No.024 / 決まらない進路
無事、年越しを終えた幽世ランドにも、現実世界と同じく寒波が訪れていた。
幽世学園では、長い春休みが始まっていた。
その中にあって、出席番号四番のカチ・まねは今、寮で机に向かい頭を悩ませていた。
「うーん、決まらないなぁ」
まねはたまらず、渋面を作って伸びをした。
「何が決まらないの?」
そう尋ねてきたのは、同じ部屋のフミ・あやである。
「進路。あやは決まったの?」
机の隣に据えてあるベッドに腰を降ろしたあやに、まねはすがるような視線を送る。
「あたしは普通に事務。なんでもいいから事務。取柄らしい取柄もないしねー」
そう言って、あやは頭の上にのせているツクモのたぬきを胸に抱いた。
「取柄かぁ」
まねはとっかかりを見つけたように、ひとりそうつぶやくのだった。
一方そのころ、弓道部で稽古をするジガ・メバエのもとを、卒業し、元部長となったキオク・めもりが訪れていた。
「めもり先輩!新生活の準備は終わったんですか?」
メモリ先輩のいで立ちは、既に学園の生徒ではないため、ベージュのコートに黒のミニスカートといった、幽世ランドの流行を取り入れた一般的なものとなっていた。
「ふふ、暇だから来ちゃった。ちょっと出ない?」
そんなメモリ先輩に誘われる形で、二人は学園の小道を歩き始めた。
「先輩は社会学の研究員になったんですよね」
前回めもり先輩に聞いた話では、確かそんなことを言っていた。
「そうね。数字を追うのが好きで、気が付いたらそんな仕事に決まってた」
そう言って、めもり先輩は笑顔をみせる。
いつも穏やかなめもり先輩が笑顔を見せると、大きくてあたたかい何かに包まれたように感じられる。
「いいなぁ」
と、メバエがぽつりとつぶやく。
「あら、メバエは進路、どうしたの?」
めもり先輩が尋ねる。
「工学系で研究員になろうか、現場担当になろうか、迷ってるんですよね。VR内の建築に興味があって、どちらも魅力的なんですよね」
そう言ってメバエは口をとがらせた。
「ふふ、メバエ、ちょっとこっち」
そう言って、めもり先輩は意味深な視線を前方へ向け、そちらを指さしてからメバエを見て笑った。
めもり先輩が連れてきてくれたのは、周囲をぐるりと木々に囲まれたこじんまりとした広場だった。
出入口にある木製の矢印型の看板には、「しずかの森」と記されている。
めもり先輩は中央の大きなモニュメントの前に立った。
そして、「メバエにこれを見せたかったの」と言った。
供そのモニュメントは、はげしくデフォルメされいちじるしくパーツを丸くしたアヒルの雛の巨大な像であった。
巨大な像にしたものだった。
今、そのなだらかなフォルムを形成する巨大な頭には、白い雪がこんもりと積もっている。
「か、かわいい、んですかね、一応これ」
メバエが反応に困っていると、めもり先輩は笑って、
「そうじゃないの。この銅像、実は製作者が分かっていないの」
と言った。
めもり先輩の真意をつかみ損ねていると、めもり先輩は続けて、
「でもね、学園の先輩たちは、迷いがあるとこの銅像に手を触れて祈ったというわ。すると不思議なことに頭の中がクリアになってゆくんですって」
と言った。
「めもり先輩も祈ったりしたんですか?」
とメバエが問うと、めもり先輩は
「ええ、しょっちゅう」
と言って、顔をくしゃりとして笑顔を作ってみせた。
そして、しばらくの沈黙をやぶって、めもり先輩は次のように語った。
「迷いって、不思議なもので、結局は自分で決めるものだとしても、迷う過程はできる限り吟味したいじゃない?するとどんどん手を広げちゃって収集つかなくなっちゃうの」
メモリ先輩の目は、巨大なアヒルの像の、真ん丸としたつぶらな瞳を捉えているようであった。
「分かります。決めるのが怖いというか、面倒にもなるんですよね」
と、メバエは自分の思うところを述べた。
「そうなのよね」
メモリ先輩は口をつぐむ。
メバエがその顔をじっと見つめる。
きんと冷えた空気があたりに満ちている。
「わたし――」
めもり先輩が口をゆっくりと開いた。
「私、卒業しても、迷ったらきっとまた、ここに来るわ」
なぜかその顔がすがすがしく感じられたので、メバエもつられて、「私も!迷ったらここに来ようと思います!」となかば叫ぶように発言していた。
「あら、じゃあ、ばったり会ったらお茶でもしましょうね」
めもり先輩にそう言われ、メバエは「はい!」とめいっぱいの笑顔を返すのだった。
春休み独特の、制約から解き放たれたような、それでいて緊張感のある、ゆっくりとした時間が流れてゆく。
空からは、白い小さな雪の結晶たちが、ちらちらと軌跡を変えながら不規則に降り注いでくるのだった。




