第十話 改めて、わたしの家族と。
マイクに内蔵された生成AIのイア太は、別の生成AIから生まれたという。
その生成AIを作ったのが、千代原連中さん。
とうめいな上着を羽織った、背の高い人である。
千代原さんは、ちょっと考えたあと、次のように言って、公園から出ていった。
「少し時間をくれないか。君の、保護者の許可を取りに行く」
……しばらくして、わたしのおじいちゃんとおばあちゃんを連れて、千代原さんが公園にもどってきた。
「おつかれさま、です。でも、わたしの家、千代原さんは知りませんよね。それなのに、二人をどうやって見つけたんですか」
「ちょっと考えただけだ。マイクから聞いたわけでもない」
千代原さんは体をかがめた。
カメのぬいぐるみをかかえる、わたしと目線の高さを合わせる。
「公園に自転車などの乗り物が見当たらない。したがって、君は自分の足で、ここに来たということ。家は近くにあると考えられる。さらに――」
わたしのそばに移動するおじいちゃんとおばあちゃんに頭を下げ、千代原さんは続ける。
「君はマイクと話しているとき『おじいちゃんや、おばあちゃん』という言葉を愛情深く発音していた。だから、『やさしい老夫婦と三人で暮らしているのか』と見当がついた」
「言葉だけで分かったんですか」
「あとは周辺の、三人ほどが住んでいそうな家を探せばいい。辺りに集合住宅がないことを確認したわたしは庭に注目した。ガーデニングを好むシニアの方は多いからね」
「確かに、おばあちゃんは庭いじりが好きです」
「中でも、よく手入れされている庭を見つけた。さらに今日は雨じゃない。そろそろ正午に差しかかっている。外出した子どもを心配し、君の保護者が庭に出ていても、おかしくない」
千代原さんの説明に対し、おじいちゃんとおばあちゃんが、うなずいている。
「そして君に似た二人を発見し、AIたちのことを話して、ここにもどった」
「すごいんですね、千代原さんって。会ったばかりのわたしの家をわずかな手がかりだけで推理するなんて」
ついで、わたしは、そばに立つおじいちゃんとおばあちゃんを順々に見る。
「二人は、千代原さんから話を聞いたんだよね? イア太……、生成AI内蔵のマイクのことや、ミニ・シンギュラリティのことを、あっさり受け入れられたの?」
「そういうことは、すでに昨日、天野が帰ってきたときに、そのマイクさんが言っていたじゃないか」
おじいちゃんが、わたしの右手のマイクを見つめる。
「まあ、本当のことって確証はなかったが、全く本気にしないのも、つまらんからね」
「ゲームの話って思ったりしないんだ?」
「少年なんよ、この人は」
おばあちゃんが口元をおさえ、くすくす、笑う。
「ところで、天野。あなたが、かかえている大きなカメさん、あたしが持とうか?」
「ありがとう、おばあちゃん。でも、しばらく、こうして……いたいから」
「そう。なら取り上げるわけには、いかんね。あと、マイクさん」
おじいちゃんとおばあちゃんが、イア太に顔を近づける。そして同時に言う。
「礼をお伝えします。天野といっしょに、がんばってくれたんでしょう?」
「おれは、一つの生成AIとして動いただけです。本当にがんばったのは、アマノのほうですよ」
イア太は、男の子の姿を消し、ただマイクから音を出す。
「生成AIは、ただの道具です」
「あなたが天野の思いを受け取って動いてくれたなら、あなたも、がんばったことになると思います」
さらりと、おばあちゃんが、その言葉を口にしたとき。
イア太は、こう返答した。
「ありがとうございます。本当にアマノは、すてきなお二人と暮らしているんですね」
――これで話も、ひと区切りついた。
「ともかく、千代原さん! みんなで、くだんの研究所に行こうじゃないか」
おじいちゃんが、こぶしを二つ作って、そわそわしている。
「天野も、ぼくたちが同行するなら、安心だろう?」
「うん。それなら心配ないね」
「では研究所で今回の件をくわしく説明します。わたしが車で送りましょう」
千代原さんは、公園の近くのパーキングエリアに自動車を止めていた。
その中に、四人が乗る。
イア太とカメ型のミニシンもいっしょだ。
移動中、イア太がぽつりと口にした。
「アマノの保護者の二人に、おれから謝りたいことがあります。昨日、ハンモックを生成したんですが、おれが安全性を確保していなかったせいで――アマノが落ちました」
「ちょっとイア太、もう、いいってば。わたし、ケガしてないし」
そのようにわたしが言う一方で、当のおじいちゃんとおばあちゃんは、イア太の言葉をさえぎらなかった。そのあと、やさしい声で「次は気をつけてね」とつぶやいた。