小型ノイジー掃討、三分の設計図
鉱山村までの道は、朝の冷気で固く凍っていた。山肌に口を開けた採掘坑、積まれた資材の影。乾いた粉塵が舞い、霊素の濃さを帯びた空気が頬にざらつく。
依頼票の内容は「小型ノイジー散発」「住民被害軽微」「輸送路の安心確保」。報酬は低いが、ログになる。それで十分だった。
村人へ軽く会釈し、灰色の犬――アストラを岩影に据える。
胸スリットの石が、かすかな光で応じた。
《戦闘モード起動――稼働限界:180》
《診断:石効率 +2%(暫定)/冷却応答 -5ms/ヴェイル位相誤差 -0.3°》
《安全条件:位相相関±0.5°超/石温+8℃で撤退》
(目標:群れを分断、一点突破、即撤退。追撃はしない)
ノイジーは個体では脅威が小さい。だが群れれば、霊素の擦過でヴェイルにノイズを蓄積させ、数字をじわじわと狂わせていく。静かな死を呼ぶ敵だ。
谷底で白い影が蠢く。四肢を持ちきれず、獣の残像のように滲む。汚れた魔素が形を借りて歩く存在。
接触――七から九体。
(まず入口を絞る)
採掘路の搬出路を選んだ。両側が岩壁、頭上に古いケーブルと滑車。投影範囲を狭く保てる。
簡易誘導魔符を三枚。風下に刺す。
// lure::emit_noise(delta_phase=+0.4°, period=0.7s)
甘い齟齬の匂いに、白い影が方向を変えた。
《165》
(時間配分:誘導20s/初撃20s/近接30s/余白は撤退)
ライフルに薄刃弾を装填。ノイジーの輪郭が曖昧な脚部を狙う。
閃光。二つの影が崩れ落ちる。残りが一斉にこちらへ――怒りも恐れもなく、ただ近い位相に引き寄せられて。
エッジブレードを展開。膜の周縁を針の目に絞り、相手が触れた瞬間に位相をずらす。
膜から滑り落ちた刃が、存在の継ぎ目に差し込まれる。
三体目が沈黙。四体目を蹴り飛ばし、岩壁に叩きつけて散らす。
《122》 石温 +3℃/ヴェイル誤差 +0.2°
耳鳴り。砂が膜を削るたび、HUDの片隅がざわめく。
梁の上へ回った二体。落下で乱れを稼ぐ典型的な動き。
(梁ごと落とせば簡単。でも退路に瓦礫は残したくない)
補助ワイヤで梁の角度だけ奪う。落下はするが、背後にずらせた。HB 1.2秒で横抜け。血が引く感覚――まだ許容。
尾の個体が遅れる。初期の誘導魔符を一枚切り、餌を減らす。遅れた影を狙い、膝を薄刃弾で落とし、二段の刃で断ち切る。
最後の二体は距離を測る仕草。学習の兆しだ。追わず、呼吸を整える。
「終了。撤退に移る」
声にして区切る。HBを二度、間隔を空けて踏む。追撃は来ない。谷を出るまで、何も撃たない。
風下に石の匂いを残さぬよう、ヴェイルを低出力で一定に保つ。
(安全条件内――撤退成立)
村に戻ると代表が遠くから手を振った。私は軽く返し、戦果ログを送る。数字が、証明だ。
ヤード。親方がレンチで装甲を二度、軽く叩く。
「入口を絞って、餌で分断。教科書みてえだな。“祀る前に、冷やせ”を守って帰ってきた顔だ」
端末に映る石ログ。
《ベース脈動 72→68(安定化)/操機士入力と0.12s逆相関/“庇い”挙動 2件検出》
「まだ庇ってる。暴走の前触れじゃなきゃいいが……密閉ベイで再現試験だ」
「了解。祀らない。冷やす」
胸スリットに手を置く。石の振動はさっきよりも整っていた。
組合の掲示板に「完了」の印。安い札でも、数字は嘘をつかない。
傭兵たちの囁きが変わる。「三分の石食い」から、「ログを残す操機士」へ。
受付嬢は冷たい声で告げる。
「確認しました。おめでとうございます、操機士。三分を歩き切ったようですね」
わずかな温度を持った言葉だった。
私は掲示板の札を横目に見やり、次の設計を胸に描く。
(反復で固める。三分の設計図は、今日で終わりじゃない)
灰色の犬が低く喉を鳴らした。次の効率的な戦いを求めるように。




