No.023 / ユウスの歌
時計の針は15時をまわった。
学園祭の盛り上がりはピークを迎えており、現実世界からの訪問者や幽世ランドの職員、はたまた学園の生徒まで入り混じって、幽世学園前の広場に設けられた野外ステージは大賑わいとなっていた。
「はーい!それじゃあ学園祭のラストは、カラオケ大会だー!!レッツゴー!!」
DJのボルテージは最高潮である。
舞台では、所沢先生やノマ先生をはじめ、教師陣のカラオケが続き活況を見せている。
大勢の観客の中にあって、ショユウ・ユウスは、ひとり複雑な思いを抱えていた。
「シーサー、ヘッドセット装着」
ユウスにより「シーサー」と呼ばれたのは、ユウスのツクモである。
美術部のユウスは絵を描くのが得意だったらしく、沖縄のシーサーという比較的複雑なモチーフをツクモの形に選んだ。
そのツクモは、今、ユウスの頭の上に乗っかっていて、「らじゃ」と快い返事をした。
【名前:本墨 ショユウ】
【よみ:もとずみ しょゆう】
【性別:女】
【年齢:38歳】
【コールドスリープを選んだ理由:
私がコールドスリープを選んだ理由は、ひとえに「何か面白いことが起こりそうだったから!」です。
この記録は未来の自分が見るということで、目覚めた私へのメッセージを書きます。
未来の私、目覚めてみてどうですか?
過去のことはどのくらい覚えていますか?
未来は明るいですか?
一応、忘れていたときのために自己紹介をしておくと、私は歌手をしています。
これでも結構、売れています。
ファンもたくさんいます。
今回の私のスリープでは、ファンをおおいにわかせました。
ふふ、皆のあわてふためいた様子は気味が良かったです。
趣味は絵を描くことと、やっぱり歌うこと。
2回結婚していて、子供はおらず、今は独身です。
未来はどんなですか?
正直、現在の世界には飽き飽きしています。
未来はさぞかし珍しいものにあふれ、輝いているのでしょうね。
未来の自分が心底うらやましいです。
いいなぁ。(略)】
ここまで読んで、ユウスは大きなため息をついた。
正直、今の自分には自信が持てない。
スリープする前の自分は、歌手だったというだけあって、自信まんまんだったのだろう。
うらやましい。
しかし、このままでいいのか?
スリープ前の自分は、なんて書いている?
今の俺を、「うらやましい」と言っているのだ。
そんな俺が、彼女以上に幸せにならなくてどうする。
ああ、彼女の自信を分けて欲しい――。
ユウスは、人込みの中、大きな空を見上げて、そうして再び小さな自分に視点を戻し、よしと、大きく息を吐いた。
「すいません!歌います!」
と、ユウスは手を挙げた。
10分後、ステージの上にはユウスの姿があった。
歌は、本墨ショユウの『最果ての君へ』。
はじめは静かに始まり、段々とテンポをあげてゆくこの曲は、素人にとっては難しい部類に入るだろう。
しかし、スリープ前の自分は歌っていたのだ。
今、俺に歌わないという選択肢はない――。
ユウスは懸命に歌った。
すると最初は緊張していた喉も次第にあたためられてゆき、歌い終わるころには観客総立ちのアンコールまで湧き起こり、結局、三曲も歌うこととなったのだった。
ユウスの歌を聞いていた観客の中には、写香の姿があった。
写香は、目から心臓が飛び出んばかりに興奮しており、それがステージの上からでもよく見えた。
また、その隣には、同じクラス萌黄のジョメイ・スクイと、その隣に見慣れない女子生徒の姿もあった。
みんなが、俺の歌を聞いてくれている――。
会場は一体となり、ユウスは気が付けば上半身の学生服を脱ぎ半裸になり汗だくになって歌っていた。
野外ステージの一番後ろ、人気もまばらでステージの音も反響して聞こえるようなところに、ロックの姿があった。
彼は一人、幽世学園を離れ、幽世ランドから現実世界へと戻って行った。
「ただいまー」
現実世界、都内某所――。
とあるマンションのリビングに、ぼさぼさの黒髪のまま、大きなおなかをした小太りの若い男が奥の部屋から現れた。
「流君、おかえり。ふふ、ロックって言ったほうがいいかしら。どうだった?幽世ランドは」
そう声をかけるのは、流と同年代の妻、石清水真美である。
「よかったよ。知り合いもできたし。今度、家族で行こう」
そう言いながら、流は眠そうな目をこする。
「ヤスとリコも、今度一緒に行こう。もういい年齢だろう。楽しいぞ」
呼ばれて、リビングのテーブルで携帯型ゲームをしていた双子の兄のヤスが、「ゲームできるの?」と尋ねた。
同時に、双子の妹のリコが「あ、ずるい、私もゲームしたい」と重ねて言った。
「今、みんなでやればいいじゃない。幽世ランドでは別の遊びが待ってるんだから!」
と、母親である真美が言う。
「わ!母さんが怒った!」
「怒った!」
口をそろえるヤスとリコに、真美は「怒ってません!」と笑いながら怒鳴っている。
そんな風景を、流はいとおしそうにながめやる。
日が暮れ、マンションでは、一部屋、また一部屋と明かりがともってゆく。
自分たちを待ち受ける運命を、まだこの時、誰も知らない。
今はただ、幽世ランドと季節を同じくし、十月を迎えた世界の中で、現実世界の人々は普段通りの生活を営んでいるのだった。




