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転生、灰色の犬と出会う

三分しか戦えない灰色の犬と、凡庸な魔力の少女の物語です。


魔法陣がプログラミング言語に似ている世界で、

転生した元プログラマーが時間制限と戦います。

リアルロボ系の戦闘と、整備ヤードでの日常を描きます。


更新は週1回程度を予定しています。

最後まで書き切る予定ですので、お付き合いください。

 目を覚ました瞬間、鼻腔を刺したのは、油と鉄と――焦げた魔素のにおいだった。蛍光灯が瞬き、天井の鉄骨が縞の影を落とす。手を伸ばしてもキーボードはない。かわりに、冷たいシートの縁が指先をはじく。


(……前の世界じゃない)


 ここは整備ヤード。壁一面の工具、オイルが斑点になった床、インパクトの乾いた咳。布を被った巨影が、呼吸みたいにわずかに揺れている。

 いまだに、前の世界の夢を見る。夜を燃やしてコードを書き、休日はロボットのゲームをして――でも今は、燃やした夜の残り火で温まっているだけだ。


「起きたか。……思ったより小せえな」


 顎鬚の整備士が目だけで笑う。借り物の作業服はぶかぶかで、袖と裾が余る。私の身長は百五十に届くかどうか。ここでは子どもの背丈だ。

 整備士が布を払った。骨のように痩せたフレーム、斑の塗装、胸スリットの奥で死にかけの石がくすぶっている。


「スクラップですね」


「動くさ。お前が動かすならな」


 胸ハッチを指の関節でコツンと叩く。その音が、胸骨まで響いた。どういうわけか、私のために作られた気がした。


「機体の名前は? お前に決めてもらわにゃならん」


「……グレイハウンド。灰色の犬、で」


「いいだろう。三分は持つ」


「三分?」と眉が上がる前に、彼は事実のように言い切る。


「お前の魔力量なら戦闘モードは三分で切れる。炉心も石も限界が早え。やりくりはお前次第だ、ちび助」


 ちび助。否定はしない。けれど、小柄は入力の微細制御に向いている。数ミリの舵角を、手の重みだけで出せる。使える特性は、使う。


 胸スリットの奥で、拳大の石がくすぶる。中古、寿命間際。けれど私はプログラマだ。石が電源なら、節電と再利用は得意分野。


// mana::trickle_charge();

sample(env.motes); denoise();

repack(stone.buffer); commit(stone.core);



 整備士がボードを差し出す。右上に、赤い印。未登録者試験。


「通過儀礼だ。命の保証はねぇが、生きて戻りゃ登録だ」


 私はうなずく。生きて戻れば、変数として世界に参照される。



 梯子を登り、操縦席に滑り込む。シートは大きすぎて背中が沈み、爪先でペダルを探る。クッションを二つ重ね、ハーネスを固めて、両手で操縦桿を抱く。


 ――起動。


 霊素障壁エーテル・ヴェイルが機体の縁を縫い、薄い光が起動ログみたいに脈を刻む。HUDが立ち上がり、中央に大きな数字。


《戦闘モード起動――稼働限界:180》

《提示:ヴェイル/冷却/推進は同系統消費。過負荷でフィールド剥離》

《搭載魔力石:二級中古(効率 推定 37%)》


 百八十秒。三分。

 デッドラインは、視界の隅をざくざく削る音を立てて減りはじめる。


(デバッグ開始。三分の稼働試験、落とさない)



 砂丘地帯。乾いた草が低く、風が砂を舐めて地平を灰色にぼかす。試験監督の僚機は遠巻きに沈黙。

 未登録者試験の常套――雑音の少ない場所で、雑魚を相手に、死なずに帰る。だが、その「雑魚」は人間だ。古い機体に盗品の銃。連携で性能差を埋める、侮れない相手。


 レーダーに四機。IFFなし。旧式二脚、肩の固定砲。こちらと同じく古い。

 開幕の斉射。砂を噛んだ弾が青白い膜に触れ、ヴェイルが火花の鱗を散らす。背骨に、電気的な圧迫が走る。


(前面に寄せすぎ――)


// shield::balance(mana.load, heat.level);

bias(front→rear)= -0.18; // hotfix



 背面が薄いのは即死ルート。前の世界でもそうだった。穴は、最短で塞ぐ。


《165》


 トリガー。薄刃の光柱。敵のヴェイルが波打ち、透過率グラフが一拍沈む。

 姿勢を右へ半身。砂の擦過音がキャビンを撫でる。カウントが、砂時計の喉みたいに痩せていく。


(時間配分:初撃 20s/分断 40s/撤退 60s。余白は事故対応)


