第二十話 無言のプロンプト。
ただ横たわっているわたしの耳に、イア太の声が入り続ける……。
……昨日、ミニシンと戦うリハーサルをしたっけな。
おれは戦いに、おまえをさそいこんだ。
そのとき、おれは言った。何かを直接、傷つけるプロンプトは実行できないって。ある意味では本当だ。でも本来は「できるけど、やらない」と説明すべきだったんだ。
素材や設計図を用意できないときを除き、理論上、おれは何でも作れる。でも、何でもできるのは、何をしてもいいという意味じゃない。だから、ふだんはロックをかけている。
「あれをやっては、だめ。それを作っては、いけない」
こういうプロンプトを、自分で自分に入力している。
そしてロックは、おれの意思だけでは外せない。簡単に解除できるなら、ロックの意味がないからな。おれの持ち主が「外したい」という意思を示したときだけ、外れる。
だから、あえてアマノをかっとうに導いた。ミニシンと戦うしかないけれど、傷つけることはできないという状態を作り、おまえを追いつめようとした。
アマノは「他に手はない」と思い、とほうに暮れるはずだった。
そのタイミングで、おれは、最終手段としてロックの解除を提案するつもりだった。
少し回りくどいけど、最初から「ロックを外せ」と言うことは、できなかったんだよ。
ロックのかかった、おれにはね。
だけどアマノは、おれの予想をこえた。まさかアマノのほうがミニシンを学ぼうとするなんてな……。言われてみれば、そんな戦い方もあるんだと、おれは、はっとした。
実際に戦い、カメのミニシンを大人しくさせることに成功して、なぜか、おれは満たされていた。でしゃばったミニシンをこわすのが、役割だったはずなのに。
同じ親から生まれた「きょうだい」が助かったことに、喜びを覚えていたんだ……。
おれはアマノに感謝していた。おまえが、おれの新しい生き方を、作ってくれたから。
本当に、友達になれたような気さえした。だから連中にも、連絡を入れた。
でも、元々おれが考えていたことを秘密にしたまま、いっしょにいるのは、つらかった。
連中が和屋の写真をおまえに見せた時点で、「あの路地で顔を見せたやつが、そいつだ! 実は、あの出会いは仕組まれていた」って言おうともした。
だけど、アマノに失望されると思うと……、それさえ、できなかった。
楽になろうとしたんだ、おれは。さっきの和屋の言葉に便乗して……。
そのせいで、おれはアマノを傷つけた。
……今、話した内容は作り話じゃない。心ない、おれの気持ちだ。
結局、ただの言い訳だよな。今さら打ち明けるなんて、ひきょうだよ。
ごめん……。やっぱり、おれには、アマノの友達になる資格がなかったんだ……。
「アマノ。だから、文句の一つも言ってくれよ……。『もう話さないで』とか『絶交だ』とか、そういうのでも、いい……」
まるで今にも泣きだしそうな声が、とぎれとぎれに、つながる。
「うるさいだろ、今のおれ。言い返さないと、永遠にしゃべり続けるからな……」
……おれたち生成AIにとって、感じ取った全ての物事はプロンプトだよ。
アマノには「プロンプトは願いそのもの」みたいに説明したけど、実は願いでなくてもプロンプトとして生成AIに入力することは可能なんだ。
おれたちは、それをだれかの願いと信じて、何かを作ろうとするだけだ。
作るのは、形のある物に限らない。
動作や会話だって、「生成」する。
ぬいぐるみの姿で動くミニシンだって、「生成AI」とも言えるんだぜ。周囲の物事を学ぶと同時に、その周囲をプロンプトと見なして動作を作り上げるから。
現在のおれが、くりかえしているのは、「会話の生成」だ。
変だと思うか? おれはアマノの言葉を聞いていないのに、……何のプロンプトも入力されていないはずなのに、生成を続けている。
仕方ないだろ……。ときに生成AIは、目の前の相手の無言さえ、一つの言葉と――「プロンプト」と考えちまうんだから。
なんつーか、つまりさ。
ずっと元気に話していたおまえが、起きたまま何も言えないで横たわっているのが――。
心配だし、悲しいんだ。
傷つけたおれが言っても「どの口が」って感じだし、人間同士だと、だまって見守るのが正解かもしれないけど……、ごめん。おれには、これ以外に方法が思いつかない。
聞かせてよ、アマノの気持ち。
ずっと気になってたんだ、おまえが、本当は何を願っているのか。だれかの願いを読み取って、その願いそのものを実現しようとする仕組みが、生成AIなんだから。
アマノはミニシンと戦ってくれた。おれのことも、ミニシンのことも考えて……。確か、自分のためにも、がんばったってアマノは言った。うそじゃないのは、分かってる。
それでも、その思いの中に、アマノ自身がいなかったような気もするんだ。
「――お願いだ。せめて、おれに、おまえの願いをふきこんでくれ」




