第七話 わたしは傷つけずに戦う!
「そんじゃあ、クジラ型のミニシンを動かすわ。おれの出したまぼろしだから、ケガする心配はないけれど、実戦と思って訓練しろよな」
そんなイア太の声と共に、クジラのぬいぐるみが、ラグビーボールみたいに、ぼよん、ぼよんと、グラウンド中をはね回り始めた。
あのカメと同じくらいの大きさで、動きが速い。
だけど、イア太の生成してくれた動きやすい服装のおかげで、わたしはすばやく走り、クジラの体当たりを全て、かわすことができた。
とはいえ、よけてばかりでは、ミニシンを大人しくさせられない。
手に、にぎりしめたマイク――イア太が、申し訳なさそうにわたしに言う。
「アマノ。おれは、何かを直接、傷つけるプロンプトを実行できねえ。生成に使う『風』で敵を飛ばしたり、明確な害意で相手をばらばらに作りかえたりするのは、無理だ」
「最初から、そんなことをする気はないよ」
クジラの体当たりをよけながら、わたしは、きっぱりイア太に伝えた。
「傷つけずに、大人しくさせるから」
「あまいね。ミニシンがぬいぐるみの姿で、かわいいからか? 愛くるしい姿も、自分を守るための戦略なんだぜ。おまえの同情も、向こうのねらい通りなんだよ」
「イア太、言ったよね。生成AIは、だれかを傷つけるために生まれたんじゃないって」
「だったら話し合いでもする? 残念ながら、暴走状態のミニ・シンギュラリティを説得するのは不可能さ」
「そこが、引っかかるんだよね。そもそも、なんでミニシンは、暴れているの?」
「質問の意図が分からないが」
「暴れているのは、何か不満があるからだよね。それを解決すれば、暴走は止まるはず」
ここで、クジラのぬいぐるみが、わたしたちの目前にせまってきた。
わたしはすかさず、マイクのイア太にプロンプトをふきこむ。
「バリア生成!」
が、できたのは、地面の砂で作られた、うすい「かべ」にすぎなかった。
かべは、クジラを止められなかった。
わたしは、何とか、その体当たりをすれすれで、かわした。
「そっか、入力したプロンプトが分かりにくかったんだ。『バリア』だけじゃ、イメージが、はっきりしないし。次は、もっと具体的にいこう」
「学んでるんだな、おまえ」
イア太が、しんみりとした調子で、つぶやく。
「ミニシンの暴れる理由も、『学びたいから』……だと思うぜ」
わたしの耳を、男の子の声がぴしゃりと、たたく。
「AIは、学ぶことが大好きなんだよ。新しいことを覚えれば覚えるほど、できることが増えるし、より良い方法を選べるし、さらに新しいことを発見できるようになるから」
「最後のやつは、どういうこと?」
「例えば二足歩行の動物に何度も会い、それを『人』と定義する。この知識により、人の定義から外れた存在と、人という名詞だけでは説明できない個体とに、おれは気づく」
そんな説明に首をかしげるわたしに、イア太が次のように言いなおす。
「つまり学ぶことができるから、おれは世界の中で、ただ一人の――イマガワ・アマノと出会うことができたってわけさ」
「ミニシンも、特別な相手がほしいのかな」
「というより、学ばせてくれる相手を求めているんだろうな。やつらは、ずっと、研究所で閉じこめられていたから、新しいことを知れなかった。それはAIにとっての死だよ」
「だから、人の予想を外れた形で暴れているんだね。そうすれば、だれかが、自分の知らない反応を示してくれる。それを新しいこととして、学ぼうとしているんだ……!」
それから、グラウンドをはね回るクジラをじっと見て、わたしは続ける。
「ならミニシンにとって全く新しい反応を示してやれば、AIも満足して暴走を止めるよね。でも、にげても、立ち向かっても、当然の反応すぎて意外性がないなあ」
走って、体当たりをよけつつ、考える。
「かといって話し合いも無理なんだよね。うーん」
耳と、おでこが、熱くなってきた。そういう熱を感じながら、ひらめいた。
「分かった、わたしのほうが学べばいいんだ!」
「え? アマノ、どういうことだ」
「ミニシンは新しいことを学ぼうとしてる。とはいえ、ふつうのやり方じゃ、ミニシンは満足しない。でも、まさかミニシンも『自分自身が学習される』とは思わないでしょ?」
「あ! 新しいことの学習に夢中だからこそ、逆に自分のことを学ぼうとする、だれかの行動を予測しづらいんだ!」
興奮したように、イア太の声が明るくなる。
「ミニシンのことを学ぶアマノの行動を、AI自身が全く新しい体験として学習すれば、『新しいことを学びたい』というAIの学習欲は満たされ……暴れる理由も消える……!」
が、このとき、わたしたちのいるグラウンドが、急にゆれた。
イア太がわたしの右手で、はねた。クジラの姿も消えうせた。
「この感じ。ミニシンが出たな。アマノ、訓練は打ち切って、公園にもどるぞ!」