No.017 / エンゴの部活選び(2)
茶道部をあとにしたエンゴとスクイは、美術部の部室へとやってきた。
「こんにちはー。部活見学に来ましたー」
挨拶をすると、すぐに内からも挨拶が返ってきた。
「あらあら、よく来たわね、どうぞ、ゆっくりしていってね」
出迎えてくれたのは、エンゴやスクイよりもひとまわり体格の大きい、黒髪ロン毛の男性?だった。
目じりに赤いメイクを施したその男性は、「はじめまして、部長のリン・ミスよ」と手を差し出してきた。
握手を返しながら、案内されるままに部室の中へと足を踏み入れてみると、そこには同じクラス萌黄のショユウ・ユウスと、カチ・まねがいて、キャンバスを向かい合わせにして互いの顔を描いていた。
ユウスのキャンバスをのぞいてみたが、お世辞にも上手とは言い難く、本人に感想を尋ねられたエンゴは、もごもごと下手な返しをしたのだった。
その他のメンバーは、もう一人、小柄な黒髪ロン毛の女性がいて、彼女はクラス群青、つまり二年の、副部長の「ビカ・花」だと名乗った。
美術部に入れば、当たり前だけど黙々と絵を描くんだよな。
なんだか退屈しそう。
僕には合わないかなぁ。
エンゴはそんなことを考えながら、スクイとともに美術室をあとにした。
次に訪れたのは、弓道部だった。
弓道部は屋外にあり、数名しかいない弓道部員のためだけに、本格的な弓道場が設けられていた。
すとん!
といい音がした。
見ると的の中央に矢が命中しており、道場の中央で一人の女性が構えを解いていた。
癖のある黒髪ロン毛に下がり眉の女性で、たずねると、彼女は部長の「キオク・メモリ」と名乗った。
見ると道場の後ろの方に小柄な人影も見えて、誰かと思えば同じクラス萌黄のジガ・メバエとショウメイ・アカシだった。
二人は「見に来てくれたんだー」「エンゴ君、弓道部にしなよ」と言ってくれた。
エンゴは「えー、どうしようかなぁ」などとにごしていたが、女子二人に囲まれてきゃっきゃと騒がれるのは、正直言って悪い気はしなかった。
残りのメンバーとして、二年の副部長、金髪ショートで好青年風の「ナカヨシ・供」が、自己紹介をしてくれた。
和気あいあいとした雰囲気で、風通しはとてもよいもののように見受けられた。
弓道部に入ったら、毎日こうして楽しい時間が過ごせるのか。
でも、僕、運動音痴だしなぁ。
そんなことを考えながら、エンゴはスクイと弓道部をあとにしたのだった。
次に訪れたのは、馬術部だった。
こちらは校舎から離れた場所に、非常に大きな馬場が設けられていた。
見ると一頭の馬がさっそうと場内を駆けている。
目を凝らしてみると、乗っているのは小柄な女性のようで、髪の毛をすべて頭のてっぺんでまとめ、それが後ろに気持ちよさそうになびいているのが目に入った。
「彼女は、部長のリッパ・シンシ。俺は副部長のタイシ・ボイだ」
そう自己紹介をしてくれた少年は、見た目は気の強そうな顔をしているが背は低く、エンゴやスクイよりも二回りは小さい。
「乗ってみるか?」
ボイにそう言われ、断ろうとしていると、背後から「あら!乗りなさいよ!」と声がした。
誰かと思い振り向いてみると、そこには同じクラス萌黄のカシャク・セキがいた。
その後ろには、ナミカゼ・シノギも見える。
エンゴは突然あらわれたセキを前に、顔を真っ赤にして、「いい!いいよ!」と激しく首を振って断ったかと思うと、逃げるようにエンゴを連れて馬場をあとにしたのだった。
最後に訪れたのは、校舎の部活塔の一室にひっそりと設けられている、将棋部だった。
がらりと引き戸を引いて中をのぞいてみると、スキンヘッドの男性が振り返って「勝負の最中だ」と、みじかく言った。
そのあまりの圧に、スクイとエンゴは、「すみませんでした」とだけ言い、その場をあとにした。
ちらりと見えたが、部室の中央では、二人の人物が将棋盤を挟んで向かい合っていた。
背中を向けていて分からなかったが、たぶんあれは同じクラス萌黄のカタク・写香だったと思う。
仮に将棋部に入ったら、いつもあの雰囲気かぁ。
