報われぬ計測
/grey_records/status_log.md
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Week 3 of Grey Cloak Operations
Mission Count: 12
- Decoy (囮): 7
- Salvage (残骸処理): 5
Survival Rate: 100% (personal)
Average Survival Rate (Grey Cloaks): 67%
Revenue:
- Grey missions: 正規札の32%
- Info broker: 正規札の68%
- Total: 正規札と同等
Status: 審査中(3週間経過)
Stone acceleration: 継続中(0.44s → 0.45s推定)
Note: 生きている。でも、報われていない。
私の端末の札は、三週間近く黄色に凍結されたままだ。
正規の傭兵組合が発行する任務札がなければ、私は組合員ではない。ヤードに立っても、もはや声をかけてくる者はない。視線だけが、私を通り過ぎていく。
彼らにとって私は、札を剥奪された「ノイズ」、あるいは「生けるスクラップ」だ。
任務は親方経由の灰色任務ばかり。正規部隊が入る前の囮、戦闘後の残骸処理、危険な露払い。
火器の使用は制限され、私はただ逃げ、計測ログを取り続け、生還する。
報酬は雀の涙だが、もっと堪えるのは、私のグレイハウンドが挙げた功績が、全て「空白」として処理されることだ。
ノイジーの群れを誘導して正規部隊の進路を開いたとき、通信からは「あの灰色外套、まだ生きてるのか」と嘲笑まじりの声が聞こえてきた。
彼らは私を名無し機としか呼ばない。私の技術も、命がけの計測も、制度の光には届かない。
◆
シーラは、今日も正規の札持ち任務で出撃している。
朝、ヤードですれ違った。彼女は私を見たが、視線をすぐに逸らした。挨拶はなかった。
彼女の機体のヴェイルの残光だけが、私の世界との境界線のようにヤードに残っていた。
私は拳を握る。爪が手のひらに食い込む。
/personal/isolation_log.md
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Day 21 of isolation
組合での孤立:
- 誰も話しかけてこない
- シーラは目を合わせない
- 受付嬢だけが、時々言葉をくれる
- 親方は変わらず、レンチで梁を叩く
理由:
「石が暴走する」
「巻き込まれたくない」
「0.45秒も先に動くなんて異常だ」
事実:
12回の任務、12回の生還
暴走は一度もない(最初の暴走以降)
でも、誰も信じない
結論:
恐怖は、データより強い
◆
夜、親方は整備を終えたグレイハウンドの脚元で、静かにレンチを置いて言った。
「お前が毎回持ち帰るログ。あれを制度に出しても、意味がねぇ」
親方は作業台の裏の、古びた引き出しを顎で示す。
「だが、裏で売れる。情報屋はもっと欲しがってる」
私は頷く。
「……もう、売ってます」
「知ってる」
親方は短く笑う。
「情報屋から聞いた。お前のログ、評判がいいそうだ」
「評判……」
「ああ。"消せないノイズ"として、な」
親方はレンチを握り直す。
「だが、いいか。裏で稼げても、表では認められねぇ。その矛盾を忘れるな」
「……はい」
◆
次の灰色任務の後、私は残骸と生ログを抱えて、情報屋の店を訪ねた。
埃っぽいカウンター、古い端末。情報屋は私の差し出したログをざっと見て、目を細めた。
「これは……さらにいい"ノイズ"だ」
彼は私の公式報酬の三倍の紙幣をカウンターに置いた。前回より、増えている。
「需要が高まってる。お前のログを欲しがる客が増えた」
「……どんな客ですか」
「聞かない方がいい」
情報屋は端末を操作し、私のログの特定の波形を指で叩く。
「これ。この微細な位相異常と、石の先行挙動。君のログには、毎回残っているね」
彼は端末を操作し、組合からの公式報告と私のログを並べた。
Comparison Log - Same Location, Same Time
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Official Report (組合):
- Threat Level: 低
- Anomaly: なし
- Completion: 通常ノイジー掃討任務成功
- Note: 異常値検出されず
Noct's Log (生ログ):
- Phase Anomaly: +0.4°(微細変動)
