表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

報われぬ計測

/grey_records/status_log.md

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


Week 3 of Grey Cloak Operations


Mission Count: 12

- Decoy (囮): 7

- Salvage (残骸処理): 5


Survival Rate: 100% (personal)

Average Survival Rate (Grey Cloaks): 67%


Revenue:

- Grey missions: 正規札の32%

- Info broker: 正規札の68%

- Total: 正規札と同等


Status: 審査中(3週間経過)

Stone acceleration: 継続中(0.44s → 0.45s推定)


Note: 生きている。でも、報われていない。


 私の端末の札は、三週間近く黄色に凍結されたままだ。

 正規の傭兵組合が発行する任務札がなければ、私は組合員ではない。ヤードに立っても、もはや声をかけてくる者はない。視線だけが、私を通り過ぎていく。

 彼らにとって私は、札を剥奪された「ノイズ」、あるいは「生けるスクラップ」だ。


 任務は親方経由の灰色任務ばかり。正規部隊が入る前の囮、戦闘後の残骸処理、危険な露払い。

 火器の使用は制限され、私はただ逃げ、計測ログを取り続け、生還する。

 報酬は雀の涙だが、もっと堪えるのは、私のグレイハウンドが挙げた功績が、全て「空白」として処理されることだ。


 ノイジーの群れを誘導して正規部隊の進路を開いたとき、通信からは「あの灰色外套、まだ生きてるのか」と嘲笑まじりの声が聞こえてきた。

 彼らは私を名無しデコイとしか呼ばない。私の技術も、命がけの計測も、制度の光には届かない。



 シーラは、今日も正規の札持ち任務で出撃している。

 朝、ヤードですれ違った。彼女は私を見たが、視線をすぐに逸らした。挨拶はなかった。

 彼女の機体のヴェイルの残光だけが、私の世界との境界線のようにヤードに残っていた。


 私は拳を握る。爪が手のひらに食い込む。


/personal/isolation_log.md

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


Day 21 of isolation


組合での孤立:

- 誰も話しかけてこない

- シーラは目を合わせない

- 受付嬢だけが、時々言葉をくれる

- 親方は変わらず、レンチで梁を叩く


理由:

「石が暴走する」

「巻き込まれたくない」

「0.45秒も先に動くなんて異常だ」


事実:

12回の任務、12回の生還

暴走は一度もない(最初の暴走以降)

でも、誰も信じない


結論:

恐怖は、データより強い



 夜、親方は整備を終えたグレイハウンドの脚元で、静かにレンチを置いて言った。


「お前が毎回持ち帰るログ。あれを制度に出しても、意味がねぇ」


 親方は作業台の裏の、古びた引き出しを顎で示す。


「だが、裏で売れる。情報屋はもっと欲しがってる」


 私は頷く。


「……もう、売ってます」

「知ってる」


 親方は短く笑う。


「情報屋から聞いた。お前のログ、評判がいいそうだ」

「評判……」

「ああ。"消せないノイズ"として、な」


 親方はレンチを握り直す。


「だが、いいか。裏で稼げても、表では認められねぇ。その矛盾を忘れるな」

「……はい」



 次の灰色任務の後、私は残骸と生ログを抱えて、情報屋の店を訪ねた。

 埃っぽいカウンター、古い端末。情報屋は私の差し出したログをざっと見て、目を細めた。


「これは……さらにいい"ノイズ"だ」


 彼は私の公式報酬の三倍の紙幣をカウンターに置いた。前回より、増えている。


「需要が高まってる。お前のログを欲しがる客が増えた」

「……どんな客ですか」

「聞かない方がいい」


 情報屋は端末を操作し、私のログの特定の波形を指で叩く。


「これ。この微細な位相異常と、石の先行挙動。君のログには、毎回残っているね」


 彼は端末を操作し、組合からの公式報告と私のログを並べた。


Comparison Log - Same Location, Same Time

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


Official Report (組合):

- Threat Level: 低

- Anomaly: なし

- Completion: 通常ノイジー掃討任務成功

- Note: 異常値検出されず


Noct's Log (生ログ):

- Phase Anomaly: +0.4°(微細変動)

- Static Pressure: +2.1%(局所偏差)

- Stone Advance: 0.45s(先行挙動)