きつそうだなぁ。
エンゴはそんなことを思うのだった。
時刻は18時になろうとしていた。
太陽は西の空に沈み、夕焼けで空が真っ赤に染まっていた。
エンゴは、学園内の公園に設けられたベンチの一つに座って、大きくため息をついた。
「どう?決まりそう?」
隣に座るスクイが、エンゴの顔をのぞきこむ。
しばらくの沈黙のあと、エンゴは重い口を開いた。
「うーん、僕、ダメなんだよね」
「ダメって何が?」とスクイが問いかける。
「こう、何か決めなきゃいけないってなると、途端に面倒くさくなっちゃって先延ばしにしちゃうっていうか」
エンゴは言葉を選びながらゆっくりと続ける。
「なんで俺ってこうなんだろ。みんなすごいよな。新学期が始まってすぐに部活てきぱき決めちゃってさ。いいなぁ、楽しそうで」
最後は独り言になってしまった。
「ごめんね、なんか」
そう言って、エンゴはスクイの顔を見た。
スクイは、真面目な顔をして、「同室のよしみで言うんだけど」と前置きをした。
「エンゴ君に足りないのは、覚悟だと思うよ」
「覚悟?」
「そう。ここで生きていく、これからここでやっていくっていう覚悟。覚悟を決めればあとはやるだけだからさ、そのふんぎりがついていないんだと思うよ」
エンゴは「そう見える?」と返した。
スクイは「うん」と言い、それでなんとなく会話は終わってしまった。
学生寮に戻ろうと立ち上がったスクイを先に帰して、エンゴはひとり、公園の芝生にあおむけに寝転んで、あがってきたばかりのまんまるの月を眺めていた。
「コピー、ヘッドセット装着」
そう命じると、頭の上のほうで所在なげにしていたツクモのコピーが、「らじゃ」と返事をした。
エンゴの目の前に黒い帯が現れ、耳にイヤフォンが装着される。
エンゴの前に、スリープ前の自分が記したレポートが現れた。
【名前:荒木 朱吾】
【よみ:あらき しゅご】
【性別:女】
【年齢:13歳】
【コールドスリープを選んだ理由:
スリープをしたら今までのことは忘れてしまうかもしれないと言われたので、仕方なく書きます。私は今、中学一年生です。このあいだ中学校に入ったばかりだというのに、なんでスリープしなきゃいけなくなったかと言うと、パパが逮捕されたからです。報道番組でいきなりパパが逮捕されたのが映って、それを一人で見ていて知りました。ママにパパのことをたずねると、あなたは知らなくていいことだからと言って、何も話してくれません。最近、そういうことが増えているので、私は大人が信用できません。パパが逮捕されてから、家に大勢の怒った人たちが来ました。それで、パパが逮捕されて、私はママにスリープするように言われました。私はママとけんかをして、そのまましゃべっていません。もうママやパパのことなんか知りません。ママが私に本当のことを話してくれないのは、ママとパパが結婚していないからかもしれません。……】
エンゴの中に、一人の少女の像が浮かぶ。
しばらくその少女に思いを馳せていたエンゴは、ヘッドセットの下で、ぽつりと「覚悟かぁ」とつぶやいた。
そして、頭の上の方で遊んでいたコピーに、「コピー、俺、何部が合ってると思う?」とたずねた。
「性格的なものを考えると、将棋部かな」
と、コピーが答える。
「将棋かぁ。難しそうだなぁ」
とエンゴはぼやいた。
「大丈夫だよ。教えようか?」
とコピーが言ったが、エンゴは何も答えなかった。
しばらくして、エンゴは「いや、いい。自分で勉強する」と言って、その場に起き上がった。
ちょうどそのとき、コピーの受信音が鳴った。
コピーは「スクイからだよ。出る?」と機械音で伝えた。
「ああ、門限だ」
スマホで時刻を調べると、もう20時を過ぎていた。
あたりはすでにとっぷりと暮れている。
「折り返さなくていいの?」
というコピーに、エンゴは「うん。いいや。それより、月がきれいだから遠回りして帰ろう」と返した。
空に浮かぶまあるい月が、大きなエンゴと小さなコピーの、二つの影を、ゆらゆらと地面に落とすのだった。