- Static Pressure: +2.1%(局所偏差)
- Stone Advance: 0.45s(先行挙動)
- Note: 自動補正前のデータ
Discrepancy: 完全不一致
Reason: 自動補正システムが異常値を削除
「組合経由の公式報告だと、この戦域に異常はない。ノイジーの種類も、全て低脅威度で処理されている」
私は身を乗り出した。
「組合は……異常値を隠してる?」
「隠している、というより、"自動補正"している。制度は、想定外のデータが増えるのを嫌うからね」
情報屋は続ける。
「組合の自動補正システムは、特定の閾値を超えた異常値を『計測誤差』として自動削除する」
彼は画面を二分割する。
「いいか。組合の自動補正は、『正常な石』を前提に設計されてる」
彼は左側を指す。
「正常な石は、異常値を検出したら、すぐに忘れる。制度の想定内だ」
そして右側を指す。
「だが、お前の石は『学習』する。異常値を記憶する。制度の想定外だ」
彼は私を見る。
「つまり、お前の石は――自動補正が効かないバグなんだよ」
私は息を呑む。
「バグ……」
「ああ。制度にとっては『欠陥品』。だが、俺たちにとっては『真実の記録者』だ」
◆
数日後、正規部隊が同じ戦域の任務完了報告を提出した。
公式記録は簡潔だった。
「残敵なし、異常なし。戦域のクリーンを確認」
一方、私のログには何が残っていたか。
/grey_records/mission_14_comparison.log
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公式記録 vs 私のログ
Location: 旧採掘路 第三層
Time: 08:42 - 09:15
Official (正規部隊):
- Status: Complete
- Threat: Low
- Anomaly: None
- Casualties: 0
My Log (灰色外套):
- Phase Anomaly: -0.3° (微細変動)
- Seam Trace: 検出(赤黒の痕跡)
- Static Pressure: +3.2% (局所)
- Stone Advance: 0.45s
- Note: 針の軌道パターン類似
Conclusion:
赤黒がいた。
でも、公式記録には存在しない。
制度は、都合の悪いデータを抹消している。そして、抹消したデータが、札を持たない私の記録として裏の世界で取引されている。
「札を持たない私の記録は、消せない。だから売れるんだ」
札を剥がされたことで、私は制度の外側に立ち、制度の嘘を暴く側に回ってしまった。
私の報われない計測が、裏の世界で唯一の価値となっている。
◆
ある日の昼、組合の食堂で、私は隅の席に座っていた。
灰パンと黒煮込み。味は変わらない。でも、食べる意味が変わった。これは、生き延びるための燃料だ。
周囲のテーブルから、小さな声が聞こえる。
「あれが、審査中の三分犬か」
「まだ灰色任務やってるんだってよ」
「よく生きてるな」
笑い声はない。ただ、距離だけがある。
その時、誰かが私の隣に座った。受付嬢だった。
◆
彼女はトレイを置き、黙って砂糖スープを啜る。
私は驚いて顔を上げる。
「……受付嬢さん」
「黙って食べて」
彼女の声は、いつもの平坦さ。でも、目だけが少し温度を持っている。
しばらくして、彼女が小さく口を開く。
「あなたのログ、組合で問題になってる」
「……問題?」
「裏で取引されてる、って」
私は息を呑む。
「組合は、あなたのログが流出していることを把握してる。でも、証拠がない」
「証拠……」
「あなたが直接売ってるわけじゃないから。情報屋が中継してるから」
受付嬢は砂糖スープを一口啜る。
「でも、時間の問題よ。いずれ、尻尾を掴まれる」
「それは……」
「審査中から、凍結になる可能性がある」
彼女の言葉が、胸に刺さる。
凍結。黄色から、灰色へ。完全な、排除。
「……どうすれば」
「石を交換すること。それしかない」
受付嬢は私を見る。
「新品の石なら、自動補正に従順になる。異常値は残らない。ログは売れなくなる」
「でも、札は戻る。組合員として、生きられる」
私は灰パンを握りしめる。硬い。指が痛い。
「……それは、真実を捨てることです」
「真実じゃない。従うこと」
受付嬢の声は冷たい。
「制度に従って、生き残ること。それが、私たちにできる唯一のことよ」
彼女は立ち上がる。
「考えて。時間は、あまりない」
受付嬢は去っていく。私は、彼女の背中を見送る。
/personal/choice.md
