No.030 / 流一家
世界暦2382年、秋、都内某所――。
紅葉した木々の中に立ち並ぶマンション群の中の一室に、石清水流の姿はあった。
「ヤス、リコ、準備はいいか?」
そう言って流は、太った体ごと振り返りながら、自分の双子の子供たちを見やった。
「いいよ!早くいこーよ」
そう返事をするのは、息子のヤスだ。
母親譲りの薄茶色の髪の毛をしたヤスは、今日が自分たちの誕生日だということで、朝から浮かれていた。
流の血が濃く出て黒髪の娘のリコは、そんな兄の後ろで、やはり朝から興奮していた。
「まぁ待て。幽世ランドに行く前にバイタル測定しておかないと」
そう言って、流は手の中におさまる携帯用のバイタル測定器を引き出しの中から取り出してきた。
ピ、と機器から測定準備完了の音がする。
「バイタル?」
「何それ」
ヤスとリコは、早く幽世ランドに行きたくて仕方がない。
父ののんきなナントカ測定などにつきあっている暇はないと言わんばかりに不平をもらす。
「どうせ入場時に測定されるんでしょ?」
妻の真美がリビングでお茶をすすりながら言う。
「まぁそうだけど、いきなり入場ではじかれても嫌じゃん」
耳の穴にバイタル測定器を入れながら、流が答える。
ピピピと音がして、1分後、無事バイタル測定が完了した。
「よし、正常値だな。じゃあ、行くか」
流はそう言って、家族を振り返った。
民間人が幽世ランドに出入りする方法は、一つしかない。
幽世ランドがレンタルしている入出場誘導用カプセル『羽衣』を利用して、現実世界の肉体を「手放す」方法だ。
流の家にも、マンションの一室に、この羽衣カプセルが家族4人分設置してある。
うち2つは、今日のヤスとリコの誕生日に合わせて新調したものである。
スイッチをオンにすると、カプセルの上部が二枚貝のように開く。
そしてカプセルの中に体育座りになって、首の後ろにある端末「坂鉾」に、通信用ケーブルを差し込む。
ちなみに、「坂鉾」の手術は16歳になってからでないと行えない。
ヤスとリコは、誕生日である今日の午前中に、その手術を手早く終えてしまっているのだった。
「坂鉾」に通信用ケーブルを装着すれば、あとは羽衣カプセルの蓋を内側から閉じるだけである。
蓋を閉じて仰向けに寝て目を閉じると、カプセルの内側が入出場導入剤で満たされ、再び目を覚ました時には、幽世ランドのゲートに立っている、というわけである。
真美のカプセルが閉じるのを確認して、ヤスとリコも初めての入場を試みる。
子ども二人のカプセルが閉じるのを確認してから、流は最後にカプセルに入った。
カプセルの中に満たされた入出場導入剤には、16歳の子供からお年寄りまで、幅広い層に受け入れられるように、ほんのりと甘い香りが付けられている。
目をつむってそれをめいっぱい吸い込んだ流は、いつものように、自分の意識が遠のいていくのを感じていた。
気づくと、ヤスとリコ、そして真美と流は、十畳ほどある円形の、何もない部屋に立っていた。
白い煙が部屋の中央から四方八方に噴き出しており、しばらくは目も開けられない。
流や真美にとっては慣れたものだが、二人の子供は初めての体験である。
パニックになっていなければいいが、と流は部屋の中が静かになるのを待って、うっすらとまぶたを持ち上げた。
そこには、家族4人が、部屋の中央に向かって向かい合っている姿があった。
「よし、全員、いるな」
ほっと胸をなでおろし、流は真美とうなずき合い、次いで子供たちの様子を見やる。
「おー、これがVR空間かー!すっげー!なんかふわふわするー!」
「すごーい!雲の上みたい!」
親の心配もよそに、ヤスとリコは、その場で飛んだり跳ねたりして大はしゃぎである。
そこへ、低い電子音がしたかと思うと、ヤスとリコの背後の壁の前に、一人の少女が姿を現した。
あご下まである模様の描かれた半紙を頭上から垂らし、少女の顔は見えないでいる。
どこかの儀式用の和服だろうか、現実世界ではもう習い事でしか見なくなったいでたちに、ヤスとリコは興味をそそられる。
少女は語りだす。
「石清水流様、真美様、康彦様、理子様。ようこそ、幽世ランドへ」
謎の少女に名前を呼ばれ、子供二人のテンションは一気にぶちあがる。
少女は続ける。
「マイナンバーは登録済みですね。貸与した指輪をはめて、同じくスマホもなくさないようお願いいたします。アバターは皆さま、事前登録されていますね。スマホで設定を変更するとアバターチェンジしたしますのでいつでもどうぞ」
少女が語り終わらないうちに、4人の姿はまったくの別人に様変わりしている。
流は、金髪の癖毛が肩までかかるトレンチコートを来た長身のイケメン、真美はおとぎの国から飛び出してきたようなお姫様風、ヤスは黒髪にシャツというあえて一般人の少年風、リコは薄茶色の長い髪の毛を背中まで伸ばした小さなお姫様風だ。
これからどんな冒険が始まるのか、4人のテンションは最高潮に達する。




