第二話 なぞのマイクは「生成AI」?
わたし、今川天野は、拾ったマイクを目の前の男の子にわたそうとした。
しかし、わたせなかった。
マイクが、男の子の手をすりぬけたからだ。
「あれ、ごめん。わたし、ぼーっとしてるのかも」
「ちげえよ。おまえは正常だ。おれの本体はマイクに内蔵された『生成AI』だからな」
とくに「生成AI」の部分に力をこめ、男の子が得意げに言った。
「おまえが見ている男の子の姿は、おれが見せている『まぼろし』なんだよ。姿も声も、実際は自由自在さ。でも、その姿を認識できるのは、おれに、さわっているやつだけだ」
「さわっている……? わたしが、君に?」
手の中のマイクを見つめ、わたしはそれを地面に置く。
そして、マイクを手放すと――。
男の子が、わたしの目の前から消えた。
もう一度マイクにふれると、また男の子が現れた。
「これで理解したろ。おれは人間じゃなくて、そのマイクの中にいるんだよ。人の口から声が出ている感じもするだろうが、音の出し方を工夫すれば、脳をだますなんて簡単さ」
「もしかして」
わたしはマイクを地面から持ち上げて、自分の顔に近づけた。
「さっき大声を上げてカメのぬいぐるみを追いはらってくれたのは、マイクの君なの?」
「そうだぜ、おまえ、危なかったんだからな」
「うん。ありがとう、君のおかげで助かったよ」
「……すなおに感謝すんなっつーの」
「お礼ぐらい、別にいいじゃん」
「初対面のやつを、簡単に信用すんなって話だよ。まして、おれは生成AIなんだぜ」
男の子は、顔をそむけた。
「とにかく、本当に感謝してるなら、誠意を見せてほしいね」
「このマイクを……君を拾って、持ち帰れば満足なの?」
「それだけじゃ、ねーよ」
ここで男の子が視線をもどし、わたしをななめ下から見上げた。
「おれと組んで、ミニ・シンギュラリティと戦ってくれねえか」
その言葉に対する、わたしの返答は――。
当然、決まっている。
「いいよ――」
「本当か!」
「――なんて、あっさり言うわけないじゃん! ごめんね! 君が困っていること以外、ほとんど意味が分かんない!」
とりあえず、わたしは路地から出て、家に帰った。
庭いじりをしているおばあちゃんの声が聞こえる。
「今年も、きれいな花をさかせたね……」
わたしは右手にマイクをにぎりしめたまま、げんかんの前で「ただいま」と口にした。
「……あ、おかえりなさい、天野」
おばあちゃんが、赤いカーネーションや白いバラに水をやりながら、声を返す。
わたしは、父方のおじいちゃん、おばあちゃんと暮らしている。
おじいちゃんも、庭にいた。草むしりを中断し、わたしに「おかえり」と言う。
ここまでは、わたしがマイクをにぎっていることを除けば、いつも通りなのだが――。
今日は、もう一つ、新しい声が加わる。
「そちらの、すてきなお二人が、アマノのご家族の方ですか。初めまして。おれはアマノのお友達です。マイクに内蔵された生成AIですが、よろしく!」
「今の音は? 天野の持っている、そのマイクから出たのかね」
おじいちゃんが、とまどっている。
なお、軽いパーマのかかった、あの男の子の姿は、さっきから消えている。
マイクがわたしの右手でふるえる。
「はい、マイクの中のおれが、しゃべっています。これからアマノといっしょに、ミニ・シンギュラリティと戦う所存です!」
「むう、それは――」
おじいちゃんが、真面目な表情を作る。
「楽しそうだな!」
……一秒後、おじいちゃんの顔が、ほころんでいた。おばあちゃんも、にこやかである。
わたしは、ぎこちない笑いを二人に向けたあと家に入り、自分の部屋にかけこんだ。
うれしげにマイクが声をもらす。
「よし、これで保護者の許可も得られたな!」
「いや確実に、ごっこ遊びとかゲームの話って思われてるよ! 君だって、おこづかいで買ったおもちゃに見えたに、ちがいないよ!」
そしてわたしはマイクを持ったまま、ベッドに背中を落とした。
「ともかく、いろいろ聞いていい? まずは、君の言ってる『生成AI』って何なの」