコートを着た金髪長身の男性などではなく、でっぷりと太った黒髪サスペンダーの男である。
「うわーっ、体がおもてぇ」
ヤスが渋面を作りながらカプセル内で身を起こす。
遅れて、リコも「浦島太郎みたい」などと言いながらカプセルから這い出て来た。
「さあ、お昼はカレーよ!」
真美が号令をかけると、
「じゃあ俺はまず湯を沸かすね」
と流が言い、次いで子供たちが「俺たちは皿を出すねー」と協力を申し出た。
こういう場合のチームワークの良さは、日ごろのコミュニケーションのたまものだと、流はひそかに思っている。
富豪と呼ばれるような収入を得ていながら、流一家は21世紀並みのレトロな生活を好んでいた。
そのため、いつものようにヤカンをコンロにかけるという前々時代的行動に移った流だったが、ここでうっかり、ヤカンに触れてしまった。
「大丈夫!?」
すぐに真美がかけつける。
この時代、身体の怪我は非常に珍しいものである。
「大丈夫。ちょっと火傷しただけ」
流は、じんじんと痛む火傷をした自分の指をじっと見つめる。
そこには、VRにはない、確かな重量を持った自分の体が存在している。
それは脳と地続きで、いわずもがな、自分の精神をも内包している。
「カレー、うまー!」
「おいしいねぇ」
「VRって、こんなにおなかすくんだね」
「プロは点滴をしながら遊んでるっていうからな」
と、食卓はいつも以上ににぎやかだ。
「それにしてもうまいね!生きてるって感じ!」
「VRを出てすぐの食事は、特にそう感じるんだぞ」
ここでも流は、この満腹感や多幸感こそが、現実世界で生きている証なのだよなと、子供たちの新鮮な反応を受けながら感じ入っていた。
ピコン、と流のスマホが音をたてた。
流はすぐさま確認して、しばし思案する。
それから、家族に「ごめん、午後、俺一旦抜けていいかな」と告げた。
「いいけど、浮気じゃないわよね?」
すかさず真美から指摘が入る。
「違うよ。さっき幽世ランドでオンラインだった時に、知り合いからメッセージが入ってたんだ。さっき気づいた。女の子だけど、浮気じゃないよ。学園の元生徒なんだ。確か今年社会人一年生のはずだよ。なに、世間話するだけさ」
「いつもより言葉数が多いのはなんでかしらね」
真美の突っ込みは鋭い。
流は苦笑いをしながら、なんとか了承を取り付けたのだった。
食後、小一時間ほど休憩してから、一家は再び幽世ランドへと入場した。
ヤスとリコは、通信ケーブルを坂鉾に装着するのに多少手間取ったが、なんとか各々、一人で入場することが叶った。
午前中と同じ円形の部屋に集まった一家は、そこで別行動となる流れを見送った。
数十分後、流は、メッセージにあった待合場所である、幽世ランドの西にある、カラフルな建物が並ぶ港町を訪れていた。
そんな流の姿を見とめて、ひとりの少女が声をかけて来た。
「お久しぶりです、ロックさん!」
この少女こそ、一年以上前に学園で流、いやロックが声をかけたジガ・メバエその人であった。




