No.028 / メモリ先輩との再会
「お前さぁ」
ネノクニ総研、IT・システム部門情報システム部の一室にノークのどすのきいた声が響き渡る。
「学年一位だったかもしれねぇけどよ、そりゃ限られた世界の中だけの話だろ。うぬぼれんなよ。現実の厳しさはこんなもんじゃねぇぞ」
そう言って、ソファに座るノークは、そばに立つメバエを見上げて睨んだ。
「えー、かわいそうー」
ノークの隣に座るベスが、全然可哀そうだと思っていない声で相槌をうつ。
「そろそろお昼にしましょうか」
見かねたのか、ティーカップを片手に、奥のテーブルでくつろいでいたミノリが声をかけてくれた。
メバエはノークとベスに分からないように、ほっと一息ついて、職場を離れた。
「あーはらたつ!」
メバエはさきほどコンビニで買ってきたリンゴジュースをテラス席に座って飲みながら、そうつぶやいた。
「なんであんなに偉そうなんだろう!」
何度思い返しても腹が立つ。
「まぁまぁ。ミスは改めて次から頑張れば認めてもらえるって」
真夏の日差しを受けながら、四角いテーブルの上に身を横たえたルナが眩しそうに目を細める。
ちなみに、メバエの観察眼が上達しているせいで、ルナの外見はメバエが学園の生徒だった時にくらべて実際の猫により近づいている。
「あんな人に認めてもらいたいわけじゃないし!」
とメバエの怒りはおさまらない。
「先輩だって、悪い人じゃないわよ」
ルナは続けていったが、メバエは「そーゆー問題じゃない!」と一蹴した。
メバエの上にも、夏の日差しは容赦なく降り注ぐ。
しばらくして、少し落ち着いたのか、メバエはぽつりと言った。
「今日、仕事の帰りに学園に寄っちゃおうかな」
「あら、いいわね」
ルナのひげがピンとはねた。
その日の夕方、幽世学園の「静かの森」に、メバエの姿はあった。
この森の広場の中央には、大きなデフォルメされたひよこのモニュメントが建っている。
一年半前、メモリ先輩と一緒にこのモニュメントの前で立ち話をしたことを、メバエは思い出していた。
メモリ先輩は言った。
歴代の学園生徒が、困ったことがあればこのモニュメントに祈りを捧げた、と。
私もいつか、困ったことがあればここにくるわ、とも言っていた。
そんなことを思い出して来てしまってみたが、もちろん、誰の姿も見当たらない。
メバエはモニュメントのそばにあるベンチに腰掛けた。
鞄をベンチに置くと、ルナがその隣に座って丸くなった。
夏の夕方、日の入りはいつもよりだいぶ遅い。
どれくらいそうしていたろうか、気づくと日はとっぷりと暮れ、あたりは虫の音色で包まれていた。
メバエはスマホを取り出した。
とある人物に電話をかける。
「あ、メモリ先輩ですか?お久しぶりです。ちょっと今度お話できますか?あ、はい、では次の土曜日に。場所はランド本島の北の――」
空には細い三日月がくっきりと浮かんでいた。
すぐに次の土曜はやってきた。
メバエとメモリは、二人ともすでに幽世学園の生徒ではなく、幽世ランドの職員、つまり社会人として働いており自立しているので、オフの日の服装はそれぞれお互いの好みでまとめられている。
この日のメバエのいで立ちは、大きくて白い四角い襟のついた、水色のワンピースで、膝上まであるAラインが特徴的な一張羅であった。
対してメモリのいで立ちは、こちらも大きくて白い丸襟の、肩の部分がぼわんとふくらんだお姫様チックなピンクのワンピースで、丈は足首まであるものである。
二人とも肩から斜めにかける小さなポーチを提げており、幽世ランドに共通する流行ファッションを二人がまめにチェックしていることをうかがわせるものであった。
「言い方の問題なんですよね!」
早速、メバエは職場の愚痴をメモリに打ち明けていた。
土曜の午後、現実世界からの訪問者が少ないことで有名なこの町では、主に幽世ランドの職員が休日を楽しんでいる。
メバエとメモリは、歩行者天国となっている商店街のある中央通りに設置されているカフェテラスで向かい合って食後のティータイムに突入していた。
「だいたい、もっと思いやりというものを――」
メバエの口元に、ひとさじのスプーンが寄せられる。
それは、更なるメバエの発言を遮るための、メモリの差し出したものだった。
「メバエ」
そう呼びかけて、メモリは続ける。
「現実世界からの訪問者は学園生徒ほど清らかではないわ。当たり前のように嘘をつくし、他人の悪口だって言う」
「そういう感情はAiやツクモで処理しろって学ばなかったのかしら」
メバエは思わず叫ぶように発言していた。
「ふふ、メバエも相当、訪問者の影響を受けているわね」
「そんなことないですよ!」
メモリは静かに視線を下げて続けた。
「他人を変えようと思っても無駄よメバエ。必死に働いていればそりゃ相手の態度が自然に変わっていくこともあるけれど、基本的に意地悪な相手に期待しても無駄よ。特に現実世界の人間を信用しては駄目」
メモリの発言があまりに深刻に思えたので、メバエは勢いを失してしまった。
「はぁい」
そう言って、メバエはパフェのスプーンをぺろりとなめた。
そして、
「先輩も色々あったんですね」
と、意地悪な目をしてメモリを見やった。
「まぁね」
と、メモリも意地悪な笑顔でメバエを見つめた。
「そういえば、この町の思い出横丁でよく当たる占いをしているのよ。行ってみない?」
「おー!行ってみたいです!」
そんなわけでメバエとメモリは、連れだって歩行者天国を突き抜けて裏路地の方へと入って行ったのだった。