 敵の一機が側面に回る。機体の影が砂に二重になる。

 心拍が少し速い。石が追従しかける――私は逆相を入れて静める。祀る前に、冷やせ。


《138》


 薄くブースト。0.6秒の短噴で、死角だけ切り出す。斜め上から膝を抜き、砂へ落とす。

 もう一機。肩砲の冷える音が一瞬遅れ、私はそこへ二連の針を置く。

 砂塵が晴れる頃、HUDの枠が二つ減っていた。


(深追いしない。生き残りが最大利益)


 遠くで、監督機の短い合図。撤退許可。

 私は銃身の熱を数字で見送り、舵角を中立へ戻す。指先が微かに震えている。震えの大きさで、今日の出来を測る。


 帰ったら、名を刻みに行く。夜の残り火で、歩けるだけ歩くために。


《126》


 息が荒くなる。

 ヴェイルのノイズが増え、青白い膜の波形が汚れる。

 後背に針の雨。背面薄。再配分。


 // shield::dynamic_balance

 if (rear.attack) redirect(mana.flow, rear.shield);

 // heat_shed(reserve_line);


 背面がぎりぎりで持ちこたえ、脳の芯に涼しい痛みが走る。

 舌の裏が金属味で痺れ、熱は数字から痛覚へ変換される。良くない兆候だ。

 でも――まだ書ける。


《119》


 敵は学習する。射撃間隔が詰まり、抑圧射撃に切り替えた。こちらの移動ベクトルを削りに来ている。

(いい。なら、無駄打ちを増やさせる)


 私は移動先に砂丘の風下を選ぶ。視界は悪くなるが、被発見率が下がる。

 影が一瞬切れたところに、ハイブースト(短時間の過給噴射)を吹かす。

 血が引く。視界が少し暗くなる。小柄な体でも限界の縁はある。

 でも、届く。


 右前腕のエッジブレードを叩き起こす。

 ヴェイルの臨界を過ぎた瞬間、角度を一度だけ変えてねじり払い。

 関節のピンが跳ね、火花が砂に散る。

 二機目が沈黙。


《96》


 残り二機。焦りの無線が風にちぎれる。

 私は深呼吸をして、機体の状態を確認する。

 コア温度 87℃ / ヴェイル消費 62% / 推進系レイテンシ +18ms / 効率 推定 34%。


 敵は距離を取り、遠射で嫌がらせしてきた。

 遠いほど、こちらの弾道は痩せる。

 私は腰を落とし、砂地で反射させるように低い弾を撃つ。相手の読みにない後脚側面に一発。

 ヴェイルが閾値直前で耐える。

 いい。これで充分、追撃時間が削れた。


《91》


 僚機の無線。「退け! お前の機体はもう限界だ!」

 わかってる。三分で魔力の尽きる灰色の犬に、長期戦はない。


 でも、このまま背中を向けたら、後ろから撃たれる。

 岩陰から短いブーストを吹かし、低い姿勢で砂走り。

 呼吸法を切り替える。一拍吸って二拍吐く。

 視界の端で魔力石がふっと灯る。リズムが、心拍に合ってきた。

(……わかってる。まだ行ける、けど――行き過ぎない)


《64》


(ここでバグ修正は最後。以降は巻き戻し不可)

 // coolant::stability_control

 for (int i = 0; i < crystal.count; ++i)

  if (crystal[i].temp > threshold) redirect(crystal[i], reserve_line);

