偶像崇拝
(義)兄弟が山に肝試しに行く話。
鬱蒼と続く山道、カーオーディオと風が奏でる再現性のない音を聞きながら酷く長いトンネルを抜け眩い光を受ける、時刻は午の時を越えているのに容赦なく目を焼かれる。反射的に目を瞑ってしまうが問題は無い、何故なら運転しているのは俺ガイア・ラグウィンドではないからな。
運転士は俺の兄、ディルック・ラグヴィンド様だ。高潔で己より他人を慮る善人という言葉でも足りない程オキレイでいらっしゃる、その上美男で金持ちで勤勉で誠実。欠点といえる欠点がまるでなく人間であるのか時々疑わしい、だってコイツ20代だぜ?
まぁ粗を探すのならこれでチェリーボーイってことくらいだな!まァ俺がにいさんの部屋にタイミング悪く(・・・・・・・)入ってしまったり?用もなく電話したら卒業直前だったり、そんな事が運悪くナニしている時に必ず起こるもんだからタイミングを逃しているだけさ、モテにモテるに決まってるだろ俺のにいさんは。
ん?なんだ、普通電話を優先するのはおかしいって?はは、お前さん良い審美眼をもっているようだな探偵業とか向いてるんじゃあないか?
すまんすまん、怒らないでくれよ。
閑話休題こんな馬鹿みたいに暑い日に態々山に出向いているのは訳がある、いるらしいんだよ霊が。
長ーい長い大学生の夏休み、暇で気が狂いそうな時にそんな事聞いたら普段は与太話だと鼻で笑う事象も魅力的に見えるってワケ。
そこで同じく暇そうに(ガイアの主観である)パソコンと睨めっこしていた兄に2県越えたこのド田舎に連れてきてもらったんだ。
にいさんは俺のおねだりに弱いから。
さて、噂の詳細といえる程内容もないがこのまま山頂付近に行き、丑三つ時に下れば会えるんだとさ白馬に乗った西洋騎士の亡霊に。辺鄙で似つかわしくない山を縄張りにしている亡霊は俺の心を強く掴んだ。
ここに来るまでの道中で観光地や名物料理に舌鼓を打ちかなり満足しているが(途中で一泊している)折角なら見ていきたいと思うのは人の性だ、好奇心に勝てる理性など持っていたってツマラナイ。そうだろ?
ワクワクと窓の外を眺めているうちに山頂についたようだ、岩だらけで木々も道中に比べれば少ないが車を停めても広さを感じるスペースがある、雄大な自然を感じてデトックス〜とか言っている人間の心理の一欠片くらいは理解できるかもな。いや然し情緒深いことで。時刻は19時。運転お疲れと言ったところだな。
「…それで?ここから2時まで何をするんだ。」
「ふふんよく聞いてくれたな、色々と持ってきてはいるがまずは腹ごしらえだ。」
ウゲッ。にいさんは何も言ってないのに言葉が聞こえてきたと錯覚する、そうかそうかそんなに楽しみか。
車を降りて後ろに詰めておいた色々な道具とは別の袋に入れておいたカップラーメン達を見やる、ただのカップラーメンじゃないぞ。
本ワサビ塩ラーメンにインドカレー屋の謎ドレッシングまぜそば、それにたこ焼き味ヌードルとイカ墨ガーリックまぜそばだ。
商品名だけでも面白くなる予感しかしなく気分が上がる、アイツは甘党だからわさび塩は選ばないだろう。となるとたこ焼き味だろうか?それとも見た目に反して案外スタミナ飯を好むのでイカ墨ガーリックだろうか。
自然と口角があがる、ただ俺が用意した4択から選ばせるだけのことにどうしてこうも素敵な気持ちなるのか。これは悪癖とはまた別のものだ、きっと。
だってアイツが選びとるもの全てが愛おしくみえる、俺には石ころにしかみえないものもアイツが選びとるだけで何よりも光輝く宝石にみえるのだ。そして、それを奪い取りたくなるのは人間として当たり前の欲求である。
それは決して選択の末に意を決した生命の輝きでも、恐怖でも苦悩でもなくそういう、なんというか、、ただ当たり前の幸せにあるもののスパイスと言うべきか、まぁなんだ人に疎まれる類の感情ではないはずだ。だからこれは悪癖なのではないと判断している。深く考えたって答えはでないし、不健全な思考は正常な判断を奪うさっさと戻ってお湯を沸かす準備をしよう。
︎✦︎
フツフツと鍋いっぱいに入れた水が沸騰の合図を告げる。いつの間にか用意されていた椅子と毛布を有難く使わせて貰っていたのであまり時間が経ったのを感じなかった。火から目を離し、正面で本を読む義兄をチラッと見る。
