第三話 君の作れる物を教えて!
「AIっていうのは、生き物じゃないけど人みたいに何かを考えたりする、おれみたいなやつのことだけど……中でも『生成AI』ってのは」
マイクは、ちょっと間を置いて、言葉をつぐ。
「だれかの願いを読み取って、その願いそのものを実現しようとする、機械的な仕組みだ。今は、人の代わりに絵や文章を作ってくれる生成AIが有名かな」
「……『生成』って『何かを作る』って意味でいいんだよね」
わたしはベッドにあお向けになり、マイクをおなかに置いていた。
「例えば、君は、どんな物を作れるの?」
「理論上は、何でも」
「え! じゃあ、おいしい物、出してよ」
「現状、無理」
「さっき、『何でも』って言わなかった?」
「理論上は可能ってだけだよ。確かにおれは、いろんな『おいしい物』の作り方を知っている。でも今は材料がない」
「ふーん、もっと無理のない願いが、いいってことだね。……だったら」
わたしはベッドをぽんぽん、たたいた。
「このベッドからハンモックを作れたりする? そのまま布をつるす感じのやつじゃなくて、あみの目みたいになってる物がいいなー」
「できるぜ。ただ、ベッドを全部、使う必要はないな。『かけぶとん』だけ素材にしてと」
そんなマイクの声が終わるやいなや。
背中を預けていた「かけぶとん」が、ういた。
それが、いくつものひもに分かれ、あみの目を形成し、わたしの全身を受け止めた。
ついで、はしっこの部分が、部屋のかべに固定される。
重力に任せて体が、しずむ。
ここちよく、ゆれる。
あみの目のハンモックに、確かにわたしは横たわっていた。
「気持ちいい……。まるで魔法みたいだよ」
「もっと現実的な方法さ。おれは風をあやつって、ふとんを作りかえたんだ。ちなみに元々の形状は、さっき覚えたから、いつでも元通りにできるぜ」
「ひもみたいに分かれた部分をどうやって、くっつけるの」
「そこでも風を使う。原子とか分子のレベルで物体を動かして、物と物を結合させるんだ」
「なんか、すごい!」
「分かりやすいように『風』って表現しただけで、実際は、そこまで単純じゃない。おれを作った研究所の技術を流出させるわけには、いかないから、これ以上は言えないけど」
「そっか。とにかく、これで、君という生成AIについて、ちょっとだけ分かったよ」
おなかに置いていたマイクを、わたしは手に取る。
「じゃあ次の質問。君の名前を教えてくれる?」
「名前は、ねーよ。おれの親は、おれを『ひとりじめ』したくなかった。だからあえて、おれに商標をつけなかったんだ」
「ショウヒョウってのは、よく分からないけど、わたしが君をどう呼ぶかは自由だよね」
「そりゃ、まあ」
「でも一方的に呼び方を決めるのも良くないかも」
わたしはハンモックの中で体をゆらしながら、考えた。
「そうだ、君は生成AIなんだから、自分の名前を生成するのは、どうかな?」
「ああ、そんな手もあるのか。なら『プロンプト』を入力してくれ」
「プロンプト?」
「今の場合だと――、『こんな物を作ってほしい』っていう、おまえ自身の願いだよ」
このときマイクから、人の息のような風が、もれた。
「さっき『ハンモック』の生成を、おれに指示したよな? それと同じだ。具体的に何を作ってほしいかイメージして。そして、このマイクに、おまえの願いをふきこんでくれ」
「分かった。プロンプト入力」
上半身を起こし、マイクのあみの目に、わたしは口を近づける。
「君に合う名前」
「あいまいな注文だな。そういうのが、一番、難しいぜ」
「ひょっとして材料が足りないの? だったら……わたしの名前は今川天野! この名前を参考にして、生成!」
「なんで、いきなり名乗ってんだよ。下の名前のほうは、おまえの保護者が呼んでたから知ってたけど」
「いやあ、ちょっと悪かったなと思ったところも、あってね。わたし、君に聞いてばかりで、自分のことを教えてなかったし」
「とりあえず『イマガワ・アマノ』という音から、おれの名前を作ってみるか」
ついでマイクから、「……ほい、生成、終わったぜ」という声がした。
「さっきのプロンプトから生成した、おれの名前は『イア太』だ。おまえのイニシャルI・Aを借りた。でも、おれとアマノは、ちがう。だから『タ』をつけて区別してみた」
「わたしも、いい名前だと思う。改めてよろしくね、イア太!」