No.025 / それぞれの進路
同じころ、幽世学園の島の入り江に、一台のマイクロバスが停まっていた。
ここ幽世ランドというVR空間にあって、バスを引くのは二頭のドラゴンで、無論、バスは空に浮いている。
今、大勢の生徒に見送られ、一年生のクラス萌黄のシュゴ・エンゴと、二年生のクラス群青のダイダイ・譜詩が、その宙に浮かぶバスに乗り込もうとしていた。
「あっちに行っても元気でねー!」
見送る生徒たちの中からそんな声があがる。
「みなさん、お見送り、ありがとうございます。またお会いしましょう!」
と、エンゴとダイダイは笑顔で挨拶をしている。
「今年はあの二人か」
と、見送る生徒たちの最後列にいて、彼らの様子を見守っていたノマ先生が、隣に立つ所沢先生にぽつりと言った。
ふたりとも、好みのコートを着てマフラーを巻き、身を小さくしながら寒さに耐えている。
「寂しくなりますねぇ」
と、彼らの様子を見つめながら、所沢先生が言って、白い息を大きく吐いた。
人だかりの真ん中あたりに陣取っていたカシャク・セキは、隣に立つショウメイ・アカシに向かい、ひそひそ声で「二人の転校先ってどこなの?」と尋ねた。
「さぁ。でも学園内の別の島なのは確かですよね」
とアカシは答える。
生徒たちは皆、二人は転校することになったということ以外、詳しい話は聞かされていない。
エンゴとダイダイがバスに乗り込み、いよいよ別れの時となった。
「みなさん、今までありがとうございました」
「ではまた」
エンゴもダイダイも、どこか晴れやかな顔をしている。
見送る側のカチ・まねは、「社会人になったらまた会いましょ!」と大きく手を振って二人を見送った。
しかしこの別れは、二人にとってこの世界との永遠の別れを意味するのであるが、まねは勿論、生徒たちはみな知らないのであった。
その夜、まねは寮の机に向かいながら、自分が言った「社会人になったら」という言葉を頭の中で繰り返していた。
「社会人」にななるって、一体私はどんな職につくのかしらね。
他人事のようにそう考えてみるが、いつまでもそれじゃあいけないことくらい、自分が一番よく分かっていた。
ややあって、まねはツクモのヘビに命じてヘッドセットを装着した。
目の前が薄暗くなり、例のレポートが表示される。
【名前:市井 かち】
【よみ:いちい かち】
【性別:女】
【年齢:61歳】
【コールドスリープを選んだ理由:
おはよう、私。
目覚めて気分はどうだろうか。
スリープする前のことをどれだけ覚えているか分からないから、ここに簡単な経緯を書いておくよ。
私はとある大富豪の経理を担当していた。しかしある日ちょっとしたミスでクビになってね、腹いせにとある仕返しをしてやったら追われる羽目になってしまって、それでスリープを選んだというわけ。
その仕返しの内容を、スリープから目覚めた私は覚えているだろうか。詳しくは書けないけれど、金にまつわることだということだけ記しておく。
未来はどうだい?
どんな生活をしているんだろうね。
まさか未来まで私を追ってくる奴もいないだろうから安心してスリープに入るが、果たしてどうだろうかね。
未来では普通の生活がしたいものだ。
未来での成功を祈っているよ。】
改めて最後まで読み終わり、まねは大きくため息をつく。
「お金にまつわることが得意なのかしらね、やっぱり。ヘビはどう思う?」と自分に巻き付いているツクモに声をかけた。
腰まである長い癖毛の中から小さな頭をもたげたヘビは、
「合ってると思うよ」
と短く答えた。
「あんたに聞いてもなんでもそう答えそうよね」
とまねは再び大きくため息をつく。
「そんなこと、ないよ」
とヘビは言うが、本当のところ、どうなのだろうか。
「でも、とりあえず、進路、決定しちゃおうかな」
そうつぶやいて伸びをしたところで、同室のフミ・あやが「なになに?」と後ろからのぞきこんできた。
「ふふ、進路、決めたの。一応」
と、まねは満足そうな顔をして、あやに答えるのだった。
窓の外では、昼から降り始めた雪が地面に積もり、一面の銀世界を形成している。
季節は冬――幽世学園クラス萌黄の生徒たちの、最初の一年が終わろうとしていた。