「…なんだ。お湯ならもう出来ただろう、それとも今から何をやるのか教えてくれるのか?」
「あぁ!まだ言ってなかったか?夕飯を一緒に食べるだけだぜ、おにいちゃん。山頂でカップ麺も風情があるってもんだ。」
「そう。君好きだよな、ジャンクフード。僕はてっきり残り少ないガソリンでキャンプファイヤーを始めるのかと…」
「別にジャンクフードが好きってわけじゃないぜ、手軽で満足感もあって楽なんだ。さ!我儘なお前のために4種類用意したしおにぎりもあるぜ、選んでくれよ。」
ニコニコ。不躾な発言は聞こえない。
兄の目の前に4種類のカップ麺を並べる、ほら選んでくれほらほら。
心底呆れてますという表情を浮かべながら手に取ったのは謎ドレッシングまぜそば、へぇ。
「意外だな、お前ならこれ選ぶと思ってた。」
「家でなら食べてたかもな、イカ墨は面倒だ。」
「ふぅん。…なぁそれ後で1口くれよ気になってたんだ。」
「いいよ、それでおにぎりって?」
お互い決めたカップ麺にお湯を入れ、3〜5分待つ間、他愛のない言葉を交わす。
「じゃじゃーん、ぼっだこのおにぎりと、梅と、ツナマヨと、赤飯だ。」
「………ぼっだこ。」
「ぼっだこだ。」
一つだけやけにデカイおにぎり。ぼっだこ入のおにぎり。秋田県のソウルフード。
美味しいと誰かが言ってたからつい買ってしまったが、大変塩辛いそうなので米を多めにしてみたんだが間違っていたか?それに…腐りかけのモノを食べさせるのは人道に反するから道中の宿で握ったんだが。
「いや、…あー僕が貰ってもいいか?」
「ホントか!やっぱりお前も気になってたのか?市場じゃ海鮮食べれなかったもんなぁ。」
「そうだな。」
時間があまりなくてこれしか買えなかったのだ。何せにいさんが寝坊してチェックアウトに手間取ってしまったから、勿論責めているわけではないこれでも有難く思ってるアッシー君にも感謝は忘れないのが人情ってもんだ。
もそもそとおにぎりを頬張る兄さんの頬はまろみを帯び、今にも破裂してしまいそうで愛しさが込み上げる、健啖家な彼が口を大きくあけてモノを吸い込む様は見ていて気持ちがいい。然しそれ故にか、彼の得意料理はステーキを積み上げてチーズをこれでもかとかける食欲が湧く気がしない馬鹿野郎飯だ。もし結婚するなら料理が得意な人とするんだな、うーん結婚…………言ってみてなんだが見知らぬ女とコイツが結婚するくらいなら俺は、ピピピとタイマーが鳴る。おっと3分経ったようだ、義兄を見ていたらあっという間でしたなんて心の中でしか留めようのないことが脳裏によぎる。
蓋を開けると俺が選んだラーメンからはわさびの匂いが仄かに香るがそれ以上にまぜそばから形容し難い不思議な匂いがする。これは…なんだろう、美味しそうとは言えないな、しかし俺が食べる訳でもなく、腹も減っているので早急に付属のタレや粉をかける。
「さ、食べようぜ。」
「あぁ…いただきます。」
コイツおにぎり食べる前にも言ってたのにまた言うのか、お行儀がいいのか悪いのか判断し兼ねるな。
「!……なるほど…」
「どうだ?」
「うん。まぁ君も食べてみるといい。」
そういうとディルックは割り箸に1口分の麺を掴み此方に差し出してくる。匂いは強いが臭いわけではない、わーおいしそー。緊張しながら口に迎え入れる。
「あーー、なるほどな。」
成程としか言えない味、決して不味くはないし好きな人は好きだというタイプの独特な風味と、これはエグ味?甘味?…酸っぱい?少なくとも俺の好みではない。
口元に手をやり全て咀嚼する。うんうん、味わい深いな。
「僕は割と好きだ」
へぇ。此方にはもう目をくれず食事に没頭する兄さん。思わず顔を表情をつくることを忘れ凝視してしまう美味しかったんだ、そっかそう、ふーん。
そうして夕飯を終え各々好きなことをしているうちに夜も深け月が帰宅する準備をし始めていた、時間を確認すると腕時計の短針は1時を指していた。流石に肌寒いとかいうレベルを越え寒さを感じる、いやいくら真夏だとしても寒すぎる。都会生まれ都会育ちには厳しいな、山頂の気温は低いと知識で知っていたが湿気で多少マシだと見越し持ってきていた普段着のみで過ごさざるを得ず後悔が染み出していたがそれもここまで。随分と高い山なので今から出発するくらいが丁度いいのだ。
