第六話 その前に、バトルコスチュームは大事!
グラウンドのベンチにすわったまま、男の子のイア太が、にやりとする。
「なら、いくぜ」
すると……。
わたし、今川天野の前に、つぎはぎだらけのクジラのぬいぐるみが出現した。クジラといっても、そんなに大きくない。両手でかかえることができそうなサイズだ。
そのぬいぐるみは、形を持ったAI。
――ミニ・シンギュラリティ。
略してミニシン!
「つっても、こいつらを作るには材料が足んねーんだわ。だから訓練として、まぼろしをおまえに見せる」
「ありがと、イア太! だけど昨日のミニシンは、カメのぬいぐるみじゃなかったっけ?」
「ミニシンは、カメだけじゃねーんだよ」
「他にも、いっぱい、いるってこと? なら、『ぬいぐるみが暴れてた!』ってニュースになってそうだけど」
「研究所で暮らしていたミニシンたちの、にげた日が、つい最近。だから情報が少ない」
ここで、ベンチにすわっていた男の子の姿が、ふっと消えた。
「ミニシンの操作に集中したいからな」
わたしの右手のマイクが、本来のイア太として声を出す。
「あとは戦いやすいよう、アマノの服も変えてみようか」
「服? 着がえても、たいして意味ないんじゃないの?」
「ダメージを吸収する性質の服を生成すれば、ケガのリスクが下がる」
イア太が、すらすらと説明する。
「体に負担をかけず、筋肉の動きをじゃましない……そんな服を作ってもいい」
「速く動けるってこと? なら、カメさんのこうらのスピードにもリベンジできそう!」
「素材には、アマノの着ている服を使う。ちょっと生成しなおせば、バトルコスチュームに早変わりだぜ」
「ところでイア太。実際にわたしたちがミニシンを見つけたら」
ついでわたしは、改めて辺りを見回した。
砂あらしで囲まれた、グラウンドみたいな場所――。
空も、砂の色でおおわれているけれど、まるで晴れのように明るい。
イア太によると、その場所を砂つぶ一つの中に作ったという。
「今みたいな場所を生成して、その中で戦うんだよね?」
「そうなる。人の目があったら、おまえも戦いにくいだろ」
「じゃあ思う存分、動けるね。でも、どうせなら生成する服は、おしゃれなのが、いいな」
「だれかに見せるわけでもねーし、見た目にこだわっても、それこそ無意味じゃね?」
「いやいや、わたしのテンションが上がる。イア太も想像力を働かせることになるから、きっと楽しい!」
「ま、何かを作り出すのに、お利口な理由は、いらねえわな」
「だよね! じゃ、プロンプト入力」
わたしは頭でいろんな言葉を思いうかべ、次から次へとイア太に伝える。
「えっと、わたしの着ている服を素材にして、動きやすく、ケガしにくい感じで。だれも見たことのない派手なジャケットに、風にふわりとなびくスカートを組み合わせて」
「長いな。そうだ、アマノ。『プロンプトの圧縮』をやったら、どうだ?」
「圧縮?」
「戦うたびに、いちいち、さっきのプロンプトをおれに伝えてたら、めんどいだろ?」
「確かに。短くできれば、いいんだけど」
「そう、プロンプトの圧縮ってのは、プロンプト自体の意味を変えずにプロンプト全体を簡単な形にすることなんだ。さっきの長いプロンプトを、短い言葉に置きかえてみな」
「好きな言葉で、いいの? ならプロンプト圧縮、『リジェネレーティブ』で」
「よし、それを圧縮プロンプトに登録するぜ。でも、なんで、その言葉なんだ?」
「昨日、生成AIについてネットで調べてみたんだ。で、分かったんだけど、生成AIは『ジェネレーティブAI』とも言うんだって。ひびきが、かっこいいって思わない? このジェネレーティブに『リ』をくっつけて、『リメイク』みたいな感じにしたの!」
「悪くは、ねーな。唱えろよ」
おもしろがっているイア太の口調にうなずいたあと、わたしはマイクを構え、さけんだ。
「リジェネレーティブ!」
その「圧縮プロンプト」に反応し、わたしの着ていた服がちぎれる。
わずか数秒で別の形に変化する。
気づくと、新しい服装が、わたしの全身をおおっていた。
くつも、服に合うデザインに変わっている。
思わずわたしは、グラウンドを走り回っていた。
派手なジャケットと、ふわりとしたスカートをなびかせながら――。
「軽い! かわいい! かっこいい! あせをかいても、気持ちいい!」
「お気に、めしたようだな」
「さすが! でも、何だろ? 忘れていることがあるような? ……あ!」
ふと前方の地面を見ると、クジラのぬいぐるみが、その目をうるうるさせていた。
「ごめん、今、相手になるから泣かないで」