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No.018 / 写香の悩み


抜けるような青空に白い雲が浮かび、校舎を囲む林からは蝉の大合唱が聞こえている。

幽世学園にも、夏がやってきた。


「おーいカタク、この段々ボールも持って行ってくれ」

そう声をかけられ「はーい」と返事をするのは、クラス萌黄の出席番号10番のカタク・写香しゃこうである。

写香は指定された段ボールの下に両手をすべりこませ、全身に力を入れて持ち上げる。

7月に入り、気温は30度を超えている。

VR内に生きる人間でも、汗はかくのだなと、写香はそんなことを思う。


「みんなー!暑いから水分補給はこまめにするのよ!」

と声を張り上げているのは、クラス萌黄の担任、所沢先生である。

「でも先生、この時期に一二年総出で倉庫の整理なんて、何の意味があるんですか?」

蝶のツクモが頭上を舞う、カシャク・セキが尋ねる。

「この作業を終えておくと、秋の学園祭での準備が楽になるのよ」

と所沢先生は説明する。

「学園祭はどんなことをするんですか?」

肩におまんじゅうのようなツクモを乗せたジョメイ・スクイが尋ねる。

「部活動ごとに模擬店を出すの。一般のお客さんもこの島に呼んでね。盛り上がるわよぉ」

その言葉を聞き、段ボールを運んでいたクラス萌黄のメンバーは皆、顔を見合わせ高揚する。


「そんなわけで、将棋部は部長の俺が仕切るからな!しっかりついてこいよ!」

ざわつく生徒たちの中で、そう声を張り上げたのは、将棋部部長、二年のクラス群青のフクシュウ・カイホウである。

スキンヘッドで色白、目の細いカイホウは、がははと笑いながら段ボールを運んでゆく。

その背中を、部員である二年のコドク・シンエンと、一年のシュゴ・エンゴ、それに写香が苦笑いをして見守っている。

「あはは、元気があってよろしい!」

所沢先生の一声で、写香たちは顔を見合わせ赤くなるのだった。


夕方になると、作業はあらかた終わり、先生の指導のもと、学生たちは自然と解散の流れになった。

「うーん、疲れたなぁ」

と、カイホウ部長が背伸びをする。

最後の段ボールを運んでいる写香とシンエン副部長を横目に、ひとり座ってスマホを見ていたエンゴが、「もう夕方ですよ。17時だ」と時刻を告げた。

「今日はいつも通り部活を行うが、休みたい奴は休んでいいぞ」

とカイホウ部長が部員3名に対して言った。

「じゃあ俺はここで」

と手を挙げて立ち上がったのはエンゴである。

一方のシンエン副部長と写香は、二人そろって部活に出る旨を報告する。

そんな写香が、「あの、カイホウ部長。おりいって相談があるんですが」と声をかけた。

「お、深刻な感じか?」

とカイホウ部長が切り返す。

「私、席、はずそうか?」

とシンエン副部長が言うのを、「いえ、お気遣いなく」と写香は断る。

「じゃあ、公園に寄ってから部室に行くか」

カイホウ部長の一声で、三人は学園に併設されている公園へと向かうこととなった。


三人が公園へ向かって歩いていると、向かいから歩いてくる人影があった。

背は写香よりも高く、わずかに癖のある黒い長髪を首の後ろでまとめているのが見える。

それが誰か判明した途端、写香の顔は真っ赤になった。

「こんにちはー」

すれ違いざま、当人が声をかけてきた。

「カタク、またなー」

と、写香ひとりへの気遣いも忘れない。

「ま、またっ」

すっかりかたくなってしまった写香の有様に、カイホウ部長とシンエンは首をひねるばかりである。


「で?話って何よ」

近くの自販機で各々好きな飲み物を買い、公園のベンチに腰掛けたところで、カイホウ部長が口火を切った。

しばらくの沈黙の後、写香は重い口を開いた。

「カイホウ部長、スリープ前のことって、どの程度気になりますか?」

「なるほどな、スリープ前の自分についての悩みか。こりゃあまた、やっかいだな」

「やっかい」

シンエン副部長がみじかく合いの手を入れる。

「僕のスリープ前って、『花卓』っていう女性だったみたいなんですけど――」

「ああ、待て待て。話を聞くのは面倒だ。スリープ前のレポートを共有ってのはできるか?」

言われて写香はなるほど、と思った。

「はい、今手配します。スター、ヘッドセット装着」

「スター」とは、写香の左肩に乗った星形のツクモである。

「バット、ヘッドセット装着」

カイホウ部長がそう言うと、何もない空間から一匹のコウモリが出現した。

どうやら、訓練を重ねると、ツクモを消したりできるようである。

こうして、先輩たちとの交流の薄いエンゴと、写香との間に溝ができてゆくのだなと、写香は思った。

「クロウ、ヘッドセット装着」

シンエン副部長がそう言うと、カイホウ部長と同じように、何もない空間に一羽の烏が躍り出た。


「スター、カイホウ部長とシンエン副部長と、例のレポートを共有できる?」

写香がスターに尋ねると、スターは「できるよ、ちょっと待ってね」と言って作業に移った。


【名前:人形 花卓】

【よみ:にんぎょう かたく】

【性別:女】

【年齢:33歳】

【コールドスリープを選んだ理由:

未来の私、元気ですか?今の私は、期待と不安で胸が張り裂けそうです。なんといっても、あの伝説のバンドボーカル「ブックペン・書優」と同じルームに入ってスリープできるのだから!私も、まさか同じルームを選べるとは思ってもみませんでした。今まで毎日、嫌な仕事を引き受けたりして、真面目に生きてきた甲斐があるというものです。まさか書優と同じルームでスリープすることができるなんて!(何度でも書きます)ここぞというところで運を引き当てたって感じです。一つのルームにつき12人なので、書優と一緒にスリープできたのは11人です。思えば、私の人生は、いつも書優とともにありました。はじめて書優のことを知ったのは、私がまだ中学生の時のことです。ネットでたまたま見た書優に心奪われて、それから毎日彼の歌を聞く日々となりました。お小遣いはすべて彼のために使いましたし、働きだしてからも余った時間とお金はすべて彼のために使っています。彼がスリープすると決めたときの衝撃は忘れることができません。……】


「なるほど、芸能人を追いかけてスリープ、ねぇ」

カイホウ部長は宙を見つめてそう言った。

「このレポートの中の『書優』というのが、さっき道ですれ違った、同じクラス萌黄のショユウ・ユウスなんですよね、たぶん」


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