俺は兄さんに声をかけ、椅子やらなんやらを車にしまい夕飯を入れた袋とは別に2つのカバンがあったのを思い出す、なんだか満足してしまったからさすっかり忘れていた。
中には葡萄酒、りんご、貝殻模様の素敵なグラス。そして酒が飲めないお子ちゃまの為のぶどうジュース、まぁ運転手なのでどの道飲まないのだろうけど。兄さんの所へ戻ってみるともうそこには片付けるべきものはなく、火の始末も完璧だった。詳しくは知らないが火を使うバイトをしていたと言っていたしその辺手際がいいのだろう。
「何をしている、早く乗れ」
「そんなに急かさないでくれよ、時間は切迫していないだろ」
頭上から声がし、サボってもいないのに急かされることに苛つきその感情のままに顰めっ面を向ける。相手の顔には「早く帰りたい」とありあり書いてある、バイバイ出来れば幸いだったなぁもう俺もどうでも良くなっているけどココからが目的なのに。形骸化した旅行だって悪いものではないと思うが。然し兄さんの死んだ表情筋を働かせるのは好きだけれど機嫌を悪くしたら「無」から「苛立ち」に固定される、それは勘弁願いたい。
助手席に乗り込みシートベルトを付ける、長いこと外にいたから車内に充満するヤニの匂いが鼻腔を刺激し顔を顰めた、俺は1本も吸ってないのに灰皿は大きな花を咲かせている。金持ちのヤニカスってサイテー。
「捨てないでいいのか?これ」
「携帯灰皿がある」
「あぁ………」
そうじゃないんだよな。まぁ、いいか……。
エンジン音が鳴りヘッドライトが光る真っ暗な視界に道が現れる、最悪な視界にでこぼこと最低な道に車が上下する。そんな道でも運転手は平然と、危なげなく進んでいく。最高だな。
なんだか満足感に満ち靴を脱ぎ座席の上で足を組み真夜中のドライブを満喫する、星々は爛々と輝いていてまるで俺たちを見ているように感じる、然し星が輝けば輝くほど月ってのは見えにくくなっちまうもんで朧気な三日月が彷徨っている。なァ知ってるか?ベガ、アルタイル、デネブ、アンタレスこれら一等星はどんなに月が輝いても負けず、夏ならば常に見えるんだかっこいいとは思わないか、良くアイドルが歌うオンリーワン、そのままの君で。とかクソみてェな戯言を大真面目に受け取る群衆に理解できないかもしれないが、空は本質を現している。一等輝けるモノを持っていないと願っても見守ることもなく消されるのだ資格がないのだから、素晴らしいな。
夜が深まり辺りの景色が闇と忘れた頃に闇を照らすポツンと設置された外灯のみで形成された田舎っぷりの発揮に飽き飽きし少し微睡みかけていたその時、音楽を流す車内ラジオにノイズが混じりだしそれまで陽気な歌詞を謳っていた声が変化した。ブツブツとノイズが邪魔をするにも関わらずその男性とも女性ともとれぬ不明瞭な声が断片的に曖昧に然し発狂せんばかりの苦しみを伝えてくる、これは所謂怪奇現象というやつだろうか?演出にしてはあまりに趣味が悪いがぽやぽやとしていた頭に喜怒哀楽の「喜」とかいう液体が流れ出し意識が明瞭になる。益々酷くなるラジオの悲鳴はノイズのみならず声も増えていて何を言いたいのかわからない笑えるな、然しもしかしたらという期待を込めチラリと運転手の顔を見てその希望は墜落する、平然と煙草を吸う兄さんは聞こえてんだか聞こえてないんだか表情にも雰囲気にも変化は無い。つまんねェ、もしや俺にしか聞こえていないのか?それとも「恐怖」という生命が必須とする感情を本能を母胎に置いてきたのか?と不躾な思考を向ける。あてられてるのを察したのか男は此方に話しかけてくる
「どうした?トイレは暫く先だがどうしてもというなら降ろしてあげるけど」
「違ェよアンタが事故らないよう気を配ってるンだ」
「へぇ、さっきまで眠たげにしてた君が?僕の心配より寝て起きたら知らない山の中でしたってことにならないよう自分の心配でもするんだな。」
「ハッ20にもなる弟にGPSつけさせるブラコンのクセよく言うぜ。その気もないのに素振りだけ、とんだ色男だ」
