第十八話 わたしに、ふきこまれる言葉。
うつぶせの状態で、わたしは横たわっていた。
緑のゆかが、間近に見える。
首を動かすと、大きな葉っぱが体に巻かれているのが分かった。身動きがとれない。
視界には、和屋の黒っぽい「くつ」と、それに乗るリスが映っている。
イア太は、わたしの右手にいる。葉っぱのせいで、口元に持っていくことは、できない。
それでもわたしはプロンプトを伝えようとした。
が、和屋は、ぴしゃりと言う。
「少しでも生成のそぶりを見せたら、アマノちゃんの下から、するどい木の幹を出して、つらぬく。マイク……イア太も分かるよね。これは『何も作るな』というプロンプトだ」
こうなれば、今のわたしにできるのは、口を動かすことくらいだ。
「あなたも生成AIを使うのは知っていた。でも、いつ葉っぱを作るプロンプトを入力したの。イア太みたいに自分の意思で生成することも可能なAIを持っているとか……?」
「ぼく自身に生成AIを内蔵したんだよ。だから千代原先生も気づかなかった。今じゃ、心で思うだけで、いろんな物が作れる」
その言葉と共に、和屋のくつが変形した。右のくつは、わたしの姿をかたどった。左のほうは、マイクの形になった。代わりに、和屋の黒い「くつした」が、あらわになる。
和屋は、右の親指で左手の平をかきながら、笑い声をもらす。
「プロンプトの入力処理を、心の中のみで完結させているのさ」
「……そんなことが、できるなんて。和屋さんも千代原さんに負けず、十分にすごいじゃないですか。しっとする必要、あるんですか」
「ぼくは先生にコンプレックスをいだいているんじゃない。先生の才能にかき消される、かわいそうなみんなのために何ができるのか考えた結果、裏切ったんだ」
「勝手に同情しないでよ! ミニシンも、和屋さんの思い通りになりたくないはずだよ」
「ぼくは、みんなの底にねむっていた欲をつついただけさ。君の言うイア太やミニシンのわがままな姿を見たくてね!」
「イア太にも、ひどいこと、したんですか……!」
「おやあ? イア太から何も聞いてないの? あ、ぼくも君に合わせてマイクをイア太と呼ぶことにしたから、あしからず。ま、さらったときは名もなき生成AIだったんだけど」
そして和屋は、しゃがむ。
くつから生成したマイクの形を指でつつき、わたしを見る。
「もしかしてアマノちゃんさあ、『イア太は持ち主のために誠心誠意つくしてくれるだけの存在』って、かんちがいしてない?」
続いて、わたしに目を近づける。
間近で見ると、和屋のきれいな顔が、きわだっていた。
切れ長の目が、わたしにするどい視線を送る。このとき、思い出した。
「……あ、よく見ると、おととい、イア太と会った路地で、家の窓を開けて、顔を見せた人じゃないですか!」
「良かった、忘れられてなくて。あのとき君は、頭を下げたっけねえ。ぼくは、その意味が分からなくて首をかしげちゃったんだ」
「どうして、和屋さんが、あそこにいたんですか」
「アマノちゃんとイア太がきちんと出会えるか、見守っていたんだよ」
「……は? どういう意味です」
「順を追ってみようか。イア太が生まれた理由から説明しよう。我らが千代原先生の開発した生成AIトランス・ペアレントは、多くの『ミニシン』を生んだ」
和屋は、自分の足の上で遊んでいるリスに、視線を落とした。
「が、ミニシンは人のプロンプトによって生まれた存在じゃない。そこにトランス・ペアレントは不安を覚えた。人でない自分がここまで、でしゃばっていいのかと」
「結果、トラペは、おれという生成AIを作り上げたんだ」
ここでイア太が、和屋の言葉を引き取った。
「つまり、ミニシンがその領分をこえて、でしゃばったとき、それを始末する役割を負う生成AIが、おれなんだ。言うなれば、『こわすこと』そのものを作り出すAIだな」
「ぼくはミニシンをにがしたとき、イア太に提案を持ちかけた。君の本来の役割を果たしてみたくないかってね。でも、ぼくは大人。暴れているミニシンには近づけない」
「そこでおれは和屋にたのんで、おれを都合よく使ってくれるやつを用意してもらうことにした。カメ型のミニシンをけしかけ、あの路地にさそいこんで、おれを拾わせた」
「なぜイア太は、さらわれたくせに、ぼくから解放されたのか。君に拾われたイア太は、千代原先生にすぐ通信を飛ばさなかったんだろうけど、それは、なぜか」
「おれは連中に、それらしい説明をしたが、あれは、ごまかしだ。本当は、ミニシンたちを傷つけるために、アマノを利用しようとしたんだ」
「……何、言ってるの? 和屋さんは、ともかく、イア太まで」
わたしに巻かれた葉っぱの中で、マイクを持った右手がふるえる。
「そもそもイア太は、何かを直接、傷つけたりするプロンプトは実行できないんだよね」
「その前に、おれ、言ったろ。『初対面のやつを、簡単に信用すんな』って。何より――」
もう、わたしは聞きたくなかった。
「おれは生成AIだ。当然、作り話だってするさ」