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選択肢
A. 石を交換する
- 審査が終わる
- 札が戻る
- 組合員として生きられる
- でも、真実は記録できない
B. 石を保持する
- 審査中が続く
- 灰色任務しかない
- いずれ凍結の可能性
- でも、真実は記録できる
監査官「いつまで?」
受付嬢「時間の問題よ」
情報屋「君の石は真実の記録者だ」
私の答え:
......まだ、決められない。
◆
次の取引で、情報屋はいつもと違う、分厚い紙の束を渡してきた。
「大口の案件だ。報酬は破格」
彼は私に、組合の地図にはない、古い縦坑の座標を示した。
「近くの縦坑で強い異常値が出てる。正規部隊が動いてるが、公式には"異常なし"って報告になる予定だ」
私は座標を端末に入力する。その縦坑は、以前シーラと合同任務で斥候に入った場所に近い。
その時、組合の掲示板の通知が鳴る。
《正規任務:縦坑戦域 集中掃討》
シーラ・ルクスのコールサインが、その任務欄で白い光を放っていた。
制度任務=シーラたちが出撃する、数字に守られた正規戦域。
裏任務=私が潜入する、札なしの灰色の戦域。
私は確信する。
「灰色の外套として潜れば、赤黒に届く」
情報屋が続ける。
「ただし、これは観測任務だ。撃つな。記録だけを持ち帰れ」
「……了解」
「報酬は、お前が今まで稼いだ全ての合計より多い」
彼は私を見る。
「だが、死んだら意味がない。生きて帰れ」
◆
/crow_observation/mission_planning.md
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縦坑観測任務
目的: 赤黒の観測(三回目)
報酬: 破格(生活費6ヶ月分相当)
危険度: 極大
過去の観測:
- 一回目: 遠距離(桁落ち、逃走)
- 二回目: 中距離(設計破壊、逃走)
- 三回目: 近距離(今回)
目標:
- 針の展開・収束パターン
- 位相反転のタイミング
- 弱点の可能性
制約:
- 火器使用禁止(観測任務)
- 撃てない
- 逃げるだけ
リスク:
- シーラが同じ戦域にいる
- 正規部隊と遭遇の可能性
- 赤黒に発見される可能性
でも――
これが、赤黒を計測する最後のチャンスかもしれない
その夜、私は端末を開く。
縦坑の座標。シーラの任務。情報屋の報酬。全てが、一つの場所で交わる。
私は過去のログを見返す。以前遭遇した赤黒。桁落ちの瞬間。
《戦闘モード:180→27→12(0.6s)》
あの時、私は逃げた。計測したが、撃てなかった。
でも、今は違う。
私は新しいフォルダを作る。
/crow_observation/
├─ pattern_01_seam.log // 縫い目の軌道
├─ pattern_02_reversal.log // 位相反転のタイミング
└─ weakness_hypothesis.md // 弱点仮説(未完成)
まだ、データは足りない。でも、観測は始まっている。
三回。赤黒を三回観測すれば、パターンが見えるはずだ。
Observation Plan
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一回目:逃走(遠距離観測)
→ 針の展開時間:1.2s
→ 収束時間:不明確
→ 弱点:未発見
二回目:逃走(中距離観測)
→ 針の展開・収束パターン
→ 位相変動の兆候
→ 弱点:仮説レベル
三回目:縦坑(近距離観測)
→ 詳細なタイミング計測
→ 弱点の確認
→ ......撃てるか?
私は端末を閉じる。窓を少し開ける。夜風が紙を揺らす。
遠くで、誰かの機体が帰還する音がした。
カン、カン。
帰還成立の音。私には、もう聞こえない。
でも――
私は古い石を握りしめる。
/personal/final_note.md
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Note
石の「バグ」が、制度の「自動補正」を暴く。
私の「欠陥品」が、唯一の「真実」を記録する。
だから、この石を手放さない。
加速は止まらない。
0.45秒。
次は0.5秒か。
監査官の問い:「いつまで?」
私の答え:「わからない。でも、シーラを救えるかもしれない」
縦坑へ向かう。
三回目の観測。
そして――
保存音が短く鳴る。
灰色の犬は、報われぬ計測を胸に、縦坑へ向かう準備をする。
制度の嘘を記録する者として。
裏の世界でしか価値がなくても――
それが、私の存在証明だ。




