名前を刻む、灰色の犬は次を求める
朝の工業区は、まだ眠気をまとっていた。白い蒸気が管から吐き出され、鉄の匂いが肺に刺さる。
この匂いは、前の世界の工場とは違う。もっと熱く、生々しい。
私は袖を引き寄せ、傭兵組合へ歩いた。
組合の扉を抜けると、光の温度が一段上がる。夜勤明けの傭兵たちが机を囲み、コーヒー片手に銃創や石の持続時間を自慢していた。
――みんな体格が良い。肩幅も腕も太い。私のような小柄な操機士は、一人もいない。
壁一面の掲示板には案件の札が流れ星みたいに瞬いている。油と汗と紙幣の匂いが混じり、ここでは命と金額が同じ列に並んでいた。
「試験を通過しました。登録をお願いします」
受付嬢は私を頭から足まで眺めた。白い肌、幼い輪郭、小柄な体。昨日、砂塵の中で三分を生き延びたようには見えないのだろう。
「こちらに、傭兵名。本名である必要はありません。呼びやすい名を」
私は端末に向き合った。石の補修ログを開く。画面の蜂の巣模様が脈を打つように明滅している。
損傷クラスタを繋ぎ、ノイズを洗い流し、断片を回路に戻す。短いスクリプトを走らせる。
// mana::recharge()
while (env.motes() > MIN) {
harvest(env.take(Δ), stone.buffer);
normalize(stone.buffer);
repair_fragments(stone.matrix);
purge_noise(stone.buffer);
commit(stone.core);
}
石が鼓動のように脈打った。私の心臓とテンポが合う。怖さと愛しさが同時に喉を震わせる。
「……ノクト・アッシュで、いこう」
夜の残り火のような名を、ひとりごとみたいに繰り返す。
夜を燃やしてコードを書き続けた、前の世界の私。その残り火と、この灰色の機体 の残骸のような石を重ねて。
燃え尽きるまで走らせるために。石が淡く応えた気がした。
夜明け前のヤード。鉄骨が冷えて鳴り、風が腹に溜まる。
グレイハウンドの胸で石が滑らかなリズムを刻んでいた。
《診断:石効率 +2%(暫定)/冷却応答 -5ms/ヴェイル位相誤差 -0.3°》
《戦闘ヒント:分断→一点突破、追撃不可》
《安全条件:位相相関±0.5°超/石温+8℃で撤退》
「――行こう」
梯子を登り、操縦席へ沈む。三分しか持たない灰色の犬は、次の効率の良い戦いを求めて、低く喉を鳴らした。