ああ言えばこう言う言葉の応酬以下、愚にもつかぬ言い合い。幼い頃からずっとこうだ言葉は素っ気ないのに行動はその真逆、甘える分には最高の兄なんだがないつまで経っても子供のようだ。
ガイアはなんとなくぶすくれてしまい最早狂ったラジオなどどうでも良くなってしまった、どうなったって別にどうでもいいのだ、発狂しようと事故ろうと兄さんといればどうにでもなると骨身に染みているから。
︎✦︎
そっぽを向いてしまったガイアをみて何か変なことを言っただろうかと思案するが僕には特に心当たりは無い。ふむ、不愉快な金切り声を途切れ途切れに叫ぶラジオのせいだろうか?否これは肝の小さい男でもなかろうて寧ろこれが本命だったと思うのだが…態々ここまで連れてきたのにこんなのはあんまりだと思わないか?まぁこんな甘ったれな態度は僕にしかしていないようなのでいいんだけれど、己を少々不憫なのではと思う。山中過ぎて役に立たないナビをなんとなくでもトンネルまで後どれ程か知りたくてチラリと見るが道を映さないどころか画面は黒塗りされているのに加え頻繁に画面の節々がチカチカとブレており目眩がする。役たたずにも程があるなナビというものは地味に高いのもあり交換が心底面倒だと感じる壊した場合は矢張全額負担なのだろうか、いやこれは壊したと云うのだろうか「心霊スポットに行ったらナビが壊れました。」なんて「宿題をやったけど家に忘れました。」と同じくらい馬鹿らしい言い訳だ。事実だとしても証明のしようがない真実と事実は≠、つまり僕の負けだ。もし山を出てもナビが直らなかったら店に出向かなければならない間接的な原因と言えなくもないガイアにも付き合ってもらおう。今後の予定を決定事項とし脳内カレンダーに書き込む。
暫くしても車内は聴覚も視覚も刺激してきやかましい。それも道を進むにつれ激しくなっていく、ナビの画面には時々義弟らしきものが写りこんだりしていた。然し当の本人?は余程気に触ったのか此方を見ようともしない、だがこの場合見ない方がいいのか?心霊スポットでこういった事は当たり前だろうしな、きっと。まァこの世界ではスライムや動く石膏を見たことないが。代わりとでもいうのだろうか?
ニコチンを補給しようと新しい煙草を口にくわえたところでガイアが口を開く
「なぁ、なんか変じゃないか?」
変、変か、変なのは君じゃなくて?煙草に火をつける、一呼吸。寒いとかとも思ったがそんなはずもないし寒ければ勝手に暖房をつけるだろう、そういう男だ。ふむガイアと違い察するのが苦手なので1番初めに感じたことを口に出す。
「何も。 変なのは君だろ」
「あ、そ」
煙の香りで充満した車内は奇っ怪で愉快な仲間たちとテンションが地の底まで落ちた隣の男が好き勝手している、然し長年の経験上こういった時僕が何か言うのは地雷原に自ら踏み出すのと一緒だと知っている。踏んだらガイアは圧力式とは違い、即座に勝手に爆発する。絶望と後悔の猶予もない。ドカン。
この男と付き合う上で学んだ教訓はしかと刻み込まれており、ただ車を走らせることに専念する。
無心で進めばお目当てのトンネルに辿り着き、車内の喧しさもいつの間にか消えていた。
ディルックは霊や怪異を信じているというか存在していることを身をもって知っているので、この先の展開を予感しておりどうなるのかと少し心を躍らせていた。
「ガイア、着いたよ。このまま車で通り過ぎるかい?」
「…………」
……こういった時とりあえず謝ってはいけない、本人は冷静にむくれているので下手に謝っては余計機嫌を損ねる 本当に面倒臭い。
車を停止し、ガイアが拗ねてから3本目に突入しようとしていた煙草を灰皿にねじ込む。仕方がない 席から下ろされている膝を撫でガイアが好む「可愛らしい」顔を意識してつくり怒ってる?と囁けば渋々此方をみたガイアが顔を歪める、馬鹿だな 僕のこと好きすぎだろとか思ってもつり眉を維持し上目遣いを続ける。う、とかぐ、とかぐうの音を出すガイアははなから怒っておらずわざとそっぽ向いていたのを証明してくれる、可愛いな。あ、
「お前俺で遊んでるだろ……」
バレた。ガイアは左手で自分の顔を隠してしまうけれど僕は覗き込むような姿ままなので顔に血が集まっていく様子を確認することができた、可愛い。ここでいう可愛いは彼の照れている理由が僕のこと好きすぎる為である決して成人を迎えようとしている精悍な大男が僕の顔に発情しているからではない。断じて。
