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No.019 / 写香の悩み(2)


「おやまぁ、気まず」

「気まず」

写香の説明を聞いて、カイホウ部長とシンエン副部長がぽつりとつぶやいた。


「僕、本当にどうしたらいいのか分からなくなって。なんだかユウスの顔を見るのも恥ずかしくなってしまって……」

写香は宙を見つめながら説明を続けた。

「なるほどなぁ。みんなスリープ前の情報には悩まされてんなぁ」

カイホウ部長がぼそりと言う。

「『みんな』?二年生にも同じような人がいるんですか?」

写香は救いを求めるような心持で顔を上げた。

「ああ、聞く限り、みんな多かれ少なかれ悩まされてんな。なかでも、リッパ・シンシ、リン・ミス、タイシ・ボイ、ビカ・花。この4人は家族だそうだ。それも当時の政財界を追われてのスリープだったらしい」

「それは……色々とありそうですね」

政財界と芸能人の追っかけは、誰が見ても釣り合わない話のように思われた。

「ああ。学園生活が始まってから4人でよくつるんでるのを見かけるが、軽い喧嘩ならしょっちゅうしてるぜ」

「へぇ」

残念ながら、その家族の問題は、今の写香の悩みの解決には役に立ちそうには思えなかった。


「それにな」

そう言うと、カイホウ部長は上体を写香の方へと向けた。

部長と写香の間には、シンエン副部長がちょこんと座っている。

「このコドク・シンエンと、朧・ホウシン。この二人はどうやら不倫の恋人同士だったらしい。こっちも学園生活が始まってからよくつるんでるよな。さすがに今は女同士で不倫もクソもねえみたいだけどな」

「へぇ」

写香は、言われてそっと、シンエン副部長の顔に目をやった。

政財界の話よりは、写香の悩みに近いように思われた。

しかしシンエン副部長はさきほどと変わらぬ面持ちで缶ジュースを両手で握りしめてそれを見つめて沈黙しており、無理に話を聞きだすのも失礼な気がしたので、写香は何も問わないでいた。


「ま、スリープ前の情報に関しちゃ、みな色々あるってことだ」

カイホウ部長は、再び上体を前になおし、空を仰いだ。

「それでもこうして学園生活を送って社会に出ていこうとしているわけだ。だからお前もがんばれよ」

カイホウ部長は、部長なりに励ましてくれているようである。

写香には、その心遣いがうれしかった。

「はい。なんだか元気づけられました。ありがとうございます」

心からの言葉だった。

「よし、そろそろ部活に行くか」

と、カイホウ部長が満足気に言う。

「よし、行くか」

と、シンエン副部長が合いの手を入れる。

「はい」

写香たち三人は、夕暮れの中を部活塔まで歩いてゆく。

周囲の林からは、まだまだ元気な蝉たちが、大合唱で迎えてくれていた。


夜、ひとり寮のソファに座ってくつろいでいた写香であったが、がばと起き上がると、

「あーあ。そうは言ったものの、問題は何ひとつ解決してないんだよなぁ」

と宙を仰いだ。

「スター、お前、どう思う?」

写香は、左肩に乗っていた自分のツクモに声をかけた。

「写香は、ユウスのこと、どう思ってるの?」

いきなりストレートに尋ねてくるのは、Ai故だろうか。

写香はそんなことを思いながら、「うーん、よくわかんない」と本音をもらした。

ツクモ相手に悩み相談なんて、なんだかバカバカしくなってきた。

そう思った写香は、立ち上がりクローゼットへと向かうと、いそいそと風呂の準備を始めた。

「もやもやはお風呂で流しちゃおう。うん、そうしよう」

寝巻を準備しながら、そんな独り言を口にして、必死にごまかそうとしているのは一体自分の中のどんな感情なのだろう。


風呂へと向かうべく、寮の部屋を出た瞬間であった。

どん!と何かが写香の体に強く当たった。

「わっ」

思わず声を出した写香の目の前にいたのは、ゆるいタンクトップの下、肌をあらわにしたショユウ・ユウスであった。

「いてて。おう、カタク。今から風呂か?」

自分に接しているユウスの体を引きはがそうと手を伸ばすと、写香の鼻を石鹸の香りがくすぐった。

ほかほかとした湯気が見えそうなユウスのいで立ちに、写香の顔は真っ赤になった。

「今、お風呂?」

写香の口からぎこちない言葉がもれる。

「おう。いい湯だったぞー。じゃあなー」

首元で癖のある黒髪を一つに束ねたユウスの後ろ姿を眺めながら、写香は大きくため息をついた。

「先が思いやられるなぁ」

ひとり廊下にへたりこむ写香の鼻に、いつまでもユウスの残り香が漂っていた。


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