 // HB : 1.2s / safe_margin: 0.2s


 幾たびの修正を重ねたせいか、頭痛が強くなってきた。

 その上短いブーストを繰り返す。視界の縁が暗くなる。

 でも、私はまだ耐えられる。

 腰のバネでブレードを押し上げ、一段目でヴェイルを裂き、二段目でピンを断つ。

 相手は沈黙。


《52》


 残りは――一機。距離外へ下がった。いい判断。愚直に追えば、死ぬのは私だ。


 ――深追いは負け筋。


 私は銃口を落とし、照準だけ合わせておく。撃たない。

 相手が撃ち返す勇気を試す。

 ……来ない。向こうも「生き残り」を選んだ。


《41》


「生き残りを残すのか」と整備士の声が無線に入る。

「はい、十分です。――生還が条件なので」


 向こうの声には安堵が見えた。

 多分、ここで深追いして死んでしまった傭兵候補はそれこそ掃いて捨てるほど居ただろうから。


 砂の尾を引きながら、機体を踵返し。

 退路のラインを慎重に選ぶ。

 戦闘モードを解除しても、灰色の犬に残された時間はわずかだ。


《33》


 HUDの隅で、ヴェイルの薄皮がところどころ破けている。光がノイズを帯び、膜が撓む音が耳を打つ。

 指を広げ、操縦桿を握り直す。

 入力の粗さが、そのまま熱になる。


《28》


 整備ヤードの方向に、帰還用ビーコンの矢印。

 呼吸が浅くなる。喉が焼ける。

 砂を一歩踏むたび、衝撃が肩と肘に伝わる。

 バイザー越しの視界がぼやけ始める。

 それでも目を開けていないといけない。帰らないと――。


《25》


 胸のスリットの魔力石が、規則正しい脈動を見せた。

 より強く、より整っている。

 「まだ走れる」――私にそう伝えるように。


《18》


 整備ヤードのゲートが視界に入る。扉が開いている。床に帰還線が光る。

 最後の直線、私はブーストを使わない。歩く。安全圏で終えるのが、正解。

 とにかく目がかすむし、頭もくらくらする。

 魔力量の少ない体に生まれたことを少し呪った。


《5》

《4》

《3》

《2》

《1》


 踏み込む。ディスプレイ上のタイマーはゼロになった。


《0》


 と、同時に、ヴェイルがぱん、と音を立てて消えた。

 重力が、生身の重さでのしかかる。

 呼気が白く、手が震える。


「よく――生きて帰ったな」


 通信の向こう、整備士の声は感情を殺していた。

 けれどその芯に、安堵が混じるのを私は見逃さない。

 さっきもそうだったけど、彼はグレイハウンドのことだけじゃない。私のことも、気にかけてくれた。


「……グレイハウンドが頑張ってくれたから、です」


 胸の石が、ふっと一度だけ明滅した。

 返事みたいに。



 ハッチが開く。熱気が吐き出され、夜気が肺に刺さる。

 梯子を降りる足が少し笑う、膝が震えている。

 整備士――親方と呼ぶのが似合う男――がレンチで装甲を軽く叩く。火花の痕、擦過の帯、コアの熱残留の分布まで目とログで測る。


「……三分で、撃墜三の撤退一。合計四機を追い払ったってわけか」


 低い声。叱責ではない。

 むしろ、痕跡を検証する職人の声音。

 親方は無言でパネルを開き、炉心の波形を確認する。

 しばし眉間に皺を寄せたあと、ぽつりと呟いた。


「どうせ力押しじゃ持たねえ機体だ。だが、相手を分断して、要点だけ潰してる。力の使いどころの配分も悪くない。

 ――それとだ」


 親方は胸のスリットを覗き込み、わずかに眉をひそめる。


「魔力石がな。生き物みてえに、お前を庇うような動きを見せていた。

 石の動作ログと、回避行動のログが奇妙なまでに一致してる、こんなログは初めて見たぜ」


 喉が鳴る。私は言葉を飲む。

 探求心と、技術者としての恐怖。

 その両方が胸を満たしていく。

 親方は肩をすくめ、暴走の前兆じゃねえならいいがななんて言いながら、ボードを私に突き返した。


「未登録者試験――通過だ。明朝、組合で名前を登録してこい。

 ちび助、三分しか持たねえ魔導機でも、やり方次第で勝てるってこった」


「いいか、ちび助。お前はただ生還したんじゃない。あいつらを計算で出し抜いた。今日から、お前は正式な操機士だ。組合で名前を刻んでこい。」


「ちび助じゃない。ノクト・アッシュとしてログを残す。」


 《操機士名:空欄》—“名”で埋める準備はできている。


 彼が背を向けた瞬間、私はハーネスを抱え、機体の胸にそっと手を置く。

 冷えかけた装甲はざらざらして、指に油の匂いが移る。


(――ここからだ。設計と執念で、走り続ける)


 魔力石が、ほんの少しだけ、心拍のテンポで瞬いた。

お読みいただき、ありがとうございました。


「夜の残り火、灰色の犬」第1話です。

三分という時間制約の中で戦う主人公と、

スクラップの機体との出会いを描きました。


次回は組合での登録と、最初の任務になります。


感想やお気づきの点がございましたら、

お聞かせください。励みになります。


次回もよろしくお願いします。

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