第十六話 おびき寄せる者がいる!
生成に失敗したわたしに、男の子のイア太がささやく。
「言い忘れていた。使用する素材が遠くにあったり、はなれた場所で生成を試みたりした場合、おれはプロンプトを実行しない」
「そうだったの?」
「おれは、おれを暴走させないよう、自分にロックをかけている。例えば遠くからおれにプロンプトを入力しようとしても、おれは、それを受け付けない」
「ともかく、もう少しヒヨコさんに近づく必要があるね」
ヒヨコ型のミニシンが、高いがけの上で、よちよちしている。
現在、わたしたちは、その様子を見上げている状態だ。
「どうもヒヨコさんも、わたしに気づいた上で、にげていないみたい」
わたしは、がけに近づいた。辺りには岩が転がっている。
これらの岩を素材にして、イア太に坂を作ってもらった。
それだけではヒヨコに届かなかった。
坂は、がけの三分の二くらいの高さだった。
そこを上りきって、わたしは「今度こそヒヨコさんの近くの石を素材にして、この坂と、がけの上をつなぐ橋を生成」とマイクのイア太にふきこんだ。
何となく、鳥かごを作るのは、やめた。
イア太の「風」が石をつなげ、ななめの橋を作り上げたとき、ヒヨコのぬいぐるみが、とことこ、わたしに向かって歩いてきた。
「ラーニング」
ヒヨコの口元に、マイクのイア太の頭部を近づけ、わたしは言った。
ついでマイクから光のリングが生まれ、ヒヨコを小さく囲む。回転する。
すると、ヒヨコの歩みが停止した。
目の前のヒヨコは、どんなふうに暴れて相手の反応を得ようとしたのか? これを学ぶ必要があった。学んだことを相手に伝え、おどろかせ、満足してもらう必要があった。
「こいつのデータを学習したぜ。人に向かって歩くだけで、悪いことをしたつもりらしい」
そんなイア太の声にうなずいたわたしは、いったんヒヨコから、はなれた。
とことこ歩き、ヒヨコに近づく。
しゃがんで、その頭をなでる。
「そっか、君は、相手をどんなふうに傷つけていいのかも、分からなかったんだね」
つぎはぎだらけのヒヨコのぬいぐるみが、その場にうずくまった。
イア太が、電波を飛ばして研究所に報告する。
研究所は、わたしたちのいる山の、天守閣の下にあるので、わりと近い。
それから少し経過して、研究員の人がやって来た。
昨日、受付で会った大人だった。その人が、ヒヨコを預かってくれた。
ヒヨコは、にげなかった。
研究員の人がミニシンを連れて帰ったあと。
わたしは、がけの上に立ち――生成した橋と坂を、元の石と岩にもどした。このままにしておいたら、事情を知らない人が見たとき、びっくりしてしまうから。
その作業を終えた男の子のイア太が、わたしのとなりで深呼吸する。
「さっきのヒヨコとは、まともに戦わずに済んだな」
「わたしもバトルコスチュームに着がえる必要がなかった。この調子で最後のミニシンも保護しよう!」
「あとは残り一体。リスだけだな。……ん? あ、アマノ、あれ見て!」
イア太が山道の一つを指差す。そこに、つぎはぎを持ったリスのぬいぐるみが動いていた。
リスは、こちらの視線に気づいた。
背中を向け、にげだした。
「はっや!」
わたしは全速力で山道を走り、リスを追いかけた。そして、追いついた。
「傷つけないから、にげないで」
手の平サイズのリスに、わたしは両手をのばす。
――と、そのとき。
目の前に、緑の葉っぱが落ちてきた。
その一枚にわたしが視線を向けた直後、辺りの景色が一変する。
とつぜん、山道も、まわりの木々の茶色も消え、全てが緑でおおわれた。
上も下も緑。
前後と左右にも同色が広がる。
「何なの、この色? 葉っぱの緑でも、ないみたいだし」
「いや、葉っぱの緑でまちがいないよ。ぼくらがいるのは『葉っぱの中』だ。そのマイクの持ち主になった君とは、前から、しっぽり語りたかった。だから招いたのさ」
そう言ったのは、きれいな顔の、若い男の人だった。その人は、いつの間にか、わたしとイア太の前に立っていた。
わたしは、はっとして、ポケットから一枚の写真を出した。
その写真の中で、目の前の男と同じ顔が、はにかんでいた。