第十一話 いざ、千代原さんの研究所へ!
「よし、着いたよ。ここが生成AIの研究所だ」
千代原さんの車は、山の中で停止した。
目の前に見えるのは――。
これぞ日本の城! と言いたくなるような、ちょっとした「天守閣」だった。
わたしは目を丸くした。
「なんで、お城?」
「情報をぬすもうとする人もいるからね。その目をごまかすには、生成AIとは関係なさそうな、こういう場所がいいんだよ」
千代原さんは、少し生気のない顔で、口角を上げた。
ついで、付け加える。
「もちろん、このことは他のみんなには秘密だ」
ともあれ門を開け、わたしたちは建物の中に入った。
ゆかは木材でできており、ふむたびにギシリと音が鳴る。
「――この天守。あたしらの町を見下ろしているやつじゃないか?」
こけのにおいのする通路を進みながら、おばあちゃんが言った。
確かに、わたしたちの住む町は、かつての城下町。
山の頂上の、名もなき天守閣の「おひざもと」にある。
わたしも遠くから、その天守閣をほぼ毎日、見ているはずなのだが、先ほど間近で目にしたときは、同じ建物だと気づけなかった。
いつもより力強く見えたせいだろう。
ここで、先頭の千代原さんが止まり、通路のゆかをとんとん、ふんだ。
すると、そのゆかの部分が、左右に開くように、はね上がった。
下に続く穴が現れた。穴に入ったあと、階段を下りる。
わたしたちは、いくつもの、とびらをぬけた。
だんだん、こけのにおいが消えていく。
ついには何のにおいもしない、白くてきれいな部屋に出た。
そこで待っていた大人が千代原さんの説明を受け、何やらタブレットを操作する。
わたしも、おじいちゃんもおばあちゃんも、本来は研究所に入っては、だめなのである。
だから今回、特別に立ち入りを認めるため、受付担当の研究員のタブレットから手続きをする必要がある――と千代原さんは解説してくれた。
それが終わってから、千代原さんは、わたしたちを研究所のおくに案内する。
みんなの、くつの音が、白い通路にひびく。
ときどき、他の研究員の人とすれちがう。
「千代原さん、この研究所って秘密の場所なんですよね? かっこいいとは思いますけど、ちょっと不思議です」
歩きながらわたしが言うと、千代原さんは、「続けて」と答えた。
わたしは千代原さんの背中を見る。
「イア太のような生成AIがいるなら、砂つぶ一つの中にも場所を作れるはずです。働くみなさんと研究所を小さく『再生成』して、かくしたりしないんですか」
「君は、すでに体験しているのか。確かに、砂つぶの中に研究所を移転させることは可能だ。しかし、やらない」
「どうしてです」
「一週間程度なら問題ない。だが、あまりに長期間、小さいままだと危険だ。元々、全ての物体の大きさには必然性がある。それをねじ曲げたまま生きることは、できない」
そして千代原さんは立ち止まる。
前方には、とくに大きなとびらが、あった。
ゆっくり、音なく、開いていく。
その先の部屋は広かった。
中心に、円柱の形をした大きい「水そう」が見える。
……「てんじょう」まで届く高さだ。中は、とうめいな液体で満たされている。
水そうの内側では、つぎはぎだらけのぬいぐるみが、たくさん、ういていた。
「ここにいるのは全て、我々が保護した『ミニシン』だ」
千代原さんの指差すぬいぐるみの中には――。
見覚えのあるクジラ型も、まぎれていた。
「みんな、かわいい! しかも落ち着いてる」
わたしが、そう口にしたとき。
ずっと、かかえていたカメが、うでをはなれて、自分から、ゆかに落ちた。
「……そっか、きょうだいのところに帰りたいんだ。元気でね」
カメのぬいぐるみは、わたしに一回だけ頭を下げたあと、水そうに近づく。
すると、水そうの一部が割れた。
割れた部分から中の液体が飛び出し、カメを飲みこんだ。
直後、液体はカメを連れて水そうにもどった。
さらに、割れた破片たちが逆再生のように、元の場所へと、はめこまれていく。
修復された水そうには傷一つない。
中からカメが、手足をふっている。