「違うな、君が僕に構って欲しかったんだろ?」
「…………しね」
ボソボソと勘違い野郎とか気持ち悪いとか彼のボキャブラリーに詰まっている限りの罵倒を繰り返す様に僕は少し面白くなってしまって意図して見せないようにしていたのについ、声を上げて笑ってしまって本当に面白くて面白くて!アハハ!あぁ彼の表情はすっかり「怯え」に切り替わっていた。これから肝試しいくのに相応しい様相である、まァ対象が同行者という点に目を瞑ればね。
もし、此奴に尻尾でも付いていたならばくるんとクッションを抱きしめるように体の正面にあっただろう。否既に座席の上に足があり膝を抱えているので尻尾などなくても犬のような怯え方をしているから似たようなものだな、フフ。僕は体制を戻してこれ以上義弟を放置するべきではないのでハンドルを握る。ガイアには悪いけど気がついてしまったからには此方も重要なのだ。
トンネルに入るとヘッドライトが消え、暗闇のみが残る。それに喧しくて仕方がなかったオーディオも誰かが泣く声が聞こえるだけ、それは声の高い低いも脳に情報として飲み込む事が出来ない。然しその声が「歓喜」に打ち震えていると直接脳に流し込まれる、なんと不愉快極まりない。
それでも真っ直ぐ僕は進んだ、カーブの存在する筈のトンネルだと記憶していたが壁など存在しておらずあるのは闇ばかり。行きであれば既にトンネルを抜けていたであろう時間が経過しても僕は進んだ。泣き声は続く。異変異常変数怪奇奇っ怪。
ふと、隣の男を確認してみるが暗くて顔も良く見えずぼやけた輪郭のみが存在を肯定していた。此方の動きに反応を示し"義弟"が話し出す。
「このまま、俺を連れて行ってはくれないか」
僕は首を横に振る。
「俺ならもっとお前を大切にしてやれる。お前の、役に立てる」
首を振る。
「声を聞かせてくれ」
首を横に振る。
そうして、かつての義弟はため息を吐き呆れたようにまだ待つもりなのかと問う。僕は頷く。
「このまま、お前が死ぬまでここに留めることが俺にはできる。お前が生まれ変わっても何度でも探して殺す」
怒りを声に乗せ、脅したところで僕の決意が変わらないことぐらいいい加減理解して欲しい。
彼の呪いが溶けるまで何百年かかろうがそれを溶かすのは僕だ。
「お前の決意が固いのは知ってるが人間のお前の心は耐えられない。磨耗からは逃れられない、知っているだろう。なァ……」
結局こういう奴なのだ。随分と久しぶりに会うが何も変わっていない、僕のことが大切で大切で堪らない君は僕を殺すことは疎かココに閉じ込めることさえ出来ない。何がそうさせているのかは知らないけど、それも含め神の執着がなくなったら言いたいことが沢山あるから決して返事も、諦めもしない。
だって、僕は彼のお兄ちゃんなのだから。
義弟はそうは思ってないみたいだけど。
どうせ、僕のことを父の代わりや養父の代わりにして自分の気持ちに目を向けることもなく一括りに大切に分類されているんだろうな。古くなった宝箱は軋み草臥れた宝物はにべもなく、愛を取り違えた馬鹿なヤツ悪霊なんかになってるの僕のせいなのにね。
長い沈黙を破るように前方から光が差し込む。ほらな、君は耐えられやしないのだ。どんな顔をしているのか拝んでやろうと助手席に座っている義弟をみてぼくは言葉を失った。
彼は、温度を知っていたのだ。
━━━━━━━━━━━━━━
後日訪れたディーラーでなにも異常がないと診断された車体は廃車にした。不審な様子でこちらを見る解体業者には多めに金を渡し無駄な会話を拒絶する。いつの間にか誰かに開けられていた宝箱は泥がこびりついていて触る気にもならない。奏でられるライアーの演奏は僕の気をやわらかく撫でて不快感を心に響かせ、信心深い訳でもない信者がテミス像を破壊する最悪だ。心に穴が空いておりぽっかりとしたそれは想像より大きく焦燥も困惑も混乱も与えられることがなく中身のないアレを憎悪のままに海に沈めた、そこならきっと風は届かない。
自分の皿に手をつけられると魅力って減退しちゃうよね。手のひらくるくる〜