- Note: 自動補正前のデータ


Discrepancy: 完全不一致

Reason: 自動補正システムが異常値を削除


「組合経由の公式報告だと、この戦域に異常はない。ノイジーの種類も、全て低脅威度で処理されている」


 私は身を乗り出した。


「組合は……異常値を隠してる?」

「隠している、というより、"自動補正"している。制度は、想定外のデータが増えるのを嫌うからね」


 情報屋は続ける。


「組合の自動補正システムは、特定の閾値を超えた異常値を『計測誤差』として自動削除する」


 彼は画面を二分割する。


「いいか。組合の自動補正は、『正常な石』を前提に設計されてる」


 彼は左側を指す。


「正常な石は、異常値を検出したら、すぐに忘れる。制度の想定内だ」


 そして右側を指す。


「だが、お前の石は『学習』する。異常値を記憶する。制度の想定外だ」


 彼は私を見る。


「つまり、お前の石は――自動補正が効かないバグなんだよ」


 私は息を呑む。


「バグ……」

「ああ。制度にとっては『欠陥品』。だが、俺たちにとっては『真実の記録者』だ」



 数日後、正規部隊が同じ戦域の任務完了報告を提出した。

 公式記録は簡潔だった。


「残敵なし、異常なし。戦域のクリーンを確認」


 一方、私のログには何が残っていたか。


/grey_records/mission_14_comparison.log

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


公式記録 vs 私のログ


Location: 旧採掘路 第三層

Time: 08:42 - 09:15


Official (正規部隊):

- Status: Complete

- Threat: Low

- Anomaly: None

- Casualties: 0


My Log (灰色外套):

- Phase Anomaly: -0.3° (微細変動)

- Seam Trace: 検出(赤黒の痕跡)

- Static Pressure: +3.2% (局所)

- Stone Advance: 0.45s

- Note: 針の軌道パターン類似


Conclusion:

赤黒がいた。

でも、公式記録には存在しない。


 制度は、都合の悪いデータを抹消している。そして、抹消したデータが、札を持たない私の記録として裏の世界で取引されている。


「札を持たない私の記録は、消せない。だから売れるんだ」


 札を剥がされたことで、私は制度の外側に立ち、制度の嘘を暴く側に回ってしまった。

 私の報われない計測が、裏の世界で唯一の価値となっている。



 ある日の昼、組合の食堂で、私は隅の席に座っていた。

 灰パンと黒煮込み。味は変わらない。でも、食べる意味が変わった。これは、生き延びるための燃料だ。


 周囲のテーブルから、小さな声が聞こえる。


「あれが、審査中の三分犬か」

「まだ灰色任務やってるんだってよ」

「よく生きてるな」


 笑い声はない。ただ、距離だけがある。

 その時、誰かが私の隣に座った。受付嬢だった。



 彼女はトレイを置き、黙って砂糖スープを啜る。

 私は驚いて顔を上げる。


「……受付嬢さん」

「黙って食べて」


 彼女の声は、いつもの平坦さ。でも、目だけが少し温度を持っている。

 しばらくして、彼女が小さく口を開く。


「あなたのログ、組合で問題になってる」

「……問題?」

「裏で取引されてる、って」


 私は息を呑む。


「組合は、あなたのログが流出していることを把握してる。でも、証拠がない」

「証拠……」

「あなたが直接売ってるわけじゃないから。情報屋が中継してるから」


 受付嬢は砂糖スープを一口啜る。


「でも、時間の問題よ。いずれ、尻尾を掴まれる」

「それは……」

「審査中から、凍結になる可能性がある」


 彼女の言葉が、胸に刺さる。

 凍結。黄色から、灰色へ。完全な、排除。


「……どうすれば」

「石を交換すること。それしかない」


 受付嬢は私を見る。


「新品の石なら、自動補正に従順になる。異常値は残らない。ログは売れなくなる」

「でも、札は戻る。組合員として、生きられる」


 私は灰パンを握りしめる。硬い。指が痛い。


「……それは、真実を捨てることです」

「真実じゃない。従うこと」


 受付嬢の声は冷たい。


「制度に従って、生き残ること。それが、私たちにできる唯一のことよ」


 彼女は立ち上がる。


「考えて。時間は、あまりない」


 受付嬢は去っていく。私は、彼女の背中を見送る。


/personal/choice.md

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


選択肢


A. 石を交換する

- 審査が終わる

- 札が戻る

- 組合員として生きられる

- でも、真実は記録できない


B. 石を保持する

- 審査中が続く

- 灰色任務しかない

- いずれ凍結の可能性

- でも、真実は記録できる


監査官「いつまで?」

受付嬢「時間の問題よ」

情報屋「君の石は真実の記録者だ」


私の答え:

