第十九話 今川天野が、くずされる……。
「イア太は、もっと、いろんなことが、できるんだよ。例えば、アマノちゃん、『リジェネレーティブ』ってイア太にふきこんだあと、動きやすくなったよね、なんで?」
「あ……、いや、それは」
うまく、話せなかった。元々わたしを利用するためにイア太がわたしに近づいたのだと聞かされて、体のふるえが、止まらなくなっていた。
「元の服を、動きやすい格好に変えているから……」
「それもあるけど、ぼくは見ぬいたよ。イア太は、君の体の組織自体を再生成して、君の動きをサポートしている。アマノちゃんの体を、勝手に作りかえている」
軽口みたいに話す和屋に、わたしは、「やめてよ……」としか返せなかった。
「ひょっとしてアマノちゃん、体だけじゃなくて脳みそまで再生成されてるかも! 生成AIに都合のいいようにさあ!」
葉っぱに巻かれたわたしのそばで、和屋の笑い声がひびく。
「君、自分のことを『生成AIつかい』とか呼んでたね。それって生成AIを使いこなす人って意味じゃなくて生成AIの『使いっ走り』だったってこと? ただのパシリじゃん!」
「和屋! これ以上、アマノに、おれの友達に悪口を重ねてみろ。そのときは――」
わたしの右手のイア太が、さけんだ。
「おまえ自身を作りかえるぞ……!」
「すごむねえ。さっきまで、ぼくといっしょに真実を語り、大事なお友達を追いつめていたくせに。ぼくとアマノちゃんの言葉を――二つのプロンプトを受けて、混乱してない?」
「おれはアマノに、もう、かくしごとをしたくないんだ」
「だとしても、タイミングは考えなきゃ。実際、アマノちゃん、ぼくよりも君の言葉で、傷ついてるよ」
それから和屋は声を小さくし、わたしの耳に口を近づける。
「アマノちゃんもイア太を誤解しないであげて。かれは、ぼくの口から秘密をばらされるのをおそれた。だから、いっそ自分から話そうってことで、はき出しちゃったんだ」
「和屋さんは、いったい……わたしを、どうしたいの……?」
「ぼくの夢、話したよね。みんなの欲にまみれた姿を見たいって。でもミニシンをこわすイア太を拝むのは失敗した。だから今度は、アマノちゃんのわがままをながめさせてよ」
「わたしの……わがまま?」
「思いえがけば何だって実現できる。願いをこめたプロンプトをマイクにふきこみ続ければ、イア太も君には逆らえなくなる。自制という、ロックをほどいていくんだよ」
そして和屋が、自分の左手の平をべろりと、なめる。
「いい子なんて、やめてさあ、世界をめちゃくちゃに作りかえてみたくない?」
目の前には、和屋のくつから生成された、わたしとイア太の小さな姿もあった。
わたしの姿がとける。同じ素材で作られた、マイクの形を飲みこむ。その後、それらは、ぐちゃぐちゃになり、少し経過してから、くつに、もどった。和屋がそれをはく。
「じゃ一日後にまた来るよ。そのときに願いを聞かせて。君のわがまま、見届けてあげる」
「待って……。帰らないと、おじいちゃんとおばあちゃんが心配します。あしたは月曜日、学校だって、あるんです」
「帰すわけないじゃん。君をにがしたら『こわいお兄さんと会った』って、おうちの人と警察に知らせるよね。そうなれば、ぼく、アマノちゃんと再会できなくなっちゃう」
そして、しゃがんでいた和屋が立ち上がって、わたしを見下ろす。
「結局、君は何の決意もなく『生成AIつかい』を名乗っていたんだ」
その言葉に言い返すイア太の声も聞こえるが、よく分からない。
「――自分の作り上げた想像の中で遊ぶの、楽しかった?」
最後の和屋の冷たい声が、わたしの心を、ばらばらにした。
緑で包まれた空間から、和屋も、リス型のミニシンも、消えた。
わたしの体に巻かれていた葉っぱは、イア太が外してくれた。
「あいつの言葉なんか、気にしなくていい。アマノから正常な判断力をうばって、自分の思い通りにするために、ゆさぶりをかけているだけだ」
うつぶせのまま、わたしは緑のゆかだけを意味なく見ていた。
「……アマノ。悪かった、おれは本当のことをだまっていた。打ち明けようと思っても、おまえに、きらわれるのが、こわくて……今まで何も言えなかったんだ」
右手に力が入らない。わたしの手から、マイクが転がる。
イア太の音が、右耳のななめ下から入りこむ……。
……『和屋に、そそのかされた』なんて言い訳はしない。おれは自分の意思でおまえと会ったんだ。ミニシンを共にこわしてくれる存在を求めて。
子どもであれば、だれでも良かった。カメ型のミニシンを、和屋が、けしかけてくれた。
たまたま、それに引っかかって、おれのいる路地に来たのが、アマノだったんだ。
最初はアマノを利用する気だった。でも、おまえは、おれにプロンプトをあたえて、「イア太」という名前を生成させてくれた。
名前のなかったおれは、それを喜んでしまった。おれはアマノの家族に『お友達です』と言ったけど、それを疑わないアマノの姿が、とても、まぶしかったんだ……。