......まだ、決められない。



 次の取引で、情報屋はいつもと違う、分厚い紙の束を渡してきた。


「大口の案件だ。報酬は破格」


 彼は私に、組合の地図にはない、古い縦坑の座標を示した。


「近くの縦坑で強い異常値が出てる。正規部隊が動いてるが、公式には"異常なし"って報告になる予定だ」


 私は座標を端末に入力する。その縦坑は、以前シーラと合同任務で斥候に入った場所に近い。

 その時、組合の掲示板の通知が鳴る。


《正規任務:縦坑戦域 集中掃討》


 シーラ・ルクスのコールサインが、その任務欄で白い光を放っていた。

 制度任務=シーラたちが出撃する、数字に守られた正規戦域。

 裏任務=私が潜入する、札なしの灰色の戦域。


 私は確信する。


「灰色の外套として潜れば、赤黒に届く」


 情報屋が続ける。


「ただし、これは観測任務だ。撃つな。記録だけを持ち帰れ」

「……了解」

「報酬は、お前が今まで稼いだ全ての合計より多い」


 彼は私を見る。


「だが、死んだら意味がない。生きて帰れ」



/crow_observation/mission_planning.md

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


縦坑観測任務


目的: 赤黒の観測(三回目)

報酬: 破格(生活費6ヶ月分相当)

危険度: 極大


過去の観測:

- 一回目: 遠距離(桁落ち、逃走)

- 二回目: 中距離(設計破壊、逃走)

- 三回目: 近距離(今回)


目標:

- 針の展開・収束パターン

- 位相反転のタイミング

- 弱点の可能性


制約:

- 火器使用禁止(観測任務)

- 撃てない

- 逃げるだけ


リスク:

- シーラが同じ戦域にいる

- 正規部隊と遭遇の可能性

- 赤黒に発見される可能性


でも――

これが、赤黒を計測する最後のチャンスかもしれない


 その夜、私は端末を開く。

 縦坑の座標。シーラの任務。情報屋の報酬。全てが、一つの場所で交わる。

 私は過去のログを見返す。以前遭遇した赤黒。桁落ちの瞬間。


《戦闘モード:180→27→12(0.6s)》


 あの時、私は逃げた。計測したが、撃てなかった。

 でも、今は違う。

 私は新しいフォルダを作る。

/crow_observation/

├─ pattern_01_seam.log // 縫い目の軌道

├─ pattern_02_reversal.log // 位相反転のタイミング

└─ weakness_hypothesis.md // 弱点仮説(未完成)


 まだ、データは足りない。でも、観測は始まっている。

 三回。赤黒を三回観測すれば、パターンが見えるはずだ。


Observation Plan

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


一回目:逃走(遠距離観測)

→ 針の展開時間:1.2s

→ 収束時間:不明確

→ 弱点:未発見


二回目:逃走(中距離観測)

→ 針の展開・収束パターン

→ 位相変動の兆候

→ 弱点:仮説レベル


三回目:縦坑(近距離観測)

→ 詳細なタイミング計測

→ 弱点の確認

→ ......撃てるか?


 私は端末を閉じる。窓を少し開ける。夜風が紙を揺らす。

 遠くで、誰かの機体が帰還する音がした。

 カン、カン。

 帰還成立の音。私には、もう聞こえない。


 でも――


 私は古い石を握りしめる。


/personal/final_note.md

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


Note


石の「バグ」が、制度の「自動補正」を暴く。

私の「欠陥品」が、唯一の「真実」を記録する。

だから、この石を手放さない。


加速は止まらない。

0.45秒。

次は0.5秒か。


監査官の問い:「いつまで?」

私の答え:「わからない。でも、シーラを救えるかもしれない」


縦坑へ向かう。

三回目の観測。

そして――


 保存音が短く鳴る。

 灰色の犬は、報われぬ計測を胸に、縦坑へ向かう準備をする。

 制度の嘘を記録する者として。

 裏の世界でしか価値がなくても――

 それが、私の存在